一章 16話 死が二人を追いかけて
闇の中を必死に進む、クリルを抱え、痕跡を辿り、疲れた体を動かして必死に進む。
「っクライナちゃんッ! どうしたんですかッ!?」
まさか、と言った様子でクリルは私に声を掛け、後ろを振り向く。
そしてまだ炎が残っていたのか、ソレに気付いてしまう。
「……あぁ、う、嘘」
そんな打ちひしがれる様なクリルの声が響く。
……あぁ、どうする、このままじゃガレム達の所へ戻る前に、絶対に追いつかれる。
そうだ、魔法だ、何かしら解決する手段があるかもしれないし、あの炎の魔法だけでも少しは時間稼ぎになるかもしれない。
「ッはぁ、っクリル、魔法は!?」
必死に体を動かしながら、何とか声を絞り出す。
「だ、駄目です……魔法はあと1発撃てるかどうかで、止まらないと撃てないんです」
あんな無数の相手に……とクリルは必死に謝る様に声を出す。
クリルの言う通り……あんなどれだけいるか分からない相手に、わざわざ足を止めて魔法を撃っても無駄だ。
(……じゃあどうする!)
もうフラフラで体を今にも倒れてしまいそうな、体を必死に動かしながら考える。
しかし、いくら考えても何も思いつかない、二人が助かる方法が思いつかない。
「……クライナちゃん、私の魔法、役に立ちました?」
そんな私を感じ取ったのか、クリルは優しく私を握る腕から力を抜く。
そんなクリルに、何とか返事を返す。
「っ当たり前だよ、クリルが居なければ私は死んでた、だから……」
そうだ、クリルが居なければ、糸に気づかなかった、糸から逃げれなかった、だからそんな顔をしないで、と励まそうとするけれど、私の言葉は遮られてしまう。
「なら、もういいんです、置いていってください……私が足止めをします」
さっきまでとは違い、全てを諦めた、弱りきった笑顔、心の何処かで分かっていたかの様に、もう諦めてしまった様に手を離す。
私の体がもっと大きかったら、私がもっと強かったら……もし私が本物の踏破経験者なら、彼女にこんな顔をさせなかったのだろうか。
「どうせ聖騎士は死ぬんです、何年も前から覚悟は出来てました、それでも助けてもらえて嬉しかったです、最後に貴方に会えて良かったです……それだけでもう私は十分です、大丈夫なんです、こんな足手まといにはなりたくないんですっ」
どうしても手を離さない私を説得するかの様に、クリルは思いを伝える。
今ならば、少しは分かる、トマスの思いが、トマスが何を私に頼んだのか。
「クライナちゃんならきっと戻れるはずです、そう信じれるんです、だから私を置いて、行ってください」
だから託すんです、託せるんです、と笑顔を浮かべるクリル。
……そんなクリルの表情にあの男を思い出してしまう。
(……許せない)
信じてると言った癖に、諦めた笑顔を浮かべるクリルが許せなかった、賭けたと言う癖に、この世の全てに絶望してしまった顔をしていたトマスが許せなかった。
託すなんて都合のいいことばかり言って、諦めきった顔をして、誰も私に期待していないのが許せなかった。
そして糸が切れた今、私一人だけが生き残るすべを思いついてしまっている、そんな自分だけがどうしても許せない。
……だから言葉を返さずに、ただクリルを抱える力を強める。
「っ……お願いですっ! 聞いてくださいっ! こんな事されても嬉しくないです! 離してください……もういいんですっ! 貴方の足手まといになんて……」
うるさい、うるさい、うるさい、今考えてるんだ、二人が生き残る方法を……。
弱々しく抵抗するクリルを、この闇に落してしまわないようにギュッと抱きしめる。
「……うぅ」
クリルはそれっきり黙り、生きる意志を見せる様に、応える様に、私に抱きしめ返す。
(結局いざとなれば、見捨てられなかったな……)
けれどその選択に、不思議と迷いは無かった、後悔もなかった。
……それはきっと、決してアリアの為でも、トマスの為でも、クリルの為でも無く、私の我儘だったからかもしれない。
(信じてるからね、神器……)
疲れた体でクリルを抱え、必死に走りながら、他の策を考えたけれど、やはりいい策は思いつかなかった。
それは助かる可能性も低く、策とは言えないかもしれない、もし失敗したら二人とも死んでしまって、クリルの思いは無駄になってしまう、けれどやるしかないのだ。
(クリル、悪いけど私の我儘に付き合ってもらうよ!)
立ち止まり、闇を睨みつける、きっとあの奥には無数の蜘蛛が迫っていて、止まってる場合なんかじゃないかもしれない、けれど私の体力がまだ少しは残ってる内にどうしても止まる必要があった。
この僅かな時間に少しでも息を整える。
「っ、クリル」
喋らない彼女の名前を呼ぶ。
「……はい」
私に全面的な信頼をかけているのか、少しも疑問を抱かずにクリルは私を見つめる。
「とびっきりの炎魔法、もう一回お願い」
「わかりましたっ!」
何をするかも教えて居ないのに関わらず、もうクリルは諦めきった表情ではなく、生きる為に魔法を放つ。
「我、神の前で望む口上を述べる、焼き尽くせ炎!」
魔法を放ったせいか、少しだけぐったりするクリルをしっかりと抱きしめながら、今度はその幻想的な炎を一目すら見ずに、闇へと駆け出す。
……痕跡を辿らずに、横道にそれる様へ。
クリルを抱えて、ただ走り、走って、走りきれないまで走る。
(……今の所完璧だ、大丈夫、痕跡の方向も覚えてる)
方向すら見失いそうなぼんやりとした闇を見ながら、自分が方向音痴じゃなかった事に感謝する。
(……さて)
疲れて立ち止まった私を労る様に見つめるクリルを、地面へと下ろし私も座り込む。
(休憩している時間なんてない)
そう思い必死に息を整える。
「じゃあクリル、其処に寝転んでほしい」
「はい」
少しだけ疑問を抱いた様子を見せるけれど、まったく躊躇せずにクリルは寝転ぶ。
「クリル……今から不思議な事が起きるかもしれない、もしくは馬鹿らしいなんて思うかもしれない、けど信じてほしい」
「当たり前です、今更すぎますっ!……クライナちゃんも私を信じてください」
少しだけ怒ってから笑うクリル。
その笑顔を見ると、少しだけ勇気づけられて、こんな下らない策に巻き込む罪悪感が出てしまう。
そんなクリルを闇から守る様に、包む様に覆い被さる。
「……っ」
ピクリと、少しだけ驚くクリル、けれど私の意図を理解したのか、静かに受け入れる。
(効果時間は分からないけど、もう使うしかない……頼むよ、神様! 《影ノ偽装》!)
縋る様に私は祈る、すると……体から魔力だろうか、何かがゴッソリと抜ける様な感覚が走る。
(……発動した?)
そんな疑問を抱いてしまうけれど、一瞬で無くなる。
どうやら影の偽装は発動した様で、覆いかぶさっていると言うのに、不思議な光はほんの少しだけ、クリルを照らす。
(……魔法の光か、ちょっと危なかったかも)
クリルを包んでいたあの光を思い出す、それよりは格段に弱いけれど、私も魔法を使えたと言う事実に興奮してしまう。
そんな事を考えていたら、微かな音が聞こえる、不思議な光のお陰で見えてしまう。
「……うぅ」
何がそんなにも悲しいのか、私の下で静かにポロポロと涙を零すクリルを。
「うぅ、クライナちゃん、クライナちゃん、クライナちゃん……其処にいるんですか」
私の存在を確かめる様に手を伸ばすクリル。
「いるよ、これが私の魔法……すごいでしょ」
慰め半分、自慢半分に声を掛けるが、どうやら聞こえていないみたいで、そんな凄まじい効果に自分でも思わず驚いてしまう。
「っいやぁ、置いていかないで……」
こんな恐ろしい闇の中で急に孤独になってしまったクリルを、励ます様に手を握り、安心させる様に抱きしめる。
……どうやら泣き止んでくれたみたいだ。
(ふっふっふ、これはもしかしたら行けるかもしれない、いや行ける!)
……安心するにはまだ早いけれど、生き残れるかもしれない、自分の知恵と魔法で、なんて思ってしまうとつい胸が高鳴ってしまう。




