一章 15話 ふたりぼっちの魔法
(……まさか、音が止んだ?)
その異常な出来事に戸惑ってしまうけれど、取り敢えず耳を澄ませる。
――……ズッ、ズッ
(止んでない、まだ鳴っている……勢いが弱まった?)
先程より近いはずなのに、振動も音もまるで遠くなったかの様に小さくなっている様に感じる。
そんな異常事態に、恐る恐る私は振り返る。
(……クリルッ)
私の予想通り勢いは弱まっている様で、ゆっくりとこちらへ引き摺られるクリルが目に入る。
(よかった、生きてるよ……)
全く動かないから死んでいるのでは、と焦ってしまったけれど、胸は上下しているのでどうやら気絶しているだけみたいだ。
ブカブカのロープを着ていて、身の丈に似合わない大きな杖を持っていたおかげか、割と軽症そうなクリル。
そんなクリルに駆け寄りたい気持ちになってしまうけれど。
(……駄目だ)
糸の勢いが弱まったのは、きっと引き摺られた踏破者達が此処でもはや抵抗する力が無くなり、息絶えるからだろう。
私が生きていると糸から気づかれるのは不味い、また糸の勢いが強くなっても可笑しくはないし、蜘蛛達が出向いてくるかもしれない。
(かと言ってどうしようか……)
取り敢えず糸を押さえながら切ろうとしてみるけれど、駄目だ全然切れないよ、腹が立ってくる。
(ぐぬぬぬ……これは駄目だ)
ちょくちょくと歩き進みながら悪戦苦闘をするが、全く切れる気配がしない。
……引き摺る勢いが弱まったお蔭で、心に余裕はできたけれど、何一つ状況は変わっていないのだ。
(……なにか糸を切る手段は無い物か)
割と幸せそうな顔で、ゆっくりと引き摺られているクリルが視界の片隅に入った。
◆◆◆◆◆
「……はぁはぁ」
クリルを抱えながら糸に追い付かれない様に、闇の中を出来るだけゆっくりと歩く。
「この杖やっぱり置いてきたらよかったかなぁ、けど必須かもしれないしぃ」
疲れた体の中、未だに目を覚まさずに、安心しきった間抜け顔で私にしがみ付くクリルが目に入る。
その表情につい、本当は起きているんじゃ? なんて思ってしまう。
本当は起こしたいけれど、大声を出すわけにも行かず、両腕が塞がっているので揺らすことしか出来ないのだ。
「引き摺られてたクリル相手に、叩いたり、思い切り揺らすなんて、二重の意味でやりにくかったしね……」
私は結局あの後、糸を付いた方の足を最大限伸ばしながら、頑張ってクリルを抱きかかえたのだ。
……本当にしんどかった。
「あれが、カイルやルイン、ルミナなら絶対に無理だっただろうなぁ」
私より年上だけれど、私より小柄なクリルを見ながらそう呟く。
「……早く起きてくれないかな」
疲れながらも必死に、言葉を途切れない様に独り言を漏らす。
この独り言に反応してクリルが起きてくれないかと思う期待が半分と、多分、この死へと歩いて行ってる恐怖を誤魔化すのが残り半分だと思う。
「……私も寝たいよ」
私の腕の中で眠る、柔らかそうなクリルの顔をじっと見る。
妬ましい、降ろしてやろうかな。
なんて下らない事を考えていると……。
「……うぅ」
表情とは反対に、苦しそうな声を漏らすクリル。
よしっ、ここしかない! それに合わせて、私は思い切り腕を揺らす。
「うっ、う、うわぁああぁ」
すると暴れる様に飛び起きるクリル、そしてそれを落とさない様に必死で抱える私。
あぁああぁ、不味いッ! 揺らした事を含めて、もう私の腕は攣りそうになってるのに!。
「ま、待ってクリル!」
必死にクリルを落とさない様に抱きかかえながら、宥める言葉をかける。
そんな私の苦労の甲斐があったのか、クリルの抵抗が弱くなった……チャンスだ。
急いで言葉を継ぎ足す。
「私だよクリル、クライナ、安心してとはまだ言えないけど」
ようやく私だと気付いたのか、涙目で私を凝視するクリル。
……ごめんね。
「……く、クライナちゃん?」
涙を拭いてから、まるで確かめる様に私の顔へ手を伸ばすクリル。
両手が塞がれているし、お詫びも兼ねて、仕方なくされるがままにする。
……減るもんじゃないしね。
「そう、クライナ・アナベル、踏破経験者だよ?」
ガレムの真似をして、安心させる様にニヤリとクリルに笑いかける。
しかし、私のその行動は間違いだった様で、私の腕の中で感極まる様なクリルが目に入ってしまう。
どうやら安心させすぎた、なんて思った時にはもう手遅れだった……。
「うぅ、クライナちゃああんッ! あぁああ」
唐突に思い切り抱きついてくるクリル。
「あぁあ、待ってクリル! 落ち着いて!」
抱き抱える中で、私に全てを預けるかの様に密着するクリルに、疲れた体なのも相まってバランスが取れなくなる。
……ゴツゴツの杖も私の体にぶつかってきて、本当に苦しい!
「うわぁああん、怖かったよぉおお」
「わっぶ、ま、まずいってクリル! ほんとに!」
コケる一歩手前ながら、必死に押し留める、今倒れたら本当に死んでしまうかもしれない。
……ほんとに不味いって、本当に転んじゃう!
「私を助ける為に、闇の中に走るなんてぇえ」
それは勘違いだ!
◆◆◆◆◆
「そんな事があったんですね……ごめんなさいです」
なんとか、本当になんとか興奮状態のクリルを宥めた私は、それから状況を説明した。
糸の事、闇に駆け出した事、その後の事全てを。
「ほんとだよ、転んでたら私達二人共死んでたかもしれなかった」
全身に疲労を感じながらも、足を止めずにクリルを抱えながら喋る。
「え、本当ですかっ」
青い顔になるクリル、って、説明したのに、理解してなかったの……。
「私達二人共、逃げた事になってる、糸越しに」
私がクリルを抱きかかえたのはこれが理由でもある。
もしクリルが気絶から目が覚めて、糸に抵抗しようとしたらどうなる? 糸の速度がまた上がるか、蜘蛛達がトドメを指しに来るからだ。
ならその前にクリルを抱きかかえて、糸を余らせ、糸から逃げた様に感じさせる。
同じ事をしている私が長時間生き残っているので、きっと大丈夫だと確信があったのだ!
「成る程です……やっぱり私を助けるために」
凄い、と息を吐く様に私を見つめるクリル。
「……だから違う、私も巻き込まれるかもしれないから、ついでに助けただけ」
流石に過剰評価が過ぎるよ、ちゃんと走り出した理由も説明したのに。
「誤魔化さないでほしいです! じゃあなんで私は無傷なんですか!」
プンプンと怒りを表すかの様に、クリルはじ~、と私を見つめる。
ひょっとして奇跡的に助かったって気付いてないのか……。
「クリル、自分の杖と服を見てみなよ」
クリルはそう私に言われると、不思議そうに杖とロープを確認する。
「……ひっ、ひぃ」
かなりボロボロになった杖と、引き摺られてめちゃくちゃになっているロープを見て青い顔になるクリル。
クリルは本当に運が良かったと思う、そのボロボロのロープを見るとね……。
「でもでもでも、救われたのは事実です! 今もクライナちゃんが居なかったら置き去りです!」
どうしても主張を曲げる気が無いクリル、もう諦めよう。
それで安心できるなら、それでいいと思うしね。
それにしても……
「クリル、全然吃らないけど、馬車の時ってもしかして演技だった?」
流石にクリルに翻弄されすぎたので、借りを返すように攻撃を仕掛けてやる。
ふふふ、馬車でのキャラ付けを暴いて、恥ずかしがらせてやる……。
私も記憶喪失キャラを演じているので、バレた時の恥ずかしさは用意に想像できてしまうのだ……。
「もう! 何言ってるんですかぁっ!」
そんな事思ってたんですか……と、クリルは心外そうに不貞腐れた顔をしてから
「……今とっても安心してるんです、私」
言わせないで下さい、と恥ずかしそうにチラチラと私を見る。
(恥ずかしがらせるのは、恥ずかしがらせたけどさ、何だろこの気持ち……釈然としない)
癒やされるなぁ……何て事があるわけない!
……これでも私は疲れた体でクリルを抱えながら歩いているのだ、平常なら可愛いと思えるかもしれないそれは逆効果だった。
「クリル、そろそろ歩ける?」
腰を抜かしたらしいので、取り敢えず背負ってあげて居たけれど、そろそろ歩けるのではないだろうか。
……ふん、歩けなければ、歩けないで、這って進ませてやる!
「無理です」
即答するクリル、絶対に嫌と言わんばかりに、私にしがみ付く。
仕方ない。
「じゃあおんぶでもいい?」
すぐに折れた私は、負けずにすぐ代案を出すけれど。
「嫌です、怖いです」
先程と同じく即答するクリル、今度はギュッと私に抱きつく。
……確かにこんな危険な闇の中で、おぶられるなんて怖いよね、なんて妙に納得してしまうのは、私の意志の弱さの現れだろうか?
「我儘だなぁ……じゃあ魔法使ってくれない?」
そのままのノリで、何気なく私はそう頼む。
「はいです……任せてくださいです!」
そんな突拍子も無い私のお願いに、嬉しそうに今度も即答するクリル。
(……よかった)
まだ安心してしまうには程遠いけれど、ついそう思ってしまう。
クリルとの茶番の様な物に、貴重な残された時間をどれだけ使っただろうか。
けれどその決して無駄な物じゃないと、と私は思う、魔法がどんな物かわからないけれど、心身不安定な状態で出来るとはとても思わなかった。
だからクリルを叩き起こさなかったし、なんとか安心させようとした、……揺らしたりはしたけれどね。
「で、クライナちゃん、私は何をしたらいいですか」
クリルもそれを分かっていたかの様に、真剣な声色で私に微笑む。
「あの糸に魔法をぶち当てて欲しい、出来れば炎の魔法とか」
たしか蜘蛛の糸と云うのは、タンパク質で出来たもので燃えると、そう、これまで役に立ちそうに無かった前世の知識が言っているのだ!
……もし違っていても燃やせば大体は何とかなるだろう、糸だし。
「はいですっ! わかりましたっ! 任せてくださいです!」
すぐに魔法が使いたかったのか、それとも自分が活躍できる所を見せたかったのか、早速杖を構えるクリル。
えぇ、なんか準備とかいらないの!?
「ま、待って、早い方が嬉しいけど、流石に早すぎる」
本当は魔法の知識を聞きたいけど、今はそんな余裕が無いので我慢するけれど、魔法が何発撃てるのかとか、威力とか、代償とか、私が抱えたまま撃って大丈夫なのかとか、ちゃんと糸に命中させられるのかとか、色々と把握しなければならない事もあるのだ。
……何よりも、私の心の準備がまだ出来てない。
「大丈夫です! 魔法は連発出来ないですけど、この先に糸が辿ってるんですよね? じゃあ行きます! しっかりと見ててくださいです!」
絶対に外しません、急ぎましょうと、闇を睨み宣言するクリル。
こんな時にも拘らず、あぁ、遂に魔法が見れるんだと、胸が高鳴ってしまう。
「我、神の前で望む口上を述べる」
魔力なのだろうか、この薄暗い闇を照らすが如くに、クリルの全身を薄く包み込む様に、美しい光達が浮かび上がる。
地上で見たあの洞窟を思い出し、そんな幻想的なクリルに目を奪われてしまう。
……あぁ、私にも魔法が使えたらいいな。
「焼き尽くせ炎!」
クリルがそう声を上げると同時に杖を構える、すると全身を包んでいた光が杖の先に集まり、私達の前を宣言通りに焼き尽くす。
美しい炎が目の前で暴れる様に焼き尽くし、夢の様に幻想的な魔力の残滓が私達の周りに広がる。
その2つが、迷宮に入ってから同じ光しか見ていなかった、私の目を焼き付けるかの様に照らす。
……だけど目を閉じない、閉じれない、あまりの興奮に必死に理性を保たせる、我慢する様にギュッとクリルを抱きしめる。
「……クライナちゃん?」
そうでもしないと、その炎に駆け込んでしまいそうで、本当はさっさと離れた方がいいはずなのに、足が動かせなかった。
炎が段々と弱まる、最後の瞬間まで、その炎を自分の瞳に焼き付ける様に見つめる。
……だから気付いてしまう。
「……クリル、私にしがみついて、絶対に離さないで」
「えっ?」
炎に照らされた……無数の視線に。




