一章 11話 闇と不信と屈辱に
一体、どれほど歩いたのだろうか……。
(もう1時間以上は確実に立ってるよね、ただ歩くだけがこんなにキツイなんて……)
周りを見渡す、薄暗く見えない天井、最初は見えていた壁さえも、もはや見えない。
一体どれほど広く、どんな地形なのかすら分からない、方角さえ見失ってしまうのではと思うほどに、ぼんやりと闇が続いている。
(何も起こらない、ただ歩くだけ、一体何を目印に、どこへ向かっているんだろ……)
これじゃ迷宮と言うよりも、迷路だ。僅かな明かりを頼りに、暗闇を彷徨いゴールを探しているのだろうか?
そんな疑問や焦りを抱いてしまうぐらい、ただ歩かせられている。
(……まぁ、それは無いだろうけど)
何故なら、誰も喋らない……。とてもじゃないけれど喋れない。
そんな雰囲気がある程、皆、この薄暗い闇の中で、何かを警戒し、緊張している。
(……これは本当に精神が削られる)
闇の中、何かを常に警戒しながらの無言の行軍。
文明の利器と言える明かりは何もなく、唯一在るのは、ぼんやりとした信用できるか分からない月の光の様な物。
(まぁ私達が一番マシなんだけど……)
かえってソレが私を不安にしているのかもしれない。
もう一度周りを見渡す、前も、後ろも、右も、左も。
(やっぱり釈然としないなぁ……)
そんなキョロキョロとしている私に気づいたルインが、呆れた様に顔を背け、こちらに気づいたカイルが近づいてくる。
〈……やっぱり納得できないよね、クライナ君〉
小声で私に、囁く様に話しかけるカイル。
ちょうど暇をしていたから、私も小声で声を返す。
〈……うん、明らかに胡散臭い〉
そう、胡散臭いのだ、明らかにおかしい事が、一時間以上前から起きていた。
〈まさかだよね、僕らが、聖騎士が、一番安全な所にいるなんて〉
……前も、後ろも、右も、左にも踏破者がいる。
私達のいる位置は一番真ん中、陣形の中心にまるで守られている様に囲まれている。
〈……そうだな、単刀直入に言おう、君はこの状況、何かの罠だと思うかい?〉
カイルは更に声を抑えて、私に問う。
〈ううん、あくまでも胡散臭い止まり、だけど害意は感じないと思う〉
そんな私の意見に、カイルは少しホッとした様に息を吐く。
〈そうだね、僕もそう思う、彼らを見ているけど真剣に周囲を警戒してるし、僕らの事を監視はしているけども、敵意は微塵も感じなかった、だからといって気を緩める訳にはいかないけどね〉
カイルと小声で喋りながらも、決して止まらずに歩き続ける。
〈守ってもらえるなら、気楽に守ってもらえばいいと思う、一番いい位置にいるんだから〉
迷宮の主とやらと戦うまで生き残りたい私としては、ありがたい話なのだ。
〈ははは、流石だなクライナ君、そうだな、味方を警戒なんてしていても無駄か、どうせ裏切られたら僕らは一網打尽だしね〉
なんだか自虐するように笑うカイルに、少し驚いてしまう。
〈しかし、いつまで歩き続けるんだろうね。行軍は慣れているけれど、こんな大人数で暗闇の中を歩き続けるなんて……しかも周りはあまり信用できないし〉
カイルにしては珍しく、ウンザリとした顔になる。
成る程、どうやらカイルもこんな状況にかなり参ってる様だ、そりゃ無理もない。
きっとこの一時間、周りの味方すらもずっと警戒していたんだろう。
(本当に短い付き合いだけれど、いつも明るいカイルが暗いと、なんだか嫌な気持ちになるなぁ、よしっ)
〈カイル、あの男の言葉を思い出して、本当に騙すつもりだったらあんな対応なんてしないと思わない?〉
私は言葉を続けながら、前方を見る。
先頭に立っている立派な装備をした、恐らく立場の高い人間、この集団のリーダーである男を。
◆◆◆◆◆
「おいっ! お前ら遊んでんじゃねぇ! もうとっくに恩寵は確認し終えてるだろ! こっちへ来い!」
その声に応じ、どんどんと踏破者達へと、近づいてゆく。
踏破者達は私達が来るまでの間に親睦を深めたのか、それとも元々知り合いだったのか、一つの場所に固まっていた。
踏破者達は歩んでくる私達を見て、ざわざわと騒がしくなる。
(すっごいアウェイだ……あれが踏破者か)
彼らの空気に気圧される、それは様々な理由があるけれど、やはり一番の理由は……。
(まるで山賊の集団みたいだ……それは流石に言い過ぎか)
カイル達や此処へ入る前に見た騎士のせいで、勝手なイメージを想像してしまっていたからか、私の想像よりも厳ついと云うより、なんだか荒そうな人が多い。
(前世で言うならアウトローって奴?)
「遅くなって、申し訳ない」
すっと、皆より一歩程、前に出たカイルが、下手に出ないながらもきっちりと謝罪をする。
すると元々騒がしかった踏破者達が、更にざわざわと盛り上がる。
〔あいつらが聖騎士か〕〔くくく、餓鬼じゃねーか〕〔こりゃ骨が折れそうだ〕〔こりゃ強そうなお坊ちゃま達ですなぁ〕
せせら笑いに嘲り、蔑み、侮辱、その全てがカイルへ、私達へぶつけられる。
(信じられない、こんな人達と今から命懸けの迷宮に潜るって言うの……?)
確かに聖騎士の立場は弱いと聞いていた、しかしここまで露骨な物なのか。
――ギチリ、ギチリと手を握りしめる様な音が私の横から聞こえる。
(ルミナ……)
抑える様に、それでも静かな怒りを表す様に彼らを睨みつけるルミナ。
彼女にとっては、きっと我慢できない程の屈辱だろう、怒りを必死に抑えている。
「なんだぁ? 手前ぇよ、その目は」
けれどそんなルミナの頑張りは実らずに、踏破者の怒りを買ってしまう。
その声の主はとんでもなく厳つい禿頭の男で、その顔は怒りで真っ赤に染まっていた。
(不味い、相手も本当にブチ切れてる、くそ、どんだけ短気なんだ……!)
そのままズカズカと、争いを止めようとするカイルを弾き飛ばし、ガシりと、ルミナの眼の前に立ち、ルミナを見下ろす。
しかしルミナはそんな禿頭の男を、睨みつけたまま微動だにしない。
「だからよぉ、なんだその目はよ? 言いたいことがあるなら言ってみろ」
「……」
ルミナは本物の殺気と怒りを出すその男を目の前に、呆れたと言わんばかりに、睨む事さえやめて、その男からわざと顔を背ける。
そんなルミナを見て毒気が抜かれたのか、男も殺気と怒りが無くなり、呆れた様に息を吐く。
(……流石に、迷宮の眼の前で殺し合いなんてしないか、よかった)
一触即発の空気が収まったことで私は胸を撫で下ろす。
それはカイルやクリル、流石のルインも一緒だったみたいで、クリルに至っては涙目だった。
「……しっかしよぉ、驚いたぜ? 紫髪の嬢ちゃん、やるじゃないか」
褒めるように、まるで見直したと言わんばかりに、ルミナに声を掛ける男。
「……あまり聖騎士を舐めないで欲しいわ、相応の実力は、今日証明してみせる」
流石にルミナも緊張していたようで、男の言葉に安心した様に言葉を返す。
しかしその安心した刹那、禿頭の男がルミナを見透かした様に、最大限の侮辱を込めて大声を出す。
「いやいや、本当に驚いたぜ! 死体と変わらん聖騎士の分際で、よくもまぁいっちょ前に人を睨んだもんだよなぁっ!? なぁお前ら!?」
その瞬間に、一斉にぎゃはははは、と品のない笑いが、静かな迷宮に響く。
さっきとは逆に見る見ると真っ赤になるルミナの顔、その手は腰の剣へと手を伸ばしていた。
「ッぐっ貴様らぁああああああ!」
完全に頭に血が昇ったのか、怒りの形相で、刀身の半分まで剣を抜いてしまっているルミナ。
〔おいおい、餓鬼が抜きやがったぞ!〕〔くっくっく、1人くらい殺しちまっても大丈夫だろ〕〔喧嘩で剣を抜いちまうなんて……馬鹿が、言い訳できねえぞ〕
そんなルミナの行いに一斉に踏破者達が、殺せ、殺せと殺気立つ。
「手前みてぇな短気な野郎はなっ、どうせ足手まといになって死ぬだけだっ、今此処で死んどけ」
その体格に見合った、巨大な鈍器の様な物を構える禿頭の男。
一触即発どころか、もう取り返しのつかない、止めようの無い状況に完全になってしまった。
……筈だった。
「やめやがれ、べオルグ……お前らも少し黙れ」
踏破者達の後ろから、低くそして通る声が響く。
それだけでさっきまでの踏破者達の騒々しさ、殺気が嘘の様になくなる。
ルミナもあまりの展開に、怒りの吐き所を見失い、戸惑っている様だ。
「……ガレムさん、寝てたんじゃないですか?」
そして代わりに走るのは緊張感。
禿頭の男、べオルグが、すみませんと謝りながらその男に問う。
「馬鹿がうるせぇんだよ、寝れるかっ、それにこの騒がしさ、聖騎士が来たんだろ? 丁度いい時間じゃねえか」
そんな声と、まるで起き上がるかの様な音が聞こえ、そしてその音はやがて歩く音へと変わる。
「あ~肩いてぇ、おいそこのお前、時間は押してるか?」
何気なく、こちらへ、私達の方へドンドンと歩いてくる、ガレムと呼ばれた男。
他の踏破者とは違う、一瞬で場を収めた、立派な装備をした、狼の様な男が、悪質そうな笑みを浮かべ近づいてくる。
「やぁやぁ、君達が聖騎士か、待ってたよ。俺が今回、指揮を任された【ガレム・ローレンツ】だ、しかし驚いた、ほんとに餓鬼なんだな」
颯爽とルインに握手をしながら、意図したかせずか、威圧するようにこちらを見る。
そしてべオルグの方へ、睨むように視線だけを向ける。
「んで、なんでこんな騒ぎになった? 殺す一歩手前の様に見えたんだが?」
なんでそんな面白そうな事になったんだ、と言わんばかりに楽しそうな声を出すガレム。
「あの紫髪の餓鬼が剣を抜きやがったんだ」
汗をかきながら、緊張した様にべオルグもガレムへと視線を向ける。
「……それは結果だろ? なんでかを俺は聞いているんだが?」
「っあの餓鬼が、俺をコケにしやがったんだっ! 糞みてぇな目で俺を睨みやがった!」
そんなべオルグの答えに、納得したかの様にガレムは頷き、それから私達の顔を見渡す。
「糞みたいな目ねぇ……」
じろり、じろりと値踏みする様に、1人、1人、順番に顔を見る。
そして最後に私に視線を合わせると、のんびりとこちらへ向かってくる。
「……そりゃあ、お前の勘違いってもんだな、べオルグ」
私の目の前にたどり着いたガレムは、視線を合わせる様に屈み、こちらへとゆっくりと手を伸ばす。
そんな様子にカイルもルミナもルインもクリルも、心配するようにこちらを見つめる。
「ほらな、いい目をしているだろ……?」
ガレムは無造作に、私が被っていたトマスの上着を床へ投げ捨てる。
「くくく、まるで親に従う……子供の目だな」
はははっ、と突然、馬鹿にするように大笑いを始めるガレム。
そんな様子にべオルグも踏破者達も、誰もが沈黙していた。
私は必死にそんな屈辱が通り過ぎるのただ、待つ。
やがて男は興味が無くなった様に離れる、それに私は思わず安堵してしまった。
……そしてそんな自分に、とても惨めな気持ちになってしまう。
(……悔しい、何も出来なかったっ! この男の言う通りじゃないか!)
聖騎士が侮辱された時も、ルミナが侮辱された時も、ルミナが剣を抜きそうになった時も、一触即発の空気になった時も……。
(今、この男に手を伸ばされた時も、少しも動けなかったんだっ、私はっ!)
いざとなれば動けると思っていた、命なんて惜しくないと思っていた、自分は特別なんだって思っていた。
そんな思考さえも男の言葉で中断される。
「んで本題だ、時間が押してる、だからお前らは餓鬼らしく、俺の言うことに全て従え、そうすれば必ず生きて帰れる」
ガレムはまるで簡単な事の様に、それを口に出す、そしてこちらに考える隙さえ与えないかの如くに言葉を続ける。
「ほらな、やっぱりお前らも生きて帰りたいだろ、当たり前だな、じゃ利害の一致さ、俺達はお前らみたいな足手まといは……いらねぇ」
ガチりとルミナの方から、音が聞こえる。
「ははっ、なんだその目は? こりゃべオルグも切れる訳だ、しかしな、もう一度言う、足手まといはいらねえ、真っ当な意見だろ? お前さんはもうすでに一度、お仲間を全滅の危機に追いやってんだぜ? 分かったら黙ってろ」
それと同時に、お前ら、そろそろ準備をしろと、踏破者達に声を掛けるガレム。
「ま、何をすればいいか、気になるよな? 安心しろ、お前ら餓鬼でも出来る簡単な事だ、行軍の中心に居てくれればいい、決して戦いに参加するなよ? 邪魔だからな」
さっきの様子だと同士討ちしかねんからな、お前らが、と言葉を付け足すガレム。
「信用できねえって顔してるな、ま、安心してくれや、さっきみたいな事は起きんって事はもう理解しただろ? じゃ話は終わりだ」
お前らもさっさと準備しろ、ともう出来つつある陣形の先頭へ向かうガレム。
私達の中に、争いを一言で収めた男に逆らえる者はいなかった。
私達は互いに言葉を発しないまま、ガレムの言うことに従い、陣形の中心に向かう……。
◆◆◆◆◆
(……それにしてもあの後、壁に大きな迷宮への入り口が開くなんて、すごい光景だったよ)
そんな事まで思い返していたら、考え込んでいたカイルが疑問をぶつけてくる。
〈……だとしたら君は、どんな理由があると思う? 純粋に僕達を守ってくれているとでも言うのかい?〉
皮肉ではなく、本当に分からないと云った様子のカイル。
そんなカイルに私は視線だけを向ける。
〈それは確実にあり得ないと思う、けどそれに近い物、例えばお金〉
悪いが、山賊の様な彼らと違って、聖騎士はもっと大掛かりな、大事な者な気がする、あくまでイルオレーネ王国とってだけどね。
つまり、聖騎士が無事帰還したら、彼らに何かしらの報酬が入るんではないだろうか?
〈成る程、そう云った考えもあるのか……〉
けれど、なんだかあまり納得してない様子のカイル。
私としては、そこそこ自身のある説だったんだけど。
〈……じゃあ、もう一つ考え方があるんだけど聞く?〉
もったえつける様に、私はカイルから少し離れる。
〈ぜひ、聞かせてほしい〉
ずいっと、すぐに距離を詰めてくるカイル。
……まぁいい。
〈……カイル、英雄譚に陰謀や、障害は付き物だと思わない?〉
〈ぷっ、くくくく〉
思わず漏れそうになった笑い声を、必死に抑えるカイル。
そんなカイルを見ていたら、私までつられそうになる。
〈はは、そうだねクライナ君、君の言う通りだ、英雄譚に悪役は付き物だね〉
先頭を睨みながらも、何時ものような笑顔に戻るカイル。
〈ありがとう……君のお陰で、いい気分直しができたよ、また後で〉
流石に喋りすぎたかな、と名残惜しそうに離れるカイル。
(……私もいい暇つぶしになったよ、ありがとうカイル)
けれど、まだまだ踏破者達が。先頭にいるガレムが歩みを止める気配はない。
ふと左腕の神器を見る。
(……そうだ、あの時、私は少しも動けなかったと思っていたけれど、思えば神器を隠してた)
トマスの上着を取られたあの時、私はアイツに見つからない様に、咄嗟に神器を隠していたんだ。
少しだけ胸にあった敗北感が、軽くなる。
(……これで少しは歩くのが楽になるかもしれ《てめえええら! 止まれッ!!! 何か来る! 魔物が来やがる! 各自、周囲を警戒しろッ!》




