第七話 ー飛んで来た令嬢ー
辺境伯領からはじまります
「ヴァルド殿、よかったな。そなたの娘は、我が妹セレシアが保護したそうだ。辺境伯家の中央屋敷で、一緒に暮らしているらしい」
ヴァルドはやつれ果てていた。
娘が家出したと知らされ、あちこちを飛び回っていたのだ。
それでも見つけることができず、辺境伯領の四兄弟の知恵を借りに来たのである。
「何でですかあああ!!」
ヴァルドは長兄の襟元につかみかかる。
「知るか! やめろ。せっかく新調した服が破れる」
セレシアが中央へ行ったおかげで横領が発覚し、辺境伯家の自給自足に近い生活にも、少しゆとりができていた。
「子供達の食事もよくしてやれるし、着る物も綺麗な服を着せてやれる」
次兄は喜んでいる。
「何か商いを始めるのも良いかもしれません。またいつ送金が止まるかわかりませんから」
四兄が言った。
「そうだな。何かないだろうか」
四人は考え込む。
「亡くなった竜の部位は、かなり高値で売れます。鱗、髭、牙、内臓、目玉、爪……それもありかもしれません」
ヴァルドが言う。
「なんか抵抗があるのだが……」
「放っておいても朽ちるのみです。役立った方が良い。埋葬も大変ですし。私はそれで家族に金を渡しています」
ヴァルドに情があるのかないのか、よくわからない。
おそらく、価値観の違いなのだろう。
「考えておく。そういえば、生まれた雌の子はどうなった?」
「すくすく育っています。ただ、気を付けなければ、子供の竜を狙った大型の鳥類がやって来ます」
「竜にも天敵がいるのか?」
長兄が驚いた。
「いますよ。奴らは竜より体が大きく、飛ぶ速度も速い。持久力もあります。子供の竜など、さらわれたらひとたまりもありません」
「意外だな」
次兄が言う。
「その代わり、頭は単純です。人間の言葉などを理解することはありません。」
「竜の立場が、ますますなくなるではないか……」
四兄がつぶやく。
「これも時代の変化でしょう。竜の進化より、他の生物の進化の方が進んでいます」
ヴァルドはさらに続けた。
「私は、他の竜も人間へ進化できないかと考えているのです。なぜ私が人間の形で生まれてきたのかは、まったくわかりません」
彼は遠くを見る。
「ただ、他にもいるのではないかと思うのです。そんな気がするのです」
「そなたは以前、『竜に戻ることも可能だ』と言っていたな。それは自由自在にできるのか?」
四兄が尋ねた。
「いえ、時間がかかります。冬眠のように繭を作り、一季節、その中で眠り続けます。簡単ではありません」
「興味深いな……。さらに、人間の女性と結婚し、子まで設けている」
四兄の目が光る。
「それができるなら、人間に紛れて暮らすことも可能であろう」
「それができるようになれば、竜と人間の間にある問題も減るかもしれません。竜は体の大きさを変えられるとはいえ、所詮は動物です。高度な魔力と知能を持つなら、人間になれた方が良い」
ヴァルドが真面目に言う。
「そなたの娘に会ってみたい。手紙では、とても優秀な魔法使いだと書いてある。そなた譲りなのであろう。母親も魔法が使えるのか?」
「母親は、ごく普通の気の強い農婦です。その気の強さに惹かれました……」
ヴァルドはうっとりした顔をした。
(竜の好みがよくわからない)
四人は顔を見合わせる。
「同じにしないでくださいね。人間の女性なら、セレシア様や奥様のような方が良いです」
四兄の守護竜が小声で言った。
「個人差があることは、よくわかった」
長兄がうなずく。
「竜がどうしたら人間になれるか、研究するしかあるまい。竜が増えすぎたら、人間の住む場所がなくなってしまう」
三兄が言ったのだが、ヴァルドは首を振った。
「減ることはあっても、増えることはありません。竜の卵が産まれるのは稀です。卵を産める年齢の雌の数が少ないのです」
ヴァルドの声が少し沈む。
「雌を虐げた結果です。虐げられるとわかっていて、番になる雌などいません。皆逃げて、残ったのは雄ばかりです」
彼は続ける。
「逃げた雌達は番を見つけることなく、老いて、あちこちにいます。人間に大事にされている者もいますが……あるいは、死後の部位目当てかもしれませんね」
「まあ、娘御の件はセレシアに任せればよい」
長兄が話題を変えた。
「ありがとうございました。草も刈って運ぶ手間が省けて、助かっています。最初からそうすればよかった」
ヴァルドはしみじみと言う。
「あれを刈った後に帰ると、妻に張り倒されていました。張り倒されないと、少し寂しい気もしますが……」
「海外で変わったことはないか?」
長兄がさらに話題を変えようとした。
「そういえば、どこかの伯爵令嬢が突然消えたと聞きました。白い髪に赤い目の娘で、とても目立つそうなのですが、どうしても行方がつかめぬと国中で大騒ぎになっています」
「それは気の毒だな。急に消えるとは……」
四兄の口元がぴくりと動く。
「転移の魔法陣を踏んだとか? まさかな……」
「ああ、そういえば」
ヴァルドがぽんと手を打った。
「あの屋敷の裏山に別の薬草が生えておりまして、その運搬用の魔法陣を作っていました。最近行っていなかったので、すっかり忘れていました。今回、娘を探すために利用して、その騒ぎを知ったのです」
「それだろ!!」
四人が同時に叫んだ。
「それはどこにつながっているのだ!?」
三兄が詰め寄る。
「昔過ぎて忘れました……」
「思い出せ!!」
三兄はヴァルドの両肩をつかみ、激しく揺さぶった。
「だ、駄目です……思い出せません」
「では、そこへ行って自分で確かめたらよいと思います」
四兄が諦めきった声で言った。
「そうですね。では、行ってきます。お世話になりました」
そう言って、ヴァルドは消えた。
「無事に見つかるといいですね……」
次兄のつぶやきに、皆は呆れきって、何も言えなかった。
その頃、中央の辺境伯邸では客人を迎えていた。
「女官には向いていないと、寮を出されてしまいました。回復魔法も剣も使えません。お料理もお掃除も何もできません。ここしか頼るところがなくて……」
女官育成所で一緒だった、白髪に赤い瞳の少女だった。
ふわりとした雰囲気で、仕草はとても上品である。
「伯爵令嬢とのことですが、この国では該当する方がおりません」
執事が城で確認してきた内容を報告する。
「そういえば、お名前を聞いていなかったわね」
セレシアが少女へ尋ねた。
「グレースと申します。私の父は確かに伯爵なのですが……どうしてなのでしょう?」
ゆったりと首を傾げる動作も大変上品だ。
上品なのだが――本当に何もできない。
ただ座っているだけ。
仕草は美しい。
ただし、本当にそれだけだった。
魔力はかなり持っているようなのだが、本人は不思議そうに言う。
「私の周りで魔法を使う者はおりません。魔力は魔石へためて、道具の動力として使うものです」
「へえ……」
セレシアが驚く。
「ふむ。もしかしたら、海外の方かもしれません。そういう国もあると聞きます」
執事が首を傾げた。
「今は国王の養女となっております。実家に帰り、裏の山を散歩していたら……なぜか見知らぬ場所になっていて……」
グレースは淡々と話す。
「保護されて、お城に来たのです」
セレシアの胸の奥に、非常に嫌な予感が広がった。
フィーユが言う。
「ものすごーく……いえ、かなり確信があります。お父様が関わっている気がいたします」
二人は顔を見合わせた。
「ヴァルド様って神出鬼没だけど、呼ぶ方法はないの?」
「たぶん、もうすぐ来ます。そんな気がします」
フィーユがそう言った時だった。
玄関のノッカーが叩かれる音が響く。
執事がすぐに向かった。
そして部屋へ案内されてきたのは、案の定ヴァルドだった。
「娘よ! 心配いたしたぞ。さあ、一緒に母上のところへ帰ろう!」
ヴァルドは目に涙を浮かべ、フィーユへ抱きつこうとした。
だが、その前に。
フィーユの拳が、ヴァルドの顔面中央へ直撃した。
前にもこの光景を見た気がする――と、セレシアは遠い目になる。
「あ、勝手に回復するから、回復魔法をかける必要はないわよ。お母様だったら、あと三発くらい入れていたわ」
ヴァルドの結婚生活とは、いったい――。
セレシアの目はさらに遠くなった。
「愛する娘の拳は愛しい。ふむ、だいぶ力強くなったな」
ヴァルドは満足げにうなずく。
「あの……こちらの方は?」
グレースが身じろぎひとつせず、顔色も変えず、淡々と疑問を口にした。
「私の父です。たぶん、グレース様がここへ来た原因です」
フィーユが言う。
「そうなのですね」
グレースは相変わらず、ほわーんとしている。
表情にほとんど変化がない。
「私よりも、この方を国へお返しして!」
フィーユが言った。
「魔法陣は一方通行なのだ。こちらから、あちらへは行けない」
「困りましたね」
全然困った顔をしていないグレースが言う。
「それなら、おもしろそうなので、もう少しここにいたいです」
グレースは顔色ひとつ変えずに言った。
「いえ、何とかします。そうしないと、妻に離縁されてしまいます。少しお時間をください!」
ヴァルドはそう言うと、その場から消えた。
「たぶん、新しい魔法陣を作りに行ったのよ。数時間したら戻ってくると思うわ」
フィーユが言う。
「どうしてわかるの?」
セレシアが不思議そうに尋ねた。
「だって、私が『中央へ行ってみたいな』と言ったら、数時間で転移陣を作ってくれたもの。それを使って、私、この国に来たのよ」
フィーユは笑った。
家族の中でのヴァルドの立ち位置とは、いったい――。
セレシアの胸中は、ますます複雑であった。
チャッピーに「なぜ、真っ先に中央に行かないの?」と突っ込まれていました。ヴァルド
「そういう人なの」と答えておきました




