第六話 ―フィーユという名―
セレシアは、あれから執事や侍女、侍従達とも打ち解け、少しずつ中央での生活に慣れてきていた。
だが、「訓練」に来たはずなのに、どうにも様子がおかしい。
まず、城へ招かれ、他の訓練生達と共に国王へ目通りをした。
全員、少女だった。
人数は五人。
そして教えられるのは魔法ではなく、なぜかテーブルマナーや礼儀作法。
さらに地理や一般教養、王族の歴史などだった。
「私は、回復魔法の訓練だと言われて、ここへ来たのですが……」
ある日、セレシアはぽつりとつぶやいた。
すると、もう一人の少女が言う。
「私もそう聞いて来ました。何だか違う気がします」
その少女は黒髪に緑の瞳をしていて、なぜか懐かしい雰囲気を漂わせていた。
聞けば同じ年齢だという。
休み時間になると、二人は自然と話をするようになった。
すると、他の三人が不思議そうな顔をする。
「え? 回復魔法? そんな訓練なんて聞いたことないわ」
その中の一人、公爵家令嬢だという少女が言った。
いつも綺麗に着飾っていたが、気さくで優しい性格だった。
「あら、そんなふうにして呼び寄せられたのね」
金髪碧眼で、いつも一番真剣な目をしている少女が言う。
「父から聞いたわ。魔力の強い娘を集めて、王太子妃をその中から選ぶのよ。男爵家の娘である私にも、チャンスがあるってことなの」
残ったもう一人の少女は、ぽわんとした表情で首を傾げた。
「どうなんでしょう? よくわかりません。私は、気付いたらここへ来ていました」
白い髪に赤い瞳。
全体的に色素の薄い、不思議な雰囲気の少女だった。
伯爵令嬢だという。
「身分なんて関係ないわよ。ここでは皆平等よ」
公爵令嬢が笑う。
「いいえ、身分は重要よ。男爵家でも這い上がってみせるわ!」
男爵令嬢は黒髪の少女へ詰め寄った。
「あなたのお父様の爵位は?」
「私は平民の娘です」
黒髪の少女はきょとんとして答えた。
「平民!? 平民の娘が、どうしてこんな場所にいるのよ?」
「魔力が強いからだと思いますわ」
セレシアが言った。
「回復魔法も使えるし、攻撃魔法も使える。本当に平民の娘さんなの?」
一般的に、平民には魔力がないとされている。
「たぶん……。爵位なんて聞いたことありません。お父様は、たまに帰って来るだけです。すごくお忙しいみたいで……。でも、お金はちゃんと渡してくれます」
確かに平民にしては、かなり良い身なりをしていた。
そして、その場で一番質素な服装をしていたのは、辺境育ちのセレシアだった。
そんなことがあった数日後――
「私、魔法の訓練が受けられないのであれば、帰国したいと思います」
ある日、セレシアは教師へ訴えた。
「私がここにいるだけで、お金がかかるのです。その分、領地の皆へ回したいです」
「えー!? 嫌です! セレシアちゃんがいるから楽しいのに!」
黒髪の少女が慌てて言う。
「私は家へ帰っても、お母様と二人きりで退屈なんです。王太子妃って何だか知りませんけど、セレシアちゃんが帰るなら、一緒に行きたいです」
「ちょっと待ってください! いったい何の話です!?」
教師が驚いた。
「王太子妃候補の場なんですよね?」
男爵令嬢が教師へ詰め寄る。
教師は目を丸くした。
「ここは城の女官育成所です。回復魔法の訓練も、王太子妃候補も、一切関係ありません」
「はあああ!?」
全員が目を見開いた。
城の事務官による、いい加減な采配のせいだったと知らされたのは翌日のことだった。
「何でそんな適当な仕事をして、お給料がもらえるのよ!!」
セレシアは激怒していた。
ルリーヌが溜息をつく。
「不正がはびこっているのです。だから、お嬢様が大丈夫かどうか、最初に試させていただいたのです」
「お嬢様が気付かなければ、そのまま女官にするつもりだったのでしょう」
「今までの経費が~~!!」
セレシアは頭を抱えた。
「お嬢様、普通の貴族令嬢は、そんなこと気にしません」
「辺境伯領が、どれだけ貧しいかわかってないのよ!!」
騎士の家の子供達の教育費だけでも莫大だ。
それもすべて、国を守るためだった。
だからこそ、辺境伯家は必要最低限の暮らしをしてきている。
執事が不思議そうに首を傾げる。
「辺境伯領には、相応の国家予算が出ているはずですが……」
「聞いたことないわ!! 全部自腹よ!!」
セレシアは叫んだ。
それを伝え聞いた国王と側近達は、極秘に調査を開始した。
その結果――
某貴族が、横領容疑で逮捕された。
辺境伯が土地柄、頻繁に登城できないことを利用し、防衛費の大半を着服していたのだ。
その貴族は処刑され、財産も没収された。
そして、今まで横領されていた金は、辺境伯家へ返還された。
後日、辺境伯からセレシアへ礼の手紙が届く。
『おかげで借金が返せた』
……どうやら、かなり借金があったらしい。
「お父様……予算が出ているのに、全部横領されていたことに気付いていなかったなんて……。お人好しにもほどがあります……」
セレシアは、がっくりと膝を落とした。
結局セレシアは、今度こそ救護隊訓練学校の試験を受け、無事に合格した。
あの黒髪の少女も一緒である。
少女は、もともと女官寮へ入っていたのだが、兵舎へ移ると言う。
「ねえ、どうせなら、うちへ来ない?」
セレシアが誘った。
「いいのですか?」
黒髪の少女が目を輝かせる。
こうして少女は、セレシアの屋敷へ連れて来られた。
執事や侍女達へ紹介する。
「そういえば、お名前を聞いてなかったわ。何ていうの?」
セレシアの質問に、少女は答えた。
「ありません。お父様には『娘』と呼ばれています」
その瞬間、セレシアの胸に嫌な予感が走った。
「もしかして、お父様のお名前は……?」
「ヴァルドです」
「やっぱり……」
「お父様をご存知なのですか?」
「ええ、いろいろと……」
セレシアの目が遠くなる。
脳裏に浮かぶのは、頬へ見事な手形を付けたヴァルドの姿だった。
娘への愛情は、ものすごく伝わっていたのだが――
「それで、娘ちゃんはどうしてここへ来たの? よくヴァルド様が許したわね」
「家出しました」
少女はあっさり言った。
「だって、つまらなかったんですもの。お父様は滅多に帰って来ないし、帰って来ても、お母様に張り倒されてばかりだし……」
少女は少し寂しそうに笑う。
「……お友達というものが欲しかったのです」
「何だか、すごくわかる気がするわ」
セレシアは優しく笑った。
「それを聞いたら、なおさら、うちで過ごしたらいいわ」
「本当に!?」
少女はぱっと顔を輝かせた。
「名前がないのかあ……。ヴァルド様らしいかも。『娘ちゃん』って呼ぶね。でも、何か変」
すると執事が提案する。
「海外の言葉で『フィーユ』はいかがでしょう。『娘』という意味です」
「それならいいかも。それでいい?」
「はい! フィーユ、いい名前です!」
少女は大喜びした。
(意味は同じだから、名付けにはならないよね?)
セレシアは少しだけ不安になった。
こうして二人は、一緒に訓練へ通うようになる。
そして、常に首席を争う存在となっていった。
なお、女官育成所にいた他の三人が、その後どうなったのかは――二人とも知らなかった。




