第四話 ―アーチャとの別れと中央への旅立ち―
突然です
さらに二年が過ぎた。
四兄は、どうしても嫌な予感がしてならなかった。
自分の守護竜――ついでにアーチャのために育てている薬草のことだ。
一応、栽培もしている。
だが一般人には強烈な悪臭のため、そこら辺に生えているものを刈り取って持って来てもらい、そこそこの値段で買い取っていた。
「こんな草を買ってくれるなんてありがたい」
城へ持ち込む者達は皆喜んでいた。
刈っても悪臭が消えず、燃やすことも干すことも難しいため、処分に困る草だったからだ。
四兄は、少ない魔力でも維持できる魔法倉庫へ大量に保管していた。
だが最近、売りに来る者がめっきり減っていた。
「何年分かは十分にあるが……おかしい」
四兄は長兄へ相談した。
「それは確かに妙だな。町へ降りてみるか」
長兄は素早く魔力を使い、平民の姿へ変装する。
四兄にはできない芸当だった。
少しうらやましい。
「そなたは待っていろ。調べてくる」
そう言って長兄は守護竜へ乗り、町へ飛び去った。
「何事もなければよいのですが……」
四兄の守護竜が姿を現す。
「草の効用に気付いた者がいるのかもしれません。普通は匂いで敬遠されますが」
「そなたは、よく最初に食べたな。勇気が必要だったであろう」
「四兄様を信頼しておりますから。おかげで魔力を維持できています。それに、美味しいですよ。アーチャも食べていますし」
「私も試したが無理であった。人間の魔力の元とは違うのであろう」
その頃、セレシアは騎士試験に落ちて落ち込んでいた。
理由は単純。
身長不足だった。
「女の子は仕方ない。小柄な方が可愛いぞ」
次兄が慰める。
「女騎士は、男性より合格基準が低いのだが」
三兄がぼそっと言った。
次兄の拳が、即座に三兄の頭頂部へ落ちる。
「そなたは回復魔法の使い手だ。騎士ではなく、助ける側になれば良い。騎士団にとって、救護隊はなくてはならぬ存在だ」
「アーチャをどうしようかと思って……」
アーチャは、すでにほぼ成竜ほどの大きさへ成長していた。
火力、体力、魔力――どれを取っても兄達の守護竜を上回っている。
「フィンへ預けたらどうだ? あの者なら、アーチャも役立つであろう」
次兄が提案した。
フィンは数年前に見習いを卒業し、今では上級騎士になっていた。
若手の出世頭だった。
「それが良さそうです。アーチャへ話します」
セレシアはアーチャを呼び出した。
「我が友よ、姿を現したまえ」
小さくなったアーチャが、セレシアの肩へ乗る。
「なんでございましょう? セレシア様」
アーチャは、周囲からの指摘もあり、以前のように呼び捨てにはしなくなっていた。
「私、騎士になれないの。だから、アーチャはフィンの守護竜になってくれないかな?」
アーチャの目が、一瞬だけ怒ったように見えた。
「嫌だよ。ずっと一緒にいたじゃないか。僕の主人はセレシア様だ」
「フィンのこと、嫌い?」
セレシアが静かに聞く。
「嫌いじゃないよ。大好きだよ。友達だもん」
セレシアは静かにうなずいた。
「命令です。今日からあなたはフィンと行動し、彼を守りなさい」
アーチャの目に涙が浮かぶ。
「……命令なんだね」
小さな声だった。
「わかった。行くよ。でも、セレシアのことも、ずっと見ているから」
セレシアは小さな姿のアーチャを抱き締めた。
「今まで一緒にいてくれてありがとう。ずっと友達だからね。さあ、お行きなさい」
アーチャは静かに姿を消した。
「フィンには次兄様から伝えて」
セレシアは涙を拭いながら言う。
「救護隊の訓練施設は中央の城の近くだ。しばらくお別れだな」
次兄が言った。
「はい。中央へアーチャは連れて行けませんから」
「頑張れよ。そなたなら一流の治療士になれる」
珍しく三兄が真面目に言う。
少し涙ぐんでいた。
「はい。騎士にはなれなくても、辺境伯の娘として恥ずかしくないよう修行いたします」
両親、長兄、四兄にも挨拶を済ませ、セレシアは中央へ旅立った。
その頃、フィンは城から離れた場所で狼退治をしていた。
戦闘の途中から、突然アーチャが加わってきて驚く。
「セレシア様に何かあったのか!?」
狼を倒した後、フィンは慌てて尋ねた。
「わからない。でも、フィンの守護竜になれって命令された。今日からよろしくお願いします」
フィンは呆然とする。
「いったい、なぜ……」
辺境伯城へ戻ると、次兄と三兄に呼び出された。
そして、セレシアが中央へ旅立ったことを知らされる。
「治癒魔法の使い手は貴重だ。数が少ないから、中央へ集めて訓練する。守護竜は連れて行けない」
次兄が説明する。
「守護竜は、この城の一族独特の存在だ。中央には秘密にされている」
フィンは茫然としていた。
――もう、あの笑顔が見られなくなる。
「数年だ。一人前になれば戻ってくる。それまでアーチャを頼む」
「騎士になれていれば、ここへ残れたのだが……あの子は騎士より、治癒魔法を伸ばした方が良い」
長兄が言った。
「まさか、最初から落とすつもりで……」
四兄がつぶやく。
「町へ降りて調べてきた。四兄、そなたの危惧は現実になっているようだ」
長兄の顔は険しかった。
「どういうことだ?」
「草を大量に刈り取り、持ち去っている者達がいるらしい。収入源を奪われ、皆怒っていた」
長兄は続ける。
「もし目的が魔獣飼育なら……危険だ」
「どこの誰が?」
次兄が考え込む。
「現場を押さえ、後を追うしかあるまい」
三兄が言った。
「あれは独特の匂いがします。運んでいたら目立つと思うのですが……」
四兄が不安そうに言う。
「というわけで、私とそなたが適任らしい。里へ下ろう」
四兄は守護竜へ話しかけた。
「私も同行しよう」
次兄も名乗り出る。
「仕方ない。私は鼻が利く。あの激臭なら追跡できる」
次兄の守護竜が言った。
「何事もないことを祈ろう」
長兄は空を見上げた。
――セレシアの中央生活初日。
セレシアは馬車で二十日かけ、ようやく中央の城下町へ到着した。
そこには辺境伯家の屋敷があり、執事達が出迎える。
「お嬢様、それでは私は戻ります。どうか、お体にはお気を付けて」
ずっと付き添ってくれた侍女は涙ながらに帰って行った。
彼女は辺境伯領から離れられず、中央でセレシア付きになることはできなかったのだ。
「こちらが新しくお嬢様付きとなる侍女です」
紹介された少女は、セレシアより少し年下に見える元気そうな娘だった。
「まあ、こんなお綺麗な方だったとは!」
侍女は驚いた声を上げた。
「辺境伯のお嬢様だから、もっと田舎っぽい方かと……」
小さなつぶやきだったが、セレシアの耳へしっかり届いた。
(なんだか感じ悪いかも……)
セレシアは、早くも辺境へ帰りたくなっていた。
辺境では、誰も人の容姿など気にしない。
皆、平等だった。
セレシアは不機嫌になる。
(アーチャ、連れてくればよかったかな……)
侍女はセレシアが黙り込んだことに焦った。
「な、何か不手際がございましたでしょうか?」
セレシアは答えず言う。
「部屋へ案内してちょうだい」
「は、はい!」
元気な返事が返ってきた。
侍従達が馬車の荷物を運び込んでいる。
「お部屋が片付くまで、こちらで少々お待ちください」
年上の侍女が慌てて声を掛けた。
「わかりました」
セレシアはその侍女へ従い、応接室へ向かう。
後ろを、自分付きだという侍女がついて来た。
「あなたは荷物整理を手伝いなさい!!」
年上の侍女が叱る。
「はーい……」
ぶすっとした返事を残し、若い侍女は階段を上がっていった。
「大変失礼いたしました。侍女長のルリーヌでございます。この屋敷の管理を執事と共に任されております」
ルリーヌは深々と頭を下げる。
「さぞ、お疲れでしょう」
「侍女は他にいないの?」
セレシアはまだ少し不機嫌だった。
「申し訳ございません。普段はほとんど人の来ない屋敷でございますので……。お嬢様と年齢の近い子の方が親しみやすいかと思ったのですが……」
「見た目や出身地で人を判断し、それを口に出すなど、辺境伯家の侍女としてふさわしくありません」
セレシアは真っ直ぐルリーヌを見る。
「私は、他のことは許せても、それだけは許せません」
ルリーヌは顔を青くした。
「他の侍女を探してください。いなければ、自分のことは自分でできます」
「教育不足、誠に申し訳ございません」
ルリーヌは何度も頭を下げ続けた。
セレシア、意外に厳しい?




