第三話 ―アーチャの友達とヴァルドの訪問―
ヴァルド再登場です
『騎士の家』と呼ばれるこの建物は、実質的には孤児院だった。
だが、ただの孤児院ではない。
親を失った騎士の子供、魔力を持つ平民の子供――とにかく、『実力』がなければ入ることはできなかった。
いわば、騎士見習い達のための訓練校でもある。
時折、事情を知らぬ貧しい者が赤子を置いていくこともあった。
だが、魔力や素質の審査で適性がないと判断された子供は、町の普通の孤児院へ引き取られていく。
逆に、町の孤児院から『見どころがある』として連れて来られる場合もあった。
フィンは後者だった。
赤ん坊の頃、旅人が『道で拾った』と言って孤児院へ置いていったらしい。
たまたま視察へ来ていた長兄が、
「なんだ? この子は!」
と、その隠れた力にすぐ気付き、連れ帰ってきたのである。
長兄の目は正しかった。
フィンは驚くほど成長し、敵襲の際には子供達を即座に避難させ、その後、火の中へ入っていくセレシアを救い出したのだ。
セレシアは、自分を助けてくれたフィンを深く信頼していた。
だから何かあるたび、『騎士の家』へ会いに来るようになっていた。
「フィン、卵が孵ったの。この子よ。アーチャっていうの」
セレシアはアーチャを紹介する。
「かわいいトカゲですね」
フィンはにこりと笑い、触れようとした。
「無礼者! 僕は竜であるぞ! 気軽に触るな!」
アーチャが怒鳴った。
フィンは目を丸くする。
「竜ですか? 本当に?」
「竜なの。生まれたばかりだから小さいの。私の友達になってくれたのよ」
セレシアはアーチャをそっと手へ乗せ、そのままフィンの肩へ移した。
「アーチャ、フィンは私の命の恩人なの。私と同じように、仲良くしてほしいのよ」
「ふむ……そなた、ずいぶんと力を内に秘めているな。何者だ?」
アーチャがフィンの耳元でささやく。
「ただの孤児でございます」
フィンは頭をかいた。
「アーチャ、内緒話はダメよ。三人は友達なんだから、普通にお話ししましょう」
「わかった」
アーチャはぴょんと跳ね、再びセレシアの肩へ戻った。
「フィンと申します。アーチャ殿、よろしくお願いします」
フィンは丁寧に頭を下げる。
「僕はアーチャ。友達になってくれるんだね。嬉しいよ」
すると他の子供達も集まってきた。
「僕も友達になりたい!」
「私もです!」
「そうね。みんな友達よ」
セレシアは笑いながら、一人ずつアーチャへ紹介していった。
アーチャは『しゃべる自称竜のトカゲ』として、子供達の人気者になった。
「大きくなったら、みんなを守れるようになってね」
セレシアが言う。
アーチャは強く思った。
――絶対に強くなる。
だが、吐ける炎は、まだマッチの火程度だった。
子供達の生活は厳しい。
早朝から起き、訓練を行い、朝食後は部屋や建物の掃除。
その後も、ひたすら訓練に明け暮れる。
セレシアも時折、小さな子供達に混じって訓練を受けていた。
兄達も同じように育ち、一人前の騎士となった。
――一人を除いて。
四兄は体が小さく、魔力もあまり強くない。
『今度こそ女の子を!』
と期待していた両親は、赤ん坊時代の四兄へ、あまり魔力を注がなかったらしい。
男だとわかった時の落胆は、相当だったという。
だが、その分、四兄は知識を蓄えた。
穏やかで、人柄も良い。
アーチャが『雄だった』と落胆された姿が、どこか自分と重なったのだろう。
四兄は守護竜と共に、アーチャを可愛がっていた。
「この薬草は独特の匂いがあるが、魔力を含んでいるのだ。私はあまり魔力を与えられないから、その代わりとして食べてもらっている」
四兄が説明する。
「そなたも食べてみるがいい」
アーチャは思い切って口へ入れた。
「美味しい……臭いけど、慣れたら癖になりそう」
「そうであろう?」
守護竜は笑っているように見えた。
実際、竜の表情はよくわからないのだが。
「でも、僕まで食べたら四兄竜さんの分が減っちゃう……」
「大丈夫だ。秘密の場所で大量に栽培している。内緒だぞ」
四兄が笑う。
「しかし、そなたは自由だな。不思議だ。我々は主から離れることなどできぬ。常に側にいて、危機があれば守護に回る」
「それ、誰が決めたのですか?」
薬草の匂いが苦手なセレシアが、少し離れた窓際から鼻を押さえつつ聞いた。
「いや……気付いたら、そうなっていたというか……」
「ふーん。今度ヴァルド様に会ったら聞いてみようっと。ヴァルド様、また来るのかしら?」
「わかりませんねぇ。ヴァルド殿は特別なのです。我々とは少し違う。ただ、竜帝には一応従っています」
「一応?」
「協定を結んでいる、という感じでしょうか……詳しいことは私も知りません」
いつの間にか、四兄の守護竜もセレシアと普通に会話するようになっていた。
「娘がいるって聞いたわ。ヴァルド様って人間なの? でも、なんだか不自然よね」
だいぶ薬草の匂いに慣れてきたセレシアは、ようやく鼻から手を離した。
「私も知りたいので、ぜひ今度、セレシア様から聞いてみてください」
四兄竜の目が輝く。
「了解です」
セレシアは笑った。
その後、ヴァルドが現れたのは約二年後だった。
セレシアは十歳になっていた。
アーチャは、トカゲからカメレオン程度の大きさへ成長していた。
いつものように食後のお茶を飲んでいると、ドアを叩く音が聞こえた。
侍女が扉を開く。
そこにヴァルドが立っていた。
「お久しぶりです。セレシア様。竜も少しは大きくなったな」
礼儀正しく頭を下げたヴァルドの右頬には、見事な手形が付いていた。
「今回はまともな登場で安心しました。でも、前触れがあるともっと良かったですね」
侍女が皮肉を言う。
「すまない。どうも我々と人間では感覚が時々違う……」
「そのお顔は?」
セレシアが目を見張る。
「娘が風呂へ入っていたので、一緒に入ろうとしたら怒られた」
ヴァルドはしゅんとしていた。
「そういえば、前回こちらでも何か投げつけられたのを思い出した。それを話したら、妻に平手打ちされてしまった。『ちゃんと謝って来い』と……」
「わざわざそれだけのために来たのですか?」
セレシアは目を丸くした。
「まあ、竜の様子を見るのもあるのだが。あと、名前を付けるなというのを言い忘れていたのを思い出してな」
ヴァルドは嫌な予感を覚えたように聞く。
「……名前は付けておらぬよな?」
「今さらですかあ!?」
セレシアとアーチャが同時に叫ぶ。
「生まれてすぐ付けちゃいましたよ。『竜』じゃなくて、ちゃんとアーチャって呼んであげてください」
「あー……そんな気はしていた……」
ヴァルドは頭を抱えた。
「まあいい。最近、竜帝も少しぼけてきているからな。適当に誤魔化そう……」
ぶつぶつ言っている。
「ヴァルド様って、龍神様とどういう関係なのですか?」
四兄竜も気にしていたので、セレシアは尋ねた。
「うーむ。一応、親らしいのだが……私はなぜか人間の姿で生まれてしまった。竜になろうと思えばなれるが、する気はない」
「なぜです?」
「人間の姿の方が、人間の女性にもてるからだ。竜の雌より、人間の女性の方がはるかに良い。妻も娘も人間だ」
ヴァルドはきりっとした顔で言った。
「人間との間に子供ってできるのですね……」
侍女が感心したようにつぶやく。
「まあ、することをすれば……」
その瞬間。
頬の反対側へ、新たな手形が追加された。
「何をお嬢様へ吹き込もうとしているのですか!!」
侍女が怒鳴る。
セレシアは咳払いをした。
(一応、知ってるんだけどな……まあいいや)
騎士の家の女子寮で、年上の騎士見習い達から色々教わっていたのだ。
そういう話になる時は、アーチャをフィンへ預けていた。
「ねえねえ、『すること』って何?」
アーチャが目を輝かせて聞く。
「ああ、それはな――」
ヴァルドが答えかけた瞬間。
侍女の拳が顔面へめり込んだ。
ヴァルドはそのまま後ろへ倒れる。
幸い、ちょうどソファーの上だったため、後頭部は無事だった。
「もう、その話は終わりです。これ以上続けたら、ヴァルド様の綺麗なお顔が別物になってしまいます」
セレシアは倒れたヴァルドへ近寄り、治癒魔法を唱えた。
「白き妖精よ。この者の顔を元に戻したまえ」
白い光が手のひらからあふれ、ヴァルドの顔がみるみる治っていく。
「わざわざお嬢様の手を煩わせるなんて」
侍女はぶつぶつ文句を言う。
「本当に、人間はよくわからない」
ヴァルドもぶつぶつ言った。
「他にご用件はありますか? お風呂の件と名前の件はうかがいました」
セレシアが尋ねる。
「『すること』を聞いてないよー」
アーチャが無邪気に言った。
「それは聞かなかったことにしなさい」
ヴァルドが真顔で言う。
「はーい」
「人間の子供には聞かせてはならないらしい。娘へ言う前に知れて良かった。礼を言う。妻に張り倒されるのは慣れている。治癒魔法を使わせて悪かった」
ヴァルドは礼儀正しく頭を下げた。
その時。
気付けば、アーチャへ羽が生えていた。
ぱたぱたと宙を飛んでいる。
「あれ?」
セレシアも侍女もアーチャ本人も驚く。
「ふむ。順調だな。それで良い」
ヴァルドは満足そうにうなずいた。
「生まれてから、ちょうど七百五十日。様子を見に来た。次は八百日後に来る」
そう言うと、ヴァルドは姿を消した。
「あー!! もっと引き留めて、四兄様と竜さんを呼べば良かった!!」
セレシアが叫ぶ。
「八百日後と言っていましたから、その時までに聞きたいことをメモしておきましょう」
侍女が冷静に言う。
「その頃まで覚えているかしら?」
「忘れちゃうよ!」
そう言いながら、アーチャは嬉しそうに飛び回っていた。
「飛べるっていいわね。うらやましい」
セレシアは目を細めた。
暴力描写はよくないと思いつつ・・・・
ヴァルドは「人外」なので深く考えないでいただけるとありがたく思います
草は「パクチー」をイメージしました。
実物を知らないのですが、(売っていても手に取ろうとは思わない)よく耳にするので
ドクダミでもいいかも・・・・
ドリアンとか・・・・お好きな「匂い」をご想像ください




