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『辺境伯令嬢と竜の子』 ―滅び行く者たちと未来に向かう者たち―  作者: 鶴見 日向子


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第二十九話(前編) ―繭―

このお話も短いので、2話に分けます

ある日の事だった。


セレシアは、三兄からもらった飛行獣のヒナを調理していた。


アーチャが

「食べたい」

とうるさかったからである。


「ちょっとだけだぞ。残りは皆で分けるのだからな」


三兄は念を押していた。


(竜は人間の食べ物を食べないんじゃなかったの?)


セレシアは少々不思議に思っていた。


四兄が戻ってきていて、上手にそれを丸焼きにしていく。


「本当に四兄さまって、焼き鳥が上手よね」


セレシアは感心した。


「魔力がなかった頃、ここに残るために厨房に入ろうと思った時期があったのだよ。

それで焼き方を教わった。

三兄上が、いつも側で試食してくれていた」


四兄が笑いながら言う。


あれから四兄は、魔石を身につけているうちに、それを吸収できるようになり、兄弟の中で最も魔力が多くなっていた。


「ほどほどがよい。体にどんな影響が出るかわからない」


ヴァルドにそう言われ、他の者達より少し多め程度に調整していたのである。


「さあ、焼きあがったぞ」


四兄が皿に乗せる。


「今、切り分けるわね」


セレシアが魔力で作ったナイフを手にし、肉に刃を入れた瞬間だった。


待ちきれなくなったアーチャが肉に飛びついた。


その勢いで口がぶつかり、セレシアの手元が狂う。


セレシアは指を深く切ってしまった。


その血が付いた肉を、アーチャはそのまま食べてしまう。


「ちょっと、アーチャ、何しているの?

なんでそんなに、がっついているの?」


セレシアは指を押さえながら怪訝そうに言った。


四兄がすぐに回復魔法をかける。


その間に、アーチャの様子が変化し始めた。


「アーチャ?どうしたの?アーチャ!」


セレシアが必死に呼びかけるが反応がない。


やがて、アーチャの周囲から細く粘り気のある糸が出始めた。


それが膜のように、アーチャの体を包み込んでいく。


「ヴァルド様、来て!!」


セレシアが叫ぶ。


ヴァルドが現れた。


繭のようになったアーチャを見て、ヴァルドは目を見開く。


「いったい何があった?」


セレシアと四兄が経緯を説明する。


ヴァルドの顔色が変わった。


「飛行獣の肉と、セレシアの血液……。

どちらか、あるいは両方か」


ヴァルドが低くつぶやく。


「興味深いが……どうなるのかわからない」


「私にも、その肉を食べさせていただけませんか?」


四兄竜が姿を現した。


「いや、待て。アーチャの変化を見届けるまでは――」


そう言っている側から、四兄竜が飛行獣の肉をかじった。


「やめろ!そなたまで繭になったらどうする!」


四兄が叫ぶ。


しかし、四兄竜は、その肉をすぐに吐き出した。


「不味いです。

よくアーチャはこんなものを飲み込みましたね……」


「あの草が食べられて、なぜこの肉が不味いのだ?」


四兄が叫ぶ。


「口直しに草をください」


四兄が草を出すと、四兄竜は嬉しそうに食べ始めた。


そこへ三兄がやってきた。


「おお、美味そうに焼きあがっているではないか。

匂いが廊下中に漂っておるぞ」


そして皿を見る。


「おい、誰だ!丸かじりしたのは!

贅沢な事をするな!貴重品なんだぞ!皆に分けるのだ!」


三兄はぶつぶつ文句を言いながら、歯形の付いた部分だけ切り取り、


「残りは皆に分ける」


そう言って持っていった。


「一人で食べる気満々ですね……」


四兄が遠い目でつぶやく。


「竜よ。そなたの責任だ。

潔く、この歯形の付いた部分を食べなさい」


四兄が言う。


「食べますから、せめて草で和えてください」


「面倒な事を言うなあ」


ぼやきながら、四兄は肉と草を細かく刻んで混ぜた。


「これでよかろう」


「ありがとうございます。こうすると美味しいです」


四兄竜はぺろりと平らげてしまった。


「なぜか、この肉を前にすると、何かが刺激されるのです。

なぜでしょう?」


四兄竜は不思議そうに空になった皿を見つめる。


しかし、しばらく経っても、四兄竜の姿に変化は起きなかった。


「という事は、セレシアの血液か……。

とにかく、このまま様子を見るしかあるまい」


ヴァルドが言う。


「三兄さまも、この肉に異様に執着していますよね?

確かに美味しかったですが……そこまで?って感じがします」


セレシアが言った。


「私は口にしていないのでわからない」


四兄が答える。


「普通の鳥ではないからな。

何かあるのかもしれない」


ヴァルドが低くつぶやいた。


「ちょっと、あちらの国へ行って、料理人達に聞いてきます。

他にこういう例があるかどうか」


四兄はそう言って消えた。


「私も瞬間移動を覚えたいです」


セレシアがぼやく。


ヴァルドが笑った。


「私が教えたわけではない。

彼が自然にできるようになったのだ。

普段の努力の結果であろう。


では、私は部屋へ戻るよ」


ヴァルドも消えた。


「フィーユもいなくなって、最近つまらないなあ……。

ヴァルドはすっかりお父さんしているし」


セレシアは座り込み、丸くなった繭を見つめた。


「アーチャ……。

あなたまで、いったいどうなっちゃうの?」


セレシアは不安でたまらなかった。

続きを読んでいただけますと幸いです

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