第一話 ―帰還と四人の兄と竜達―
無事に帰宅できました
城では、令嬢の無事な帰還に皆が大喜びしていた。
ここは国境近くにある辺境伯の城である。
時折、隣国との小競り合いはあったが、今回ほど大規模なものは初めてだった。
「そなたが川へ投げ出されたと聞いた時は、心臓が止まるかと思った」
父である辺境伯が言う。
「守護竜がそなたを水中へ落としたというのは、本当なのか?」
長兄が尋ねた。
「はい……年を取り過ぎて、引退するそうです……」
セレシアは小さくつぶやく。
「大事な一人娘に、そんな老いぼれをあてがうとは! 龍神様のお気持ちがわからん!」
父は頭を抱えた。
「まあ、その代わり卵を預けられたのです。孵化が実に待ち遠しい」
四兄が眼鏡をずり上げながら言う。
「少しその卵を見せなさい」
「後になさい」
母が呆れたように言った。
「とにかく、無事に帰ってきてくれてよかった。そなたがいない半年の間に、いろいろ状況が変わった」
長兄が話を続ける。
「隣国とは和平を結んだ。龍神の庇護下にある我が国には敵わぬと悟ったらしい」
「そういえば、『騎士の家』の子達は?」
セレシアは急に思い出した。
あの家には小さな子供達もいた。
彼らが心配で、セレシアは火の中へ駆け込んだのだ。
「皆、無事だ。建物も立て直しが済んでいる。今度は燃えぬよう、石造りにした」
セレシアはほっと胸を撫で下ろした。
「そなた、フィンがいなければ焼け死んでいたそうじゃないか。目撃していた子供達が教えてくれたぞ」
三兄が言う。
「避難済みの家に、のこのこ入っていくとは……間抜けだな」
三兄はけらけら笑った。
「避難が済んでいたのですか……?」
セレシアはその場へ座り込みそうになる。
「見習いばかりとはいえ、騎士として訓練を受けている子達だ。抜かりはない」
長兄が言った。
「まあ、仕方あるまい。小さな子達の世話を、普段からセレシアがしていたのだから。見捨てるよりは立派だ」
次兄が庇ってくれる。
「だが、バカだ」
さらに三兄。
「あんな笑っているが、そなたがいなくなった時、べそをかきながら探し回っていたからな」
長兄が笑いながら暴露した。
「そういう兄上もでしょう」
次兄が苦笑する。
「三人ともですよ。似たり寄ったりです。……それより、卵を見せなさい」
四兄だった。
「そなたもだったではないか!」
三人の兄達が同時に叫ぶ。
「もう、そなた達は黙っていろ。やかましい」
父がため息をつきながら四人を見渡した。
「しかしセレシア。卵を託されたとは、大変名誉なことなのだぞ」
父が言う。
「そうなのですか?」
セレシアは信じられなかった。
どう思い返しても、押し付けられたとしか思えない。
「そなたの魔力が、その卵を育てるにふさわしいと判断されたのだ」
父はうなずく。
「お父様、なぜそのようなことがわかるのですか?」
セレシアは不思議そうに尋ねた。
「我が守護竜が申しておる。ゆえに間違いない」
(間違いだろう)
セレシアはそう思った。
「わかりました……私、もう休んでもよろしいですか? なんだか疲れました」
「その前に卵を見せろ」
四兄は食い下がる。
「もう休ませてあげなさい。無事に帰ってきてくれて、本当によかったわ。フィンに、あなたの守護竜が『大丈夫だ』と言ったそうだけれど……半年は長かった」
四兄を無視して、母が優しく言った。
「では、下がらせていただきます」
半年経っているのに、まったく変わらない兄達。
セレシアは安心したような、呆れたような気持ちになった。
侍女に連れられ、服を脱いで風呂へ入ろうとする。
だが、なぜか袋は体に付いたままだった。
「お風呂も一緒!?」
セレシアは絶望した。
なんとか侍女に髪と体を洗ってもらい、久しぶりに自分のベッドへ入る。
――と思ったのだが。
「邪魔!!」
袋が激しく邪魔である。
『めったに潰れぬ』
ヴァルドにそう言われた気はする。
だが、本当かどうかわからない。
セレシアは袋の口をそっと開き、中を覗いた。
なぜか、よく見えない。
手を入れて触れてみると、確かにそこに卵がある。
目を凝らすと、その卵は黒かった。
うっすら光を帯びているようにも見える。
「ヴァルド様に渡された時は、こんな色じゃなかった気がする……」
不思議に思いながらも、久しぶりの我が家に安心したのか、いつの間にか眠りへ落ちていた。
数日が過ぎた。
四兄が『卵を見せろ』とうるさいので、袋を開こうとする。
だが、なぜか口は固く閉じられ、まったく開かない。
「ふむ……どういう仕組みだ?」
四兄は自分の守護竜を呼び出して尋ねた。
「私も興味がありますが、わかりかねます。人間へ託された例を、私は知りません」
「父の守護竜は知っていたではないか!」
「長兄さまも言っていたわ」
セレシアがいう
「たぶん出鱈目です。あれらは、自分の知らないことには作り話で対応します」
セレシアは、この竜が一番賢い気がした。
「ねえ、私が質問してもいい?」
セレシアは四兄の竜へ尋ねる。
「お兄さま、命令してください」
基本的に守護竜は、主以外の言葉には従わない。
「妹の質問だ。答えよ」
四兄が命じた。
「竜も年を取るの?」
「取ります」
竜はそっけなく答えた。
「動けなくなるほど年を取ったら?」
「引退になります」
「なんで私の守護竜は年寄りだったの?」
竜はそっと視線を逸らした。
「答えなさい。命令だ」
四兄が冷たく言う。
「その……歴代辺境伯様のお子は、多くても三人ほどでした。五人は想定外だったのかと……」
「ヴァルド様は何者?」
竜はさらに視線を逸らし、隠れようとまでした。
「答えなさい。卵について知っていることを全部」
四兄が呆れたように言う。
「竜の卵を育成する係です。こちらへ来る時、『これで自分の仕事は終わった。自由になれる』と言っていました。それ以上は、本当に知りません」
「龍神様とて万能ではなく、さらに無理を押し付けた臣下に逃げられた……ということか」
四兄がつぶやいた。
セレシアにはよくわからなかったが、なんとなく理解できた気がした。
四兄は守護竜の頭を撫でる。
「そなたは賢い。よく答えてくれた。これを食べなさい」
四兄は棚の奥から瓶を取り出した。
蓋を開けた瞬間、薬草の独特な香りが部屋へ広がる。
その中へ指を突っ込み、一つかみして竜の口元へ持っていく。
竜は嬉しそうにそれを食べた。
「お兄様、竜は皆、その薬草が好きなのですか?」
セレシアは鼻をつまみたいのを我慢して聞いた。
「いや、この子が特別だ。普通は食べない。匂いは強烈だが、とても貴重な薬草なのだ。この子のためだけに集めている。人間にはまったく効果がない」
その時。
下げている袋の中身が、少し動いた気がした。
「気のせいかしら?」
これ以上いると、薬草の匂いが服に移りそうだ。
セレシアは早々に部屋を後にした。
すると、卵は静かになった。
「匂いがわかるのかしら? まさかね……」
セレシアは気にしないことにした。
一年が過ぎ、セレシアは八歳になっていた。
相変わらず、袋は肩から下がったままだった。
そして、どんどん重くなっている。
セレシアの体幹は鍛えられ、腹筋まで服越しにわかるようになっていた。
「そんなにたくましくなったら、頑張って女の子を産んだ意味がありません!」
母が悲鳴を上げる。
「私に言われても困ります!」
四兄は直接見るのを諦め、袋へ聴診器を当て、毎日記録を付けていた。
「心臓の音が大きくなっている」
四兄の守護竜が言う。
「もうすぐ孵るかもしれません」
父や他の兄達の守護竜は、知らん顔だった。
>たぶん出鱈目です。あれは、自分の知らないことには作り話で対応します
わはは・・・チャッピーがそうらしいですよー
みなさま、ご注意くださいと言いつつ、一番信じてしまいそうなのは私




