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『辺境伯令嬢と竜の子』 ―滅び行く者たちと未来に向かう者たち―  作者: 鶴見 日向子


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序章 ―炎の家と託された卵―

新作です

お読みくださるとうれしいです

建物に入り、廊下の先のドアを開けた瞬間――その部屋は火の海になっていた。


セレシアは、何が起こっているのかまったく理解できなかった。


「セレシア様、危ない!」


廊下を走ってきた少年が少女の手をつかむ。


そして近くにあった花瓶置きで窓ガラスをたたき割り、そのままセレシアを外へ押し出した。


少年も窓から飛び出し、セレシアの手を引いて走り出す。


後ろを振り向くと、自分が住んでいた城だけではない。


隣にあった『騎士の家』にも炎が上がっていた。


「敵の奇襲です。隣国が攻めてきました。兵のほとんどが国境へ向かっている隙を突かれたのです」


「みんなが、まだお屋敷にいます!!」


セレシアは城へ戻ろうと駆け出しかける。


「ダメです! 危険です! 私と逃げましょう! 他の者達も、それぞれ逃げているはずです。奥様は侍女達が連れ出しています」


少年は必死に言った。


「大丈夫です」


『騎士の家』。


そこは国内で両親を失った孤児達を集め、騎士として育てている場所だった。


「みんな、逃げられたの?」


「おそらくは。私はたまたま、建物へ入っていくセレシア様をお見掛けして……」


「とにかく逃げましょう。騎士の家の年長者達は、敵と戦っているはずです」


少年は国境とは反対側にある森へ向かい、セレシアを抱き上げて走り出した。


「自分で走るわ!」


「その格好では無理です。ドレスが枝に引っかかってしまいます」


しばらく走ったところで、後ろから馬の足音が聞こえてきた。


「おい、子供が二人いるぞ! 女の方は上等な服を着ている!」


「見つかったか!」


少年はさらに走ろうとした。


だが、気付けば背後は崖になっており、その下には激しい流れの川があった。


馬の足音はどんどん増えていく。


逃げ場はなかった。


少年は腰の剣を抜こうとする。


「ダメです! あなたはまだ見習いにもなっていません。大人相手では無理です!」


「しかし……!」


セレシアは夢中で少年を崖から突き落とした。


そして自らも飛び降り、魔法を唱える。


「我が守護竜よ、姿を見せよ!」


兄達の守護竜なら、即座に姿を現す。


だが、セレシアの守護竜は反応が遅かった。


間に合わない――!


川へ落ちる寸前、ようやく翼を持つ竜が姿を現した。


竜は二人を背中で受け止める。


だが――


「だめだ! 下が狭すぎて羽を広げられない!」


少年が悲鳴を上げた。


竜は二人を乗せたまま、水面へ落下するように着水した。


その衝撃で、二人の体は放り出される。


川の流れは速かった。


少年はなんとか岸へ這い上がれたが、セレシアはドレスが邪魔をしたのか、そのまま下流へ流されてしまう。


「セレシア様ー!」


少年の叫びもむなしく、セレシアの姿はあっという間に激流へ飲み込まれていった。


守護竜は低い声で言う。


「大丈夫だ。下流には我の仲間がいる。必ず助かる。我はすぐに知らせに向かう」


すると竜は、自らの体を縮め、そのまま下流へ飛んでいった。


少年は唖然としてその姿を見送る。


(なぜ……体の大きさを変えられるのに、最初から大きいまま現れたんだ……?)


だが今は、信じるしかなかった。


少年は下流を見つめる。


その時――


上から、馬と男が落ちてきた。


川の中から突き出た岩に激突し、その周囲に赤い色が広がる。


崖の上からは、剣がぶつかり合う音と馬のいななきが聞こえてきた。


「助けが来てくれた……しかし……」


少年は唇を噛み締める。


「セレシア様……どうか、ご無事で……」


少年はその場で祈ることしかできなかった。



「気が付いたか?」


目を開けたセレシアの前には、黒髪に緑の瞳をした男がいた。


「ここは……?」


「私の住み家だ。誰にも見つかることはない。そなたは上流から流されてきたのを、私が引き上げた」


男は静かに笑った。


「私はヴァルドという。そなたは?」


「私はセレシアと申します」


「そうか。何歳だ?」


「七つでございます」


ヴァルドの目は優しく、どこか懐かしそうにセレシアを見つめていた。


「故郷にいる我が娘と同じ年頃だ。しばらくここで暮らすとよい」


「でも、早く帰らないと、家の者達が心配しているかと……」


「心配はいらぬ。我が配下の者が、そなたと一緒にいた少年へ言付けをしてある」


こうして、ヴァルドとセレシアの奇妙な共同生活が始まった。


ヴァルドは年齢のよくわからない男だった。


年老いて見える時もあれば、若く見える時もある。


だが魔力は非常に強く、セレシアは主に魔法や魔力の扱い方を教わった。


優しくはあったが、かなり高度な魔法まで叩き込まれる。


父のようでもあり、兄のようでもある。


どこかつかみどころのない、不思議な男だった。


そんな生活が半年ほど過ぎた頃――


ある日突然、セレシアは自分がなぜここへ来たのかを思い出した。


今まで、なぜかすっかり忘れていたのだ。


「あの子は!? 一緒に川へ落ちた子は!?」


「大丈夫だ。そなたの家族達も無事だ。城は一部焼け落ちたがな。迎えが来るまで、ここにいるがよい」


「あなたはいったい……」


セレシアは目を見開く。


ヴァルドは静かに言った。


「そなたは選ばれたのだ。守護竜の育て親としてな」


「育て親?」


「今までの守護竜は年を取り過ぎた。今回も、そなた達をうまく助けることができなかった。ゆえに引退する」


セレシアはぽかんとする。


「引退……?」


守護竜とは、生まれた時に龍神から与えられる存在だった。


セレシアの家系では、生まれた子供それぞれに守護竜が付いている。


「そなたが生まれたのが計算外だったのだ。次の竜を育てるのが間に合わなかった」


「え?」


「私は竜帝に仕える者でな。守護竜を育成するのが仕事なのだが……」


ヴァルドは遠い目をする。


「自分の娘と暮らすことにした」


「はい?」


「なので、後は頼む」


「そんなのありですかあ!?」


セレシアは思わず叫んだ。


父や兄達の守護竜は、強く、頼もしい。


だが、自分の守護竜は以前からどこか頼りなかった。


今回も、やっと現れたと思ったら、そのまま川へ落ちたのである。


「そなたは魔力が強い。良き育成者になるだろう」


セレシアはじろりとヴァルドを見る。


「上手いこと言って、とんでもないものを押し付けようとしていませんか?」


セレシアは、家庭環境のおかげか、人を見る目だけは鋭かった。


ヴァルドはふっと笑う。


「その通りだ。本当にそなたは賢い。安心して託せる」


そう言って、ヴァルドは彼の手のひらサイズの卵を差し出した。


セレシアにとっては大きく感じる


「ずっと肌身離さず持っていなさい」


さらに、斜め掛け用の袋をセレシアの肩へ掛け、その中へ卵を入れる。


「寝る時もですか? 潰してしまいそうです」


「そうだ。潰さぬよう気を付けて寝なさい」


「そんなあ!! 無理です!!」


ヴァルドはにやりと笑った。


「そんな簡単には潰れぬ」


その後、ヴァルドは馬を呼び寄せ、セレシアを乗せて走り出した。


「そなたの兄達が探しに来た。連れて帰ってもらうといい」


河原へ到着すると、ヴァルドはセレシアを馬から降ろした。


そして次の瞬間には、もう姿が消えていた。


ぽかんとしているセレシアを、誰かが見つけて叫ぶ。


「あそこに女の子が!!」


兄達が一斉に振り向いた。


彼らは河原の岩を持ち上げ、隙間を探りながら、


『せめて妹の一部だけでも』


そんな思いで、上流から下流へ探し続けていたのだ。


その妹が、失踪当時の姿のまま立っている。


「セレシア!?」


四人の兄達が、一斉に駆け寄ってきた。


「本物か!?」


「今までどこにいた!?」


「ドレスが汚れていないぞ!?」


次々に聞かれるが、何をどう説明すればいいのか、セレシアにもさっぱりわからない。


面倒になったので、


「わかりません……気が付いたら、ここにいました」


と答えた。


どうせヴァルドの話をしても、信じてもらえないだろう。


――そう思ったのだが。


自分が斜め掛けしている袋の中には、確かに卵が入っていた。


それを見た長兄が言う。


「それはいったいどうしたのだ?」

すると、長兄の肩の上に、彼の守護竜が現れて、何かをささやいた

「何?竜の卵??セレシアに託された?」

長兄が驚いて声をあげた。


「そんなことが……?」


次兄が驚く。


「まあよい。骨でも見つかればと思っていたのだ。生きて戻っただけで十分だ」


三番目の兄が言った。


「その卵、興味深いな。後でじっくり見せなさい」


四番目の兄が目を輝かせる。


そう。


セレシアには四人の兄がいた。


そして五番目に、ようやく生まれた女の子だった。


ヴァルドの『計算外』という言葉を思い出す。


(もしかして……娘かわいさに仕事を放棄した?)


私のせいなの!?


訳がわからないまま、セレシアは兄達に連れられて城へ戻っていった。


続きをお読みくださると幸いです

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