第十五話 ―王太子殿下との対面―
二人は別邸跡地に座り込み、必死に何かを探していた。
「セレシア様、フィーユ様。フィンです。何を探していらっしゃるのですか?」
「あ、フィン、いいところに来たわ。あの通信器を探しているの。普通の透明な丸い水晶玉みたいな……」
セレシアの手は真っ黒だった。
「ああ、あれなら昨夜、私が辺境伯邸へ持ち帰りました。兄上にお返ししましたよ」
「そうだったのね。
今朝、ゾルピデム公爵令嬢が救護所に来られて、『グレース様と連絡が取れないか』って言われて、二人で探していたのよ」
「転移陣もなくなってしまったのね……」
セレシアは寂しそうに言った。
「ですが、おかげで執事さんと侍女のお二人は助かりました」
「そうだったんだ。なら仕方ないわね」
セレシアの寂しげだった瞳に、再び力が宿る。
「また、ヴァルド様が作ってくれますよ。
実は、ゾルピデム公爵様にお会いしたいのです。セレシア様、仲介していただけませんか?
城門の兵に聞いたのですが、追い返されてしまいました」
「まあ、なんてこと!
今、お城にいらっしゃるはずよ。いっしょに参りましょう」
「その前に……『水の精よ、二人の汚れを消し去り給え』」
フィンが呪文を唱える。
炭だらけだった二人の姿が、一瞬で綺麗になった。
「夢中で気が付いてなかったわ。行きましょう!」
三人は城へ向かった。
そして門兵は、フィンに散々頭を下げることになったのだった。
* * *
三人は城の中の、公爵家専用の部屋へ通された。
そこへ現れた女官を見て、セレシアとフィーユは顔を見合わせる。
「あら、なんだか見覚えがあるような……」
「誰だっけ?」
「なんで忘れるのよ!!」
女官が叫んだ瞬間、後ろから「コホン」と咳払いが聞こえた。
「大切なお客様です。馴れ馴れしくしてはなりません」
そこに現れたのは、ゾルピデム公爵令嬢だった。
今は王太子妃となっている。
「お久しぶりです。覚えていてくださって?」
公爵令嬢――ダイアナが親しげに微笑む。
「もちろんですとも!
グレース様からお話は伺いました。とてもよくしていただいたと感謝していましたよ」
フィーユが嬉しそうに言った。
「なんで私は忘れられているのよ!
唯一育成所に残ったのに!」
その女官が涙目になる。
「あ、思い出した。男爵令嬢さん、結局女官になられたのね」
セレシアは目を見開いた。
「もう、あの時すでに、王太子妃はゾルピデム公爵令嬢ダイアナ様に決まっていて、城に来た魔力の強い女性だけ集めたって……」
男爵令嬢は力なくつぶやく。
「結局、あなた達二人はすぐ辞めていって、あの白髪と赤い瞳の子はぽけーっとして何もできなくて、私しか残らなかったのよ!!」
「だって、本当に伯爵令嬢だったのですもの。何もできなくて当たり前でしょう?
しかも、今は国王の養女になっているそうよ」
セレシアが言う。
「はあ? まさかー」
男爵令嬢がケラケラ笑った。
ダイアナが男爵令嬢を見て微笑む。
「いい加減になさい。いつ辞めてもらってもよろしくてよ。
誰のおかげでここにいられるのか、思い出させてあげましょうか?」
優しい口調とは裏腹に、ダイアナの目は笑っていない。
「お取り込み中、失礼いたします。
私は辺境伯にお仕えする騎士です。この度、公爵様へ親書を渡すよう命じられて参りました」
フィンは跪きながら、恐る恐る言った。
「今、父を呼んでいます。あなたは別の仕事をしてきなさい」
「はーい!」
男爵令嬢は部屋を出て行った。
「なんだか、いろいろ大変そうですね」
セレシアがつぶやく。
「まあ、あの子にしたら詐欺に遭ったようなものなのでしょう。
父親の男爵が吹き込んだそうですわ。魔力もないのに、無理やり紛れ込ませたとか。
『王太子殿下に色仕掛けで迫れ』って」
ダイアナがひそひそ声で言う。
「全然、色気ないじゃない」
フィーユがぼそりと言った。
「幸い、王太子殿下の好みとは程遠かったようで……。
魔力があれば側室の可能性くらいはあったでしょうけど、存在自体、目に入っていないみたいで。逆にちょっと可哀想になってきてしまって」
ダイアナは遠い目をした。
「お人好しが過ぎると、身を滅ぼしますよー」
フィーユが言う。
そこへ、白髭の初老の男性が入ってきた。
「これは辺境伯のお嬢様方、ようこそ。
グレース様の件では、そちらで上手くやってくださったそうで感謝しております。
辺境伯殿は顔が広いですなあ……まさか異国の令嬢だったとは、私も驚きました」
「ですよねー」
フィーユは遠い目をした。
(いや、それ、濡れ衣だから)
フィンは思ったが、今は口に出せない。
「お話し中、失礼いたします。
私は辺境伯にお仕えする騎士です。この度、公爵様に親書をお渡しするよう命じられて参りました」
そう言って、懐から封書を取り出す。
公爵は封を切り、静かに読み始めた。
しばらく考え込んだ後、顔を上げる。
「ここではなんだ。続きは我が邸宅で話そう。こちらの王太子にも来てもらう」
そう言って、公爵はダイアナを見た。
「ダイアナ、王太子殿下を連れて来なさい」
「かしこまりました、お父様」
ダイアナは部屋を出て行った。
「さあ、我らも参ろう。こちらへ」
公爵はそう言うと、壁の一部を押した。
壁が動き、狭い部屋へと繋がる。
その中央では、転移の魔法陣が淡く光っていた。
「そなたらの魔力なら問題ない。我が邸宅へ繋がっている。魔力のない者は飛ばん」
「どこへ繋がっているんですか? どこかの山奥とか?」
フィーユが尋ねる。
「我が邸宅だ。
大昔、我が父が若い頃、不思議な男と出会って意気投合し、『特別に』と作ってもらったそうだ。それ以上のことはわからぬが、重宝している。
心配なら、私が先に乗ろう。
最後に乗る者は、壁を元に戻してくれ。
まあ、忘れてもダイアナが戻してくれると思うが」
そう言って、公爵は転移陣に乗り、消えた。
「まあ、信じるしかないわよねー。
すぐに乗らないで、ちょっと待っててー」
フィーユが乗る。
数分後――
「うん、大丈夫。これ、往復用の魔法陣。ちゃんと確認してきた」
「フィーユって抜け目ないわね……」
セレシアが驚く。
「私だったら、変なところへ飛ばされても、お父様が来てくれるから大丈夫」
フィーユは笑った。
(昨夜、母上様に『のされていた』ことは黙っておこう)
フィンは思う。
再びフィーユは消えた。
「セレシア様、お先に。私は扉を閉めてから最後に行きます」
「わかったわ」
セレシアも魔法陣に乗った。
「一人ずつというのが、少々厄介だな……」
フィンは三人まとめて飛ばした兄を思い出していた。
「魔力過多で消えるわけだ」
フィンは壁を元に戻し、自分も魔法陣へ乗った。
その直後、お茶を運んできた男爵令嬢は、誰もいなくなった部屋を見て目を丸くする。
「これだから、魔力のある人達は苦手!!」
そうつぶやき、お茶を乱暴に置いて部屋を出て行った。
* * *
三人は、転移先の光景に驚いた。
そこは専用の小部屋のようだった。
どうやら屋敷の中らしい。
「納屋じゃないんだ」
セレシアがつぶやく。
「納屋より、こうして個室に作った方が安全だったわね」
(なぜ納屋に作ったのだ! ヴァルド様!)
フィンは心の中で叫んだ。
「数を作り過ぎて、どうでもよくなっていたんだと思うわ」
フィーユが、まるでフィンの心を読んだようにつぶやく。
「フィン様って、すぐ顔に出るから面白いわ。お兄様もそうなの?」
フィーユがけらけら笑う。
「わかりません。まだ会ったばかりですから」
「でもね、私、すごく好感持ったの。
執事さんと侍女さん三人を真っ先に避難させてくれたのでしょう?
身分の高い方なのに、なかなかできることじゃないわ」
フィンの胸中では、
(いけるかも! しかし成功=ヴァルド家と親戚……)
という複雑な思いが渦巻いていた。
「あら? 顔が急に明るくなったり暗くなったり……大丈夫?」
フィーユが心配そうに聞く。
「大丈夫なような、そうでないような……」
フィンはつぶやいた。
「もう、二人とも何しているの? 早くこちらへ来て」
セレシアが二人を呼ぶ。
「はーい!」
フィーユが駆け出す。
フィンもその後を追った。
「いい感じじゃない?」
アーチャが少しだけ顔を出した。
「まあな。でも複雑だ」
フィンの胸中を察したのか、アーチャは何も言わず姿を消した。
そこにはすでに、ダイアナと、もう一人若い男性がソファーに座って待っていた。
公爵が若い男へ三人を紹介する。
「私はこの国の王太子で、ダイアナの夫だ。よろしく頼む」
三人は慌てて跪いた。
男爵令嬢再登場。この回はまあ普通(?)ですね
最初、名前を付けていたのですが、後から名前を消しました。




