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『辺境伯令嬢と竜の子』 ―滅び行く者たちと未来に向かう者たち―  作者: 鶴見 日向子


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第九話 ー納屋からの賓客と消えた王子ー

グレースに変化が?

また、納屋の戸が開く音が聞こえた。


「せっかく通信機をお預けしたのに、応答してくださらないと困りますわ」


おっとりとした声が響く。


「あ、先ほどお帰りになったばかりでしたので、傷を付けてはいけないと思い、布を被せておりました」


執事が答えた。


「先ほどの騎士はどうなさいました?」


いつものおっとりした雰囲気とは少し違うグレースに、セレシアは戸惑う。


そして、その後ろから、先ほど球体に映っていた中年男性と、もう一人、立派な服を着た初老の男性が現れた。


その人物の前に、グレースをはじめ、父親、数人の騎士、侍従達が一斉に跪く。


セレシアは気が遠くなりそうだった。


それでも、何とか自分も跪く。


フィーユも慌てて真似をした。


執事も急いで跪いた。


「ふむ。話は本当だったのだな。転移陣を作ったのは誰だ?」


「はい。そこにいるフィーユの父という方でございます、国王陛下」


グレースが答える。


(国王には内緒って言ったでしょおお!!)


信じた自分が迂闊というか、馬鹿だった。


そう思ったが、もう遅い。


「フィーユとやら。そなたの父はどこにおる?」


国王が尋ねる。


「存じません。そこら辺をふらふらしていると思います」


フィーユは物怖じせず、きょとんとした様子で答えた。


国王の目が鋭く光る。


「その方、普通の人間ではないな。異様な力を感じる」


(グレースに竜の話をしていなくてよかった……)


セレシアは胸を撫で下ろした。


だが――


「父は竜でございます。私は竜と人間の間にできた娘です」


セレシアは失神しそうになるのを必死に耐えた。


「ほお……それは珍しい。本当らしく聞こえる。その方、嘘が上手いな」


「本当なのですが、信じても信じなくてもどちらでもいいです」


フィーユはけろりとしている。


追及されなかったことに、セレシアはほっとした。


「まあよい。それより、先ほどまでいたという騎士の青年だが……」


国王の声が少し低くなる。


「実は、行方不明になっている我が息子によく似ているのだ。今どこにいる?」


「先ほど、領地へ帰りましてございます」


セレシアは慎重に答えた。


「彼は孤児で、赤ん坊の時に私の兄が引き取り、騎士として育てました。なぜ、似ていると思われるのですか?」


「私の息子は双子だったのだ。今残っている兄に、瓜二つなのだ」


「ふたご……? 双子とは何でございますか?」


セレシアは本当に知らなかった。


「えー、セレシアは双子を知らないの?」


フィーユが驚きの声を上げる。


「知らない……何それ?」


「もうよい。後で誰かに聞きなさい。辺境伯領にいるのであるな。そちらに使者を向かわせる。邪魔をした」


そう言うと、国王達はぞろぞろと納屋へ入っていった。


「帰したけど、結局、辺境伯領へ行くのね……」


セレシアは脱力した。


「あちらに知らせたいけど、術がないわ」


「お父様を使えばいいのよ」


フィーユが言った。


「そんなに簡単に現れるの?」


「お父様ー。すぐに出てきてくれたら、頬にキスしてあげまーす」


その瞬間、ヴァルドが現れた。


「本当に? 本当か? 何年ぶりだ?」


ヴァルドの目がきらきらと輝いている。


「あのね、お父様。グレースの国の王様に転移陣のことがばれちゃって、ついでに、フィンが行方不明の王子様じゃないかって探しに来たの。どうしよう」


「まあ、仕方あるまい。あの娘、外見はぽけっとしているが、中身は別物であったか」


ヴァルドは少し考える。


「フィンについては、普通の子とは違っていると思っていたが……王族なら、そうなのかもしれぬな」


「フィンに知らせてあげて。お父様ならすぐ行けるでしょう?」


「まあ……行けるが……約束が先だぞ」


フィーユはヴァルドの頬へ顔を寄せた。


だが、飛んだのは口づけではなく平手だった。


「反省してない! 元をただせば、お父様が転移陣を放置したからでしょう!!」


「そ、そんなああ……」


ヴァルドは涙目である。


「フィーユ、嘘はいけないわ。ちゃんと出てきてくださったのだから、感謝しないと」


セレシアはフィーユを優しくたしなめた。


そして、フィーユの耳元でそっとささやく。


「これからも、いろいろ動いていただかないといけないのだから。お願い」


フィーユはうなずき、平手で赤くなった頬に、今度こそちゅっと口づけた。


ヴァルドの目が輝く。


「すぐに行く。任せなさい」


そう言って、姿を消した。


「あの瞬間移動の魔法、どうしたら使えるのかしら……便利よねえ」


セレシアが言う。


「かなり修行しないと駄目みたいです。人間の寿命では無理だそうですよ」


「あら残念。ヴァルド様って、何歳なのかしら?」


「さあ? わからないですねえ……」


長生きしている割には、要領がよくないのでは。


セレシアはそう思った。


しばらくすると、球体が光った。


「今から行くわ。私一人でこっそり行くから」


グレースだった。


「本当に?」


フィーユはじと目である。


「本当ですー。事情をお話しさせてー」


そう言うと、球体の光が消えた。


そしてまた、納屋の戸が開く音がする。


現れたのはグレースだった。


「本当にごめんなさい! まさか国王陛下に伝わるなんて思っていなかったの」


いつものぽーっとしたグレースとは大違いである。


「いったいどういうこと?」


セレシアが尋ねる。


「うん、あのね。通信機の切り方を教えるのを忘れていたでしょう?」


「確かに」


セレシアがうなずく。


「私って、いつもそうなの。肝心なことを忘れちゃうのよ。今は切れているみたいね。切る時は、魔力を吸い取らないと駄目なの」


グレースは続けた。


「少しでも吸い取れば切れるのだけど、そのままだと通話状態になってしまうの」


「あ、私、魔力を注いじゃった」


フィーユが頭をかいた。


「一度切って、話しかけなければ何も起こらないわ」


三人の間に、気まずい空気が流れる。


「それって……」


「そう。お父様が切り忘れたの! あの騎士の顔を見て、すごく焦ってしまって……。内緒だと約束したのに、すっかり忘れて陛下に報告しちゃったのよ」


「そうだったのね。ところで、双子って何?」


セレシアが聞く。


「そこ??」


グレースとフィーユの声が重なった。


「それは私が説明しよう」


いつの間にか、立派な服装をした若い青年が部屋へ入ってきていた。


「あれ? フィンにそっくり!! なんで?」


セレシアは首を傾げる。


「フィンにしては、少し背が高いかな……でも、顔はそっくり」


「それが双子なのだよ。母親の腹の中で一人が二人に分かれ、同じ腹の中で同時に育ち、生まれてくるのだ」


「そうなのですね……」


セレシアは納得しかけたが、すぐに眉を寄せる。


「でも、フィンは孤児院にいたのですよ。郊外の道端で泣いているのを、通りかかった旅人が見つけ、孤児院へ預けたと聞いています。それを私の一番上の兄が『普通の子とは違う』と連れて帰ってきたのです」


セレシアは真剣な顔で尋ねた。


「なぜ、そんな道端に置いていたのですか?」


「そんなところに、わざと置くわけがなかろう!」


青年は目を見開いた。


「母の実家が伯爵家なのだ。双子だったので、侍女が多めにつけられていた。裏山で、ピクニックをしていたのだよ」


青年は話を続ける。


「そのうちの一人が弟を抱き、周囲を散歩していた。すると、弟だけが突然消えてしまったのだ。皆が見ている目の前で。抱いていたはずなのに、手の中からすっぽりと消えた」


彼の声は少し震えていた。


「皆で探し回ったが、とうとう見つからなかった」


「もしかして、その場所って……」


セレシアの顔から血の気が引いていく。


「そう。私も踏んでしまった、転移陣ですわ」


グレースが言った。


「最近になって、何か手掛かりがないかと、再び足を踏み入れましたの。そうしたら飛ばされました。子供の頃は魔力があまりなかったから無事だったのでしょう」


グレースは淡々と続けた。


「侍女には魔力がありませんでした。赤ん坊でしたが、魔力の高かった従兄である王子様だけが飛ばされたようです」


セレシアは魂が抜けるような気がした。


――ヴァルド~~~~!!!


フィーユの顔も真っ青である。


二人は床に座り込み、頭を下げた。


「申し訳ありません」


床に頭をこすりつけんばかりに謝る。


「セレシアは関係ありません。私の父の責任です。父を許してください」


「ヴァルド様は私の魔法の師匠です。師匠の責任は弟子の責任。どうか、どうかお許しください!!」


二人は代わる代わる、とにかく頭を下げまくった。


「もうよい。そなた達が生まれる前の話だ。二人に責任はない」


青年は静かに言った。


「事故だ。ただ、私としては、一緒に育つはずだった弟が突然消えたという話は、とても衝撃だった。両親もずっと気に病んでいた」


青年は二人を見つめる。


「今回、グレースのおかげで足取りがつかめた。頼む。悪いと思うのであれば、弟を我が国へ帰してほしい」


王子が頭を下げる。


「ヴィルお兄様、どうして付いてきたのですか?」


ずっと三人の様子を見ていたグレースが、ようやく声を掛けた。


「そなたでは、肝心なところまで話が進まないからだ!

そなたが動くと変な事になりやすいから、『何もするな』といつも言われていたであろう」


セレシアとフィーユは顔を見合わせ、納得する。


「確かに」


そこへ執事が現れた。


「はるばるお越しいただき、誠にお疲れ様でございます。まずはお座りになり、お茶でもお召し上がりになりませんか?」


侍女がワゴンを押し、湯気の立つカップをテーブルへ並べていく。


「ここで決められることではございません。セレシアお嬢様では判断のしようがありません」


執事は深々と頭を下げた。


「そして、どうかこの話は、ここだけのお話にしていただきたく存じます。お願いいたします」


「我らとて、大事にはしたくない。素直に弟を返してくれるのであれば、波風が立つようなことはせぬ。それは保証する」


「本当でございますね?」


セレシアは思わず、グレースの方を見つめてしまう。


「大丈夫だ。約束する」


青年は真剣にうなずいた。


「とにかく、ヴァルド様を呼んで責任を取っていただくしかなさそうです……。普通に考えたら、私達も被害者だわ……」


セレシアはため息をつく。


「フィーユ、ヴァルド様を呼べる?」


「あ、駄目。逃げてる。呼んでも来ない感じ」


その頃、辺境伯領でも大騒ぎが始まっていた。


お読みいただきありがとうございます

チャッピーが「納屋から出入りする賓客たちがシュール過ぎる」と受けていました

皆様にも楽しんでいただけますと幸いです


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