夜半
俺の目の前に広がるのは、先ほどとは全く異なる景色。空から降ってきた雷。それによって粉砕されてしまった石碑。腕を振り下ろしたまま、微動だにしない魔物。さらに、魔物の腕を片手で受け止める美しい銀髪の女性。
「―――その手を退けろ。愚か者が」
突然現れた彼女がそう言った途端、目の前の魔物は一気に後ろへと飛び退き、ブルブルとその身を震わせる。依然として彼女の目は魔物を見据えている。
それに痺れを切らしたのか、はたまた彼女のその態度に起こっているのか。魔物は自らの震える体を鼓舞するかのように、雄叫びを上げ大きな口を開き、鋭い牙を露出させ、噛み殺すほどの勢いでこちらに突進してくる。
「gurruuuuuuraaaaAAAAA!!!」
「ほう?向かってくるか…!躾がなっていない駄犬だな。だが良いぞ…その身を撫でてもらえるのだ。褒美と捉えろ———!!」
そう言い放つと、彼女は一切の砂埃も立てずにその場から姿を消した。気づけば魔物の宙を取り、構えた拳に蝋燭に火を灯すかの如く、魔力を纏わせた。その拳に灯った魔力は、見たこともない紫色をしており、俺はその色に随分見惚れてしまった。そして、構えられたその拳は魔物の頭目掛けて勢いよく拳骨を振り下ろした。
ドガンッ!!と轟音が響くと同時にクレセントウルフの頭が地面にめり込んでいた。それはもう二度と起き上がることが出来ないほどに。
なんだ今のは!一瞬でクレセントウルフを倒したのか!?たったの一撃で…?
口をあんぐりさせながらその場に立ち尽くしていると、彼女の姿が急に目の前に現れ、見下されるような形で睨まれる。
「それで、貴様は何なのだ小僧?見たところ、さっきの犬の仲間では無いようだが。」
「え、あ俺は―」
まるで蛇に睨まれた蛙だ。いやこんなのもう、魔王に睨まれたホーンラビットだ。金剛級相当の魔物を、一発でのしちゃうような人だ、それぐらいの実力差が今、この二人には存在している。
駄目だ。生きて帰れない。なんなら睨み殺されるほどの眼力で、か弱い俺のことを見ている。
彼女は、ガタガタと口を震わせる男を一瞥した後、壊れた石碑へと目を向ける。そこには、まだ先ほどの魔力が漂っていた。ただ、その残っている魔力と、目の前にいるこの男が放っている魔力は同じであった。
この魔力――私の封印を解いたものと一致する。この男が解いたのか?…いや何かの冗談だろう。そのような強者の気配など微塵も感じんが…。
「小僧…。貴様がこの石碑に刻まれた封印を解いたのか?」
「あ、ハイ。俺が解きました」
封印…。あ!あの魔法陣に刻まれてた術式、封印魔法の類だったのか。通りで複雑で見たことない魔術式だったと思ったんだよな。と言うか、怖すぎて馬鹿正直に即答してしまった。何をされるかわかったもんじゃないのに。
「…ん?」
てか、封印魔法が刻まれていた石碑が割れてて、その代わりにこの人が居たんだったら、この人が封印されてたんじゃないの?
え、え、え俺まさか―――とんでもないことしちゃったんじゃないの!?数的の冷や汗が俺の頬を伝う。
依然として口を開けたままガタガタと震える男。先ほどに比べて、よりその動きに磨きがかかっているようにも思える。
「フム…。そうか貴様が。」
あの時はまだ餓鬼だったとは言え、"大賢者"の血筋が施した封印魔法。内側からもわかるほどに幾重にも重ねられ、まるで牢獄の鉄格子の様に複雑に織り交ぜられた魔法陣。
そして状況から察するに、それを魔物との相対時に、一瞬にして分析し、解いた。それもこのような男が――。
「小僧。貴様名は何と言う?」
「リ、リクです。リク・ルミノワールって言います。」
「リク、そうか……。では、リク再三の質問につき悪いが。今、魔王と勇者は何代目だ?」
「え、魔王と勇者えと…確か、魔王は十代目。勇者はちょうど二百代目…だった気が―」
かつて、この大陸全土を支配しようした者がいた。
そう。それが初代魔王である。
魔族を統べるその王は、圧倒的な魔力と統率力をもって、全種族への侵攻を開始。世界はかつてない混乱に包まれ、滅亡の淵に立たされた。
―しかし、希望は失われていなかった。
一人の人間の若者が、運命に導かれるように聖剣を手に取り、仲間とともに魔王へと立ち向かった。その人物こそが、伝説として語り継がれる初代勇者とその一行である。
壮絶な戦いの果てに、勇者たちは初代魔王を討伐し、世界に平和をもたらした。
だが、【魔王】とは、単なる一個人ではなく、称号であった。初代が倒れた後も、新たな魔族の王が現れ、その座を継ぎ、代を重ねているのである。同時に、勇者も代を重ね現在は"二百代目"と脈々とその血筋は受け継がれている。
「十代と二百代…。そうかまぁそんなものか」
時間は進む。それは自然の摂理であり、誰しもが止めることのできないもの、当たり前のことだ。故に、それに取り残され置いて行かれた私は、死者も同然。つまり私は今"何者"でもない。
今私がいるのは人間の地。かつて私が居た場所とは異なる場所。否、別世界と言っても良いだろう。それほどまでに環境が違う。
夢にまで見たとは言わんが、魔族と人種族を含めた他種族が手を取り合う光景。人間の世界に魔族が何の気無しに赴ける景色。戦からはかけ離れ、平和ボケした世界。…よもや良い機会かもしれんな。
そんなことを思い浮かべながら、彼女はその口からポツリと言葉を溢してしまう。
「フン…敗北者。否、差し詰め"亡霊"と言ったところか。」
なんか、一人でぶつぶつ言ってニヤニヤしてる。怖いなぁ。しかも口から出てくる言葉全部が怖い。実体あるのに「亡霊と言ったところか。」とか言ってるし。本当はレイスとかなのかなあの人。
「あ、あのぉ。一人でニヤついているところ、申し訳ないのですが、それで貴方は一体何者なんでしょうか…?なんて―」
「フッ。私の名前か…良いだろう!心して聞くが良い小僧――!!」
その刹那、彼女の脳内に電流が迸る。
いや待て!私は先ほど自分で死者と、亡霊と言っていたではないか。故に、私には"この名"を名乗る資格など断じてない!
そして、何より今私は封印から解かれた身、私が名乗ってしまえば、その名を聞きつけた勇者共が、もう一度封印しにくるやもしれん。
もう一度あんな無茶苦茶な魔術式で封印されては敵わん!二度と出られぬやもしれん!
それに、私の名が現代の魔王の耳にまで届けば、何を言われるかわかったものではない…!!
敗北した者がその"称号"を語るなど万死に値する…!!
この間僅か0.2秒。彼女は"超速思考"を持ち合わせているわけではない。
「スゥーーー。いや何でもない。わ、私の名はえ、えとぉ…ア、あ、アァー……!そうだ――アマリマだ!そう我が名はアマリマである!!」
その彼女の名を聞き、リクは目をこれでもかと見開き、言葉を漏らさずに口を開けていた。その顔からは冷や汗が流れ出ている。彼は自ら彼女の名前を聞き、それに後悔したのだ。
「………ッ!!」
ヤバい、どうしようわからない!なんか凄い息巻いて名前名乗って貰ったけど、全然わからない。なんなら知らない!どうしようどうしよう。
アマリマ!?結構有名なのか?自信満々に名乗ろうとしてたし、実は名の知れた貴族の名ですとか、そんな感じなのか。でも知らないし、ここは正直に!何より、嘘を吐いてはいけないって嫌と言うほど教わりました。
よし!ここは潔く―!
いーーや待てよく考えろ。
仮に「そうなんですか。知りません」などと吐き捨ててみろ。「この我に無礼を働きおって、ブチ殺してやろう!!死ネェ!」とかなったらどうするんだ!
せっかくあのクレセントウルフから助かったのに!ヤバい。今聞かれてんだよね…!聞かなかったことにするのは論外だし、どうしようどうしようどうしようあーーーー時間が…!!
「時間が…!!」とは言っているが、この間僅か0.1秒。先ほどの彼女の思考を上回るほどの速度。もちろんリクも"超速思考"を持っているわけではない。
俺の脳内は困惑道中。そんな中、俺の口からポツリと掠れるように出た言葉はそう———!
「ソ、ソウナンデスネ。」
「…!」
「…!!」
よし!疑われていないな我ながら上出来である!!あの封印を解いた男故、相当頭の切れるものかと思っていたが、存外杞憂だったようだな。
私は今日から、今この瞬間から。しがない魔族の「アマリマ」としてこの世界を見て回ることとしよう!そう心に決めた彼女は笑顔を浮かべている。
一方で、アホほど間抜けな返事をしてしまったリクの脳内はと言うと―。
よ、よかったぁぁ。笑顔を浮かべているってことは多分間違ってなかったんだろうな。危なかった。何気にさっきのクソ狼に追いかけられてたぐらいには、死に近い場面だったぁあ。
安堵の気持ちでその身体中を溢れさせ、自覚こそなかったが自分の胸を撫で下ろしていた。
でもこの人…アマリマさんって封印されていて、俺がその封印を解いちゃったんだよな。封印されてたってことは、相当悪いことをしでかしたってことだ。…でも、到底何か悪いことをした人には思えない。クソ狼からも助けてくれたし。
まぁでも「何をしでたかしたんですか?」とか聞くのは、礼儀知らずにも程があるし…。俺の妄想通りに「不敬、死ネェ!」されたら嫌だし、さっさと帰ろう。幸いさっきの落雷で霧はすっかり晴れたみたいだし。王国のあの嫌というほどデッカい城がここからでもよく見える。
「…それじゃあ俺は帰るとします。夜道は暗いですから、迷わないように気をつけてください。それに夜は魔物が活発に……まぁ、アマリマさんは大丈夫か。それではまた何かご縁があれば!あ、あと助けていただき本当にありがとうございました!」
重ね重ね深々と頭を下げながらも王国へと続く道に歩みを進めていく。今気づいたのだけれど、俺が逃げ回っていたであろう遺跡は消えてしまい、何故か普通の森の中へと変わっていた。
「ウム。良い、些細なことだ気にするな。それに感謝を述べるとするならば私の方だ。…そうだな帰るとするか。」
そんな話を交わしながら彼らは、その歩みを共にしていく。先ほどまで霧が深くかかっていたが、今はそれも晴れて辺りがよく見える。
今は夜。辺りは暗いが、それを夜空に光る星たちが彼らの帰路を照らしてくれている。
………ん?彼ら?
「あ、アマリマさんもこっちなんですか?こっちは王国しかありませんし。もしかして、王国に住んでたとかですか?」
「いや、王国などと言う小さい国に居住は構えたことなど一度たりとも無い。」
淡々と俺の方を見もせず、空に輝く星を数えるように眺めるアマリマさん。の横顔を見ながら俺は聞き返す。
「え、じゃあどこに――」
「どこ…とは?貴様の家だろう。」
「え?」
「ム?」
暗く、されど美しく澱む夜空に燦然と輝く星々。
それは今、今この瞬間だけはこの二人の出会いと、これから始まる彼らの物語、その門出を祝うかの如く、彼らにその輝きをスポットライトのように照らし出していた。
星の輝きを持ってして現れた二本の影。
それは黒く、そして長く、まるで永遠の様にも思える程まで続いていた気がした。
【リク達がいる場所から遥か彼方・勇者一行の旅路】
焚き火の火はパチパチと盛んに音を立てている。それに両手を翳し暖を取っているのは、この世界で知らない者など、誰もいない四人の姿であった。
その中の一人が何か異変を感じたかの様に一瞬頭を押さえた。
「―――ウッ!?」
「…?どうした?」
「い、い、いや何か……急に頭ん中にビリって電流が走ったみたいな」
更新頻度は遅く、不定期です。何があろうと最後まで完成させてみせましょう。
では、ここまで読んでくださった方、見つけてくださった方、本当にありがとうございます。
それでは、対戦よろしくお願いします。




