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邂逅


 ここは森だ。深い深い森の中。

 自分よりも背の高い木々が鬱蒼と茂る。霧が深くかかり、その余白を一切の隙間無く埋めるほどの濃密な魔素。空は薄暗く灰色の薄い幕で覆われたかの様に、太陽の光がまるで入って来ない。今が昼か夜なのかもわからないほどに、それはそれは薄暗い。今にも雨が降ってきそうだ。


 ―"冒険者"。この世界において、その言葉は誰しもが耳にしたことのある言葉。


 時に魔物を狩り、時に迷宮(ダンジョン)を探索し、困っている人々を助け、さらには、ある一国の命運すら左右する者たち。報酬や名声、そして己の信念のために日々を生きている。


 まさしく、"浪漫"に生きる者たちだ。…かく言う俺もその浪漫に生きる者...ついさっきまで"生きていた"者だったのに。


 「俺は今世界で一番不幸だぁ!」と絶望の内にひしがれ涙を流す人。

 そんな人の唯一の理解者であろう者が「もっと不幸な奴もいるもんさ。だからお前は大丈夫」と寄り添う想像を、ふと考えてしまった。

 だが、今はそんな理解者どころか、声をかけてくれる者も居ないのです。そんな孤独の俺は現在、おおよそ大きな栗では無い木の下で、三角座りをしてその膝に顔を埋めています。


 「…寒いなぁ」


 まだ、雨は降っていない。だが、そんな彼の頬を伝う一滴の液体が、彼を慰める唯一の理解者であった。


 事の始まりは2()()()()()にまでさかのぼる。


【エルクレイム王国領土・その西に在する迷宮内】


 「drearrrrrwgraaaaan!?」


 ドガァァン!!

 突如として鳴り出した轟音と、目前で発生した高熱、そして爆風が、洞窟内の空間を一瞬にして吹き荒らす。

 それが直撃したのだろう、俺のすぐ左横を魔物の片腕がブンッと吹き飛んでいった。そして、その右横を、自分のパーティーメンバーの戦士が吹き飛び、ドゴォッ!と勢いよく岩壁へとめり込む。


 「リク!お前また――!!」


 俺が所属する冒険者パーティーのリーダーが声を荒げる。あぁまただ、またやってしまった。ただリーダーの魔法を強化しただけなのに。…いや強化してしまったからだ。


 俺の固有魔法"式導(しきどう)魔法"は―

対象の魔法を構成している魔術式を視ることができる魔法。そして、その魔法に干渉することができる。故に、魔法に魔術式を付け足しての強化。または、式を取り外して魔法を弱体化させることができる。

 

 そして、さっきの迷宮の件。これは俺の魔法の前者"魔法の強化"によるものだ。けれど、過度に強化しすぎた魔法は、使用者が制御できず所謂"魔法の暴発"になってしまう。


 リーダーが言った「また」という言葉。その通り、実際一度や二度では無かった。これまでは幸い、魔物だけに致命傷を負わせるに至った。だが今回は全く違う。魔物ではなく、仲間を傷つけてしまったのだ。魔法を使ったリーダーは何も無かった。だが、先ほど吹っ飛んだ戦士は勿論、周りに居た魔法使いと僧侶も爆風や、吹き飛んできた岩が当たり、軽傷を負ってしまった。戦士に関してはちょうど魔物と戦っていたため、かなり重症だったみたいだ。


 『魔法を強化するには注意を払え』


 以前リーダーからは、しつこく釘を刺されていた。けれど俺はやってしまった。


 結果として俺たちのパーティーは、戦利品である魔物の身体の一部を獲得することができた。重傷を負った戦士を、僧侶が背負っていることを除けば。迷宮の出口までの帰路は重苦しい空気が立ち込めていた。そんな空気を破るが如く、リーダーが口を開いた。


 「リク……考えてみたんだが、やっぱり駄目だ。今回だけじゃない。パーティーメンバーを傷つけることは、冒険者の世界では御法度だ。またお前がそれをした時、俺たちは許容できない。…急で悪いがリク、今日でパーティーからは出ていってくれ。」


 「いやっ…!でも!そんな急に…言われても――」


 リーダーの目は真っ直ぐに俺の方を向いていた。ただ真っ直ぐに。他のメンバーの意見も聞こうと、縋るように皆んなの方を見てみると、皆んなの目もリーダーと同じだった。まぁ、そうだよな。


 「ぁ――。…わかった。皆んな今まで迷惑かけてごめん。あんまり役に立てなかったけど、皆んなと一緒に居られて、その、楽しかったよ。

今までありがとう…」


 かつてのパーティーに別れを告げ、王国の方へと歩き出す。


 「―リク!最後にコレ受け取ってくれ」


 俺が少し歩き出したところで、リーダーが俺の名前を呼ぶ。そう言うと、紐で縛られた茶色い皮袋を、俺目掛けて投げつけてきた。幸い、俺はそれを両手で抱えるように受け取れた。


「わ――っと。これは…」


 その皮袋は僅かに重くジャラジャラと音が鳴っている。そうして紐を解き、皮袋の中身を確認すると金貨が結構入っていた。正確な額まではわからなかったが、おそらく40プリム程だろうか。


「え、良いの!?今回の依頼分ぐらいはあると思うけど…」


「"俺"からの餞別だ。持っていけ!少しの間だけだったが、お前と一緒に組めてよかった!他に行っても頑張れよ、ありがとな」


「うぅ゛…!」


 その言葉を受けて、目に涙を浮かべてしまう。今まで魔法が使えるからっていう理由で色んなパーティーに、入っては抜けてを繰り返し、冒険者を続けてきた。でも、別れ際そんな言葉を掛けてくれた人たちは居なかった。皆んな気まずそうに脱退を告げるか、突き放すように罵声を浴びせてくる人のどちらかだった。だから、リーダーの言葉が凄く、嬉しかった。


 その言葉を胸に仕舞って、俺は再び歩き出した。途中一回だけ皆んなの方を振り向いてしまったが、皆んな真っ直ぐに僕の方を見続けてくれていた。まるで出かける子どもを見送る親のように優しく厳しい目線だった。



§



 リクが王国に戻るために歩き出し、暫くしてその後ろ姿が見えなくなった頃、魔法使いがその口を開いた。


 「…やっっっと言ってくれたぁ!リーダー!!言うの本っ当に遅いって!あんなヤツ最初から入れない方が良かったって!!」


 「いや…役に立つと思ったんだ。アイツの魔法、実際それのおかげで、俺たちの魔法は強かっただろ?」


 「ハッ…!そんなの微々たるもんでしょ。鬱陶しかったんだよ!!パーティーの方針上、報酬は山分け。戦闘の時は何もしてない、荷物持ってるだけのアイツにも報酬払わなきゃいけないし!!ウチらの取り分減ってんじゃん!!」


 俺たち【紅蓮(ぐれん)パーティー】の方針は報酬の山分け。実際冒険者ギルドに加入している多くのパーティーがその方針を取っている。パーティーメンバー全員に、平等に報酬が渡るため最も現実的な方法だ。だが、以前から魔法使いはそれに不満を訴えかけており、戦闘にほとんど参加していないリクが、俺達と同じ報酬額を受け取っているのはおかしい――と。


 「だから、それは悪かった。アイツの魔法があればさっさと昇級できると思ったんだよ。…まぁ今はアイツの力なんか借りなくても、アレぐらいの威力出せるだろうしな。」


 「後さぁ…!最後のアレ何?今回の依頼達成分ぐらい渡したでしょ。」


 「…それぐらい良いだろ」


 「まぁまぁ出ていってくれたから良いじゃないですか。それよりも、戦士さんを安静な場所に連れて行きたいので、早く王国に帰りましょう。回復魔法をかけてもまだ気を失ったままですし。少し心配です。」


 言い争いに発展する前に、戦士を背負った僧侶が二人の間を取りもち、早く王国に帰るように促す。


 「チッ…!まぁ次からアイツは居ないし、もう良いけど、さ!!」


 魔法使いは言葉の後ろを強調し、俺に吐き捨てるようにそう言った。コイツの魔法の性能自体は中々に良いものだ。協調性さえあれば、冒険者としても、人としても完璧なんだがな…。


 「あ、そうだ。アイツと一緒の道からは帰らないでおこうよ!クビにされたばっかりのパーティーメンバーと鉢合わせとか嫌でしょ?ウチだったら死にたくなるわ。」



§



 それから王国へ戻る暇も与えられず、俺はパーティーから追放されてしまった。その迷宮の帰り道にこの森へと迷い込んでしまったのだ。


 …まぁ本当に自業自得なんですけどね。良かれと思ってやったとはいえ、仲間を傷つけたのは変わりませんし。ただあの時は、強化する、しない以前に、いつもに比べてリーダーの魔法の威力が低かったように思えたんだけどな…。


 焚き火の火はパチパチと盛んに音を立てている。それに手をやるのは今となっては、彼一人だけだった。彼はそれを見ながら、かつての仲間達のことを思い返す。


 パーティーで活躍できていたかは怪しかったけど、とにかく楽しくはあった。だから、こんなに寂しさが込み上げてくるのだろう。それに…


 ぐぅぅぅううう


 「あぁー!お腹空いたよぉ!!めっちゃお腹の音鳴るし、一人だから恥ずかしくも何にもないけどぉ!!」


 grrrrrrrrrrrrrrr…


 「もういいって―――」


 …いや、今のは俺のお腹の音じゃないぞ。鳴ったら自分でわかるし。それにこれはお腹の音と言うよりも何かの()()()のように聞こえる。


 ゆっくりと後ろを振り向き、焚き火の炎が俺の背後に立つ何かを照らし、その輪郭をはっきりとさせていく。何かは、その身を漆黒に包み三つの目を三日月へと形を変えて、俺を怪しく見つめる魔物の姿だった。


 瞬間、全身に寒気とゾクッと這い上がる恐怖。自分自身に魔力を纏わせ、腰に刺した短刀を抜き、魔物の足と思われる部分を勢いよく斬りつける。


 カンッ


 「…は?え、え、は―――?」


 カンッ…と言う音は鉄と鉄が打ち合った音だ。一見するとただの黒い毛皮。だがその硬度は、こんな矮小なもので傷をつけられるほどのものではなかった。魔物の強靭な肉体に、短刀が弾かれ、その反動で情けなくも尻餅をついてしまう。


 一瞬焚き火の炎が揺らめき、その姿を俺の瞳へと映し出す。


【クレセントウルフ】

 夜の闇に溶け込むような漆黒の体毛を持つ狼型の魔物。その体毛は鋼の様に固く、防御力に優れている。他の獣系の魔物同様、鋭い牙と爪を持ち、嗅覚が優れている。

 また、特徴的なのは六つの目である。片側に三つずつ、両目にして六つ。いずれもその瞳は赤く、血のように淀んだ光を放っている。獲物が弱った際、この魔物はその目を三日月のように歪ませ、まるで獲物を嘲笑うかのようにケタケタとその喉を鳴らし、嬲るかのようにトドメを刺す。

 "ギルドによるその推定討伐等級は()()級相当とされている"。


 「クソッ!今までホーンラビットの一体も出てこなかったくせに!何で―!!」


 クレセントウルフの全身が完全に見え切る前に俺は、一心不乱に森の奥へと駆け出す。全身に魔力を纏わせて肉体を強化。俺の全身全霊を持っての猛疾走(ダッシュ)

 幸か不幸か、あたりに漂っていた霧がより一層深くなっていく。けれどその視線から逃れることはできなかった。


 「頼む頼む頼む…!頼むから!!」


 霧のせいで前が碌に見えない中で、両手を大きく振りながら駆ける。大きな茂みを掻き分けながら逃げ回っていた最中、足元の大きな木の根に気づかず、それに足を引っ掛けて転げ落ちてしまう。


 「あだ―――」


 どうして俺はこんな時まで鈍臭いのだろう。

 二、三回自分の体が回ったところで開けた場所へと転がり落ちた。どうやら森を抜けて、少しひらけた別の場所に到達した様だ。その風景は遺跡にも墓場の様にも思えた。だが、その魔の手からは未だ逃げきれていない。


 「森の方がまだマシだった!丸見えじゃん!?」


 彼方此方(あちらこちら)に点在している石碑を、手当たり次第走りながら片手で倒していく。少しでも、足止めになればと思ったが、おおよそそれは意味のあるものではなかった。ものの数秒で追い付かれ、その身を勢いよく吹き飛ばされてしまった。


 立ち上がり、すぐさま走り出そうとするも魔物と目が合う。二つの目で見つめる先には、その三倍もある六つの目で、こちらを見つめる漆黒。凄い威圧感だ。今すぐに俺を殺す事ができるのに、それをしない。


 すると、魔物は俺を見つめる六つの目を三日月の様にひん曲げて、ケタケタとその特徴的な喉を持って鳴らす。何も出来ない俺を笑っている。弄んでいるのだ獲物を、この弱者(おれ)を。


 「ヒッ!!―――ぁ」


 その顔に恐怖を覚え、咄嗟に後ろへ下がろうとするも、後ろにあった硬い何かに背中がぶつかってしまう。その感触に気づき、後ろを見やると、まるで神様が「はいどうぞ、ここで死んでくださいね」と言わんばかりに、俺の背丈以上もある大きな石碑がそこには用意されていた。それに人生の最期を見出して、俺の目からは涙が零れ落ちる。


 絶望が俺を逃さないつもりだ。


 「はぁ…はぁ…嫌だ、嫌だ嫌だ!死にたくないっっ!!」


 体中ブルブルと震えて、不恰好にも程がある。勝手に出る涙と鼻水で、不細工にも程がある。その姿はもう情けないにも程がある。武器も折れた、魔道具も何もない、俺が今まさにしようとしているのは、悪足掻きだ。


 俺は自身の中にある魔力を最大まで振り絞り、その体から蒸気のように立ち昇らせる。目からは涙と共に血を流し、その強く握りしめた拳からは鮮血がポタポタと滴り落ちる。






 ある魔法研究者達の間では、とある一説が提唱されていた。


 その説は「()()()()は密接な関係にある」ということだ。感情の高まり、何かに対する決意を抱き、気持ちが強く高まった時に、自身の魔力量の許容を超えた魔力が溢れ出ることがある――と。























否。
























 残念だが、その一説は間違っている。感情が高まると魔力量が増える。そんな都合の良いことは、あり得ないのだ。


















 故に、これから起こる事象も何か明確な理由があってのことである。


 突如として俺の後ろで、石碑が紫色の怪しい光を放つ。バチバチとまるで電流が流れたかの様な音を立てながら。それに呼応するかの如く幾重にも重ねられた魔法陣が、魔物と俺を遮るような形で自分の眼前へと、机の上に広げられた地図の様に、目一杯現れる。


 その景色に当てられてか、危機的状況とは裏腹に、自分の目が輝きを取り戻してしまう。


 「何…だこれ―――」


 見たことのない魔法陣だ。とても複雑で、夥しい数の魔法陣が幾重にも重なっている。到底この世のものとは思えない。一見殴り書きの様にも見えるそれは、リーダーの魔法よりも綺麗で。


 そう何よりも、今まで見てきた中で最も狂気的で、完全なものだ。


 その情報の山を一瞬見ただけなのに、まるで時間が止まった様な錯覚に陥った。

 今、まさに俺は魔物にその鋭い爪を振り落とされ、切り裂かれようとしている。スローモーションの様に、ゆっくりと俺の頭へと近づいてくる。それから逃げるより、叫ぶより、両手で自分のことを守ろうとするよりも早く。


 俺は()()好奇心でその人差し指を動かしてしまった。


 その眼で見た瞬間に見つけてしまった。幾重にも重なり、夥しい数の魔法陣がある中で、一際小さく目立たない魔法陣に"欠陥"があると。それはまるで、何重にも鎖をかけて開けられないようにされた箱に、唯一ある鍵穴のようにも見えてしまった。


 「…これだ――これだけ余白がある」


 その小さい魔法陣の余白に指で触れ、一つの簡単な魔術式を描き足した。すると、目一杯に広がっていた魔法陣全てが光を放ち、パッと消えた。瞬間、石碑のすぐ真上へと一つになっていく。あの量の魔法陣が縦に連なり、もはや一つの塔になったと言っても過言では無かった。天まで重なる魔法陣の塔。


 ついさっきまで、自分の脅威であった魔物も、その夥しい数の光の前に一瞬怯んだが、またその爪を振り降ろそうとする。


 鍵穴へと鍵を挿した。


 刹那、天から一筋の紫電が石碑に向かって降り立った。


 ドガァァン!!という轟音を立て、その場には煙幕が立ち上っている。そしてその煙が晴れる頃、辺りには二つの影ではなく三つの影が伸びていた。


 さらに、俺の後ろには石碑から"一人の女性"へと変わっていた。その人が希望なのか。また、自分を脅かす絶望なのか。今の俺には見当も付かない。


 「―――その手を退けろ。愚か者が」


 これは本来、交わることの無い二人が、この世界の一端を担う物語である。

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