紙の山はデジタルの壁
システムの設計や設定は、ようやく終盤に差しかかっていた。
次は、旧システムから新システムへのデータ移行である。
移行対象のデータを整理し、取引先や勘定科目、部門などのマスタを確認する。
過去の仕訳データについても、必要な期間や範囲を決めて取り込む準備を進めた。
ところが、移行作業の事前調査で大きな問題が発覚した。
「この資料、どこにあるんですか?」
エルさんが尋ねた。
「紙のファイルにあるよ」
「電子データは?」
「ないねえ」
「こちらの取引先情報は?」
「昔の台帳に書いてある」
「こちらの契約条件は?」
「担当者の机の引き出しにあるんじゃないかな」
エルさんは、言葉を失った。
会社には、紙で管理されている資料が想像以上に多かった。
創業時からの取引先台帳。
古い契約書。
手書きの固定資産管理台帳。
過去の支払条件一覧。
取引先ごとの特別な処理ルール。
新システムに必要なデータの一部が、電子化されていなかったのだ。
「このままでは、必要な情報が不足します。
監査対象データとして過去5年以内のデータ、それ以前のものについてはなにかあったときのために資料分類された画像データが必要となります」
移行担当者が報告した。
「必要なマスタ情報がそろわなければ、システムの稼働に影響します」
プロジェクト会議は、再び緊張した空気になった。
「今から全部手入力するのは無理ですよ」
「紙の資料を一つずつ確認するしかないのでは?」
「それでは時間が足りません」
エルさんは、しばらく資料を見ていた。
そして、提案した。
「まず、紙資料をスキャンして電子ファイルにしましょう。
その上で5年以内のものを電子データ化しましょう」
「スキャンして、データ化ですか?」
「はい。その画像からAI-OCRで文字や数字を読み取り、必要な項目をデータ化します」
「AI-OCRなら、すべて自動で取り込めるのですか?」
「いいえ。読み取り間違いは必ずあります。特に手書きの数字や古い帳票は注意が必要です」
エルさんは、続けた。
「AIには読み取りとデータ整形を手伝ってもらい、最終的な正しさは人が確認しましょう」
紙の資料をスキャンし、AI-OCRで文字や数字を抽出する。
その後、AIを使って取引先名や日付、金額、部門などの項目を整理し、新システムに取り込める形式へ変換する。
読み取ったデータはCSV形式などに整形し、テスト環境に取り込んで確認する。
情報システム部門もベンダーも、その案に賛成した。
しかし、ここからが本当の勝負だった。
紙の資料には、かすれた文字や手書きの数字がある。
「1」と「7」。
「0」と「6」。
「3」と「8」。
AIが読み間違えることもあった。
しかし、クセ字も目視で確認したうえで、AI-OCRに学習させることで読み取り精度をあげていった。
そこで、経理部門だけでなく、ほかの部署からも応援を集め、データの確認作業を進めることになった。
「この金額、原本と違います」
「こちらは取引先名が旧社名になっています」
「この日付、和暦と西暦が混在しています」
「この台帳、合計金額と明細の合計が一致しません!」
確認作業は、まさに人海戦術だった。
エルさんは、読み取ったデータと原本を照合する手順を作った。
金額、日付、取引先、勘定科目、部門など、重要な項目は複数人で確認する。
最終的に経理部門が確認、承認する。
合計値や件数も突き合わせ、変換前後でデータが欠落していないかを検証した。
AIが作業を助けてくれる。
しかし、AIが正しいと保証してくれるわけではない。
「最後は人の目で確認する必要がありますね」
エルさんが言うと、経理部門のベテラン社員が笑った。
「結局、最後は人海戦術なのね」
「はい。ただし、以前のように全部を手入力するよりは、ずっと効率的です」
「それなら頑張るしかないわね」
紙の山は少しずつ減り、必要なデータが整っていった。




