クラウドの向こう側
プロジェクトが進むにつれて、エルさんは会計システムそのものにも興味を持つようになった。
「このデータは、どこに保存されているのでしょうか?」
「クラウド上のサーバーですね」
「クラウドというのは、どこかの空に浮かんでいるのですか?」
「いや、そういう意味ではありません」
情報システム部門の担当者は苦笑した。
クラウドシステムは、インターネットを通じて外部のデータセンターなどにあるシステムを利用する仕組みだ。
社内にサーバーを置かなくても、インターネット経由で利用できる。
ただし、便利な反面、利用者の権限管理や認証、通信環境、データ保護などを考えなければならない。
エルさんは、基本的な仕組みを勉強し始めた。
利用者ごとの権限。
承認者の設定。
マスタデータの管理。
バックアップ。
操作履歴。
システム連携。
最初は難しかったが、実際の業務と結びつけると理解しやすかった。
ある日、テスト環境で仕訳データを取り込んだところ、部門コードが正しく反映されない問題が発生した。
「またですか……」
情報システム部門の担当者が頭を抱えた。
「マスタの設定は正しいはずなのですが」
エルさんは、取り込みデータとシステム側の設定を比較した。
「このコード、旧システムでは三桁ですが、新システムでは五桁になっています」
「えっ?」
「こちらの変換表が古いままではありませんか?」
確認すると、旧システムの部門コードを新システムに変換する対応表が、一部更新されていなかった。
原因が分かると、修正は早かった。
別の日には、売掛金の入金消し込みで同じ金額の取引が複数存在し、自動処理が誤った候補を提示する問題が起きた。
エルさんは、取引先、請求番号、入金日など、照合に必要な条件を整理した。
「金額だけで判断してはいけませんね。
複数の情報を組み合わせて確認する必要があります」
「なるほど。自動化の条件を見直しましょう」
小さな問題を一つずつ解決していくうちに、エルさんはシステムの内部処理も理解できるようになっていた。
やがて、権限やマスタの設定変更、定められたルールに沿った簡単なメンテナンスも任されるようになった。
もちろん、本番環境への変更は承認を受けてから行う。重要な設定やプログラム改修はベンダーや情報システム部門が担当する。
それでも、エルさんは単なる利用者ではなくなっていた。
ある日の会議で、ベンダーの担当者が言った。
「エルさんは、経理の実務だけでなく、システムの動きもかなり理解されていますね」
「ありがとうございます。でも、まだ勉強中です」
「いや、こちらも助かっています。
業務の話を具体的に説明してもらえるので、開発側としても判断しやすいです」
情報システム部門の担当者も笑った。
「最初は経理の代表として来てもらったのに、今ではプロジェクトの通訳ですね」
「通訳ですか?」
「経理の言葉をシステムの言葉に、システムの言葉を経理の言葉に変えてくれる」
エルさんは少し照れた。
「それなら、辞書を作っておきます」
「いや、もう十分助かっていますよ」




