マウスよ、さらば
次の課題は、実際の操作画面だった。
新しいシステムは、マウスでの操作を前提に設計されていた。
入力欄をクリックし、画面を切り替え、マスタを選択し、登録ボタンを押す。
一つひとつの操作は難しくない。
しかし、毎日大量の伝票を処理する経理担当者にとっては、無駄なクリックが積み重なる。
エルさんは、試作画面を操作していた。
「ここをクリックして、次にこちらをクリック……」
数件なら問題ない。
しかし、連続して入力すると、マウスを持つ手が忙しい。
「この画面では、入力欄の移動がマウス操作だけになっていますね」
「はい。一般的な操作方法です」
「Tabキーで次の入力欄へ移動できませんか?」
「一部は対応していますが、すべてではありません」
エルさんは、実際にキーボードを使って操作してみた。
Tabキーで移動し、数字を入力し、Enterキーで確定する。
「この方が速いです」
「そうですか?」
「はい。業務では、画面と入力伝票を見ながら入力できますので、マウスに持ち替える時間がもったいないのです」
彼は、数字と文字を次々に入力していった。
画面上のカーソルが、まるで踊るように移動する。
情報システム部門の若手社員が驚いた。
「エルさん、入力が速いですね」
「ありがとうございます。以前、練習しました」
「でも、この操作だとマウスが必要ですよね」
「いいえ。キーボードだけで完結できるようにしてほしいのです」
エルさんは、改善案を説明した。
入力欄の順番を業務の流れに合わせる。
Tabキーで次の項目へ移動できるようにする。
Enterキーで登録や確定ができるようにする。
よく使う項目を画面の上部に配置する。
入力頻度の低い項目は別画面に分ける。
マウスを使わなくても主要な処理が完結するようにする。
「それから、入力欄の配置も変えてほしいです」
「どういうことですか?」
「今は、取引先、日付、金額、部門、勘定科目が離れた場所にあります。入力する順番に並べたほうが、確認しやすくなります」
情報システム部門の担当者は、画面を見直した。
「確かに、こちらの方が自然ですね」
しかし、すべての要望を一度に実現することはできなかった。
システムの標準機能で対応できるもの、設定変更で対応できるもの、ベンダーに改修を依頼するものを分類する必要があった。
エルさんは、優先順位をつけた。
「すべてを理想どおりにする必要はありません。毎日使う画面から改善しましょう」
こうして、画面の入力順序や項目配置が少しずつ変更されていった。
完成した画面を使ったとき、エルさんは満足そうにうなずいた。
「これなら、マウスを探す必要がありません」
「マウスを探すって、マウスは机の上にありますよ」
若手社員が笑った。
「いえ、マウスを持つ時間が不要という意味です」
エルさんは真面目に答えた。




