エルさん、DX担当に任命される
翌週から、エルさんは情報システム部門のプロジェクト会議に参加することになった。
初めて会議室に入ったとき、彼は少し緊張した。
大きなモニターにはシステム構成図が映し出され、聞き慣れない用語が並んでいる。
「API連携」
「マスタデータ」
「ワークフロー」
「クラウド環境」
「権限管理」……。
異世界の魔法書にも、ここまで難解な呪文はなかった。
情報システム部門の担当者が説明を始めた。
「まずは現行システムの機能を、新システムに置き換えていきます」
エルさんは資料を見ていたが、途中で手を挙げた。
「すみません。一つ確認してもよろしいでしょうか」
「はい、どうぞ」
「現在の業務を、そのまま新システムに置き換えるのでしょうか?」
「基本的にはそうですね。今の機能を新システムで再現できるように考えています」
「その業務自体が不要な場合は、どうするのでしょうか?」
「えっ?」
「現在のシステムには、創業当初から続いている処理があります。
しかし、今では使っていないものもあります。
新しいシステムに移す必要はないと思います」
情報システム部門の担当者は、資料を見直した。
「確かに、そこまでは確認していませんでした」
「それから、今の業務で手作業になっている部分もあります。
新しいシステムで自動化できるなら、業務の流れ自体を変えたほうがよいと思います」
会議室が静かになった。
エルさんは続けた。
「まずは、売上が発生してから入金を確認するまで、経費が発生してから支払うまで、業務の流れを整理したいです」
「なるほど。業務フローの棚卸しですね」
情報システム部門の担当者がうなずいた。
エルさんは経理部門に戻り、担当者たちにヒアリングを始めた。
売掛金、買掛金、経費精算、支払い、固定資産、月次決算。
それぞれの業務について、誰が、いつ、何を確認し、どのシステムに入力しているのかを整理した。
すると、さまざまな問題が見つかった。
同じ情報を複数のExcelに入力している。
請求書の内容を別の担当者が再入力している。
古い承認印のルールが残っている。
使われていない帳票が毎月作られている。
担当者しか知らない例外処理がある。
「この処理は、なぜ必要なんですか?」
「昔からそうしているから」
「この帳票は、誰が使っているのでしょうか?」
「さあ……。以前は使っていたと思うけど」
「この数字は、どこから転記しているのですか?」
「前任者から引き継いだExcelからよ」
エルさんは、思わず頭を抱えた。
「これは……業務の迷宮ですね」
だが、彼は一つずつ整理していった。
残す業務、変える業務、なくす業務。
新しいシステムに合わせるだけでなく、会社の業務そのものを見直す作業が始まった。




