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天才料理人は異世界でも料理を続けるそうです  作者: 巨大林檎
第一章

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3/7

異世界に来て初めてのポタージュ

迅は焚き火の横にしゃがみ込み、食材を一つ一つ手に取った。


 丸くて黄色い塊。土がついている。形はいびつで、日本のものより一回り大きい。


「……じゃがいも、か?」


 半分に割ると、断面は白かった。匂いを嗅ぐ。澱粉の匂いがする。迅は小さく一欠片をかじった。


 じゃがいもか。形は少し違うが間違いない。


 名前は知らない。だが舌が知っている。澱粉の甘み、

土の風味、火を入れたときの崩れ方まで想像できる。


 次に細長い橙色の根菜を手に取った。


「これは...にんじん……か?なんだこの食べ物は」


 形が微妙に違う。日本のものより短く、先が丸い。かじると、甘みと僅かな苦みが広がった。にんじんだ。形が違うだけで、本質は同じだ。


(食材は使える)


 迅は無言で食材を並べ直した。これだけあれば十分だ。


「あの、何をするつもりですか?」

 リアが恐る恐る聞いてきた。


「ポタージュだ」


「ぽたーじゅ?」


「スープだ。お前が作ろうとしていたものと同じだが、別物になる」


 迅は鍋を火から下ろし、もう1つの鍋を火の上に置いた。


 作業しながら、口を開く。

「ここはどこだ」


「え? ラドの森です。王都から馬車で2時間ほどの場所で——」


「王都」


 迅は手を止めずに繰り返した。


「はい。グランツ王国の首都です。知らないんですか?」


 迅は答えなかった。代わりに、野菜を切り始めた。均一な厚さで、迷いなく。リアがその手元を目で追っているのがわかった。


「冒険者の方ですか? 装備を持っていないみたいですけど」


「違う」


「じゃあ旅人ですか?この辺りは魔物も出るので、一人は危ないですよ」


 魔物。迅はその単語を頭の中で一度転がし、保留にした。


「リアは冒険者か?」


「冒険者と言えるほどではないですが一応そうですね、料理人として修行しながら、薬草とか探して生活費を稼いでます。王都に店を出すにはお金が必要なので」


 なるほど。だから道具が粗末で、食材も最低限なのか。


「グランツ王国というのは、この大陸で一番大きな国か」


「そうです。他にも三つ国があって——」


 迅はそこで手を止めた。

 鍋に水を張りながら、静かに口を開く。


「一つ聞くが」


「はい」


「ここは、日本か」


 リアが首を傾けた。

「にほん? なんですか、それ」


 沈黙が落ちた。


「あっ!...そうだ!お名前はなんて言うんですか?」

リアが思い出したかのように迅に聞いた。


「佐藤迅だ」


「サト..ウジン?...ここら辺の人ではないんですか?」

リアが少し目を見開き迅に聞いた。


「多分そうだろうな...ジンでいい」

と呟いた


 そして迅は鍋を火にかけ、しばらく炎を見つめた。

その時だった。


「あっ...火が弱まってますね!」


 リアがぱっと焚き火の方に顔を向けた。


「ファイア!」


 軽く手をかざすと、次の瞬間――

 ぼっ、と炎が一段強くなった。


 薪に触れていないはずの火が、まるで風を受けたように勢いを増す。


 迅の手が止まった。

「……今、何をした?」


「え? 火を強くしただけですけど」

 リアはきょとんとしている。


 当たり前のことを言っている顔だった。

 迅は焚き火を見つめたまま、わずかに目を細める。


 火力は確かに上がっている。薪の配置は変わっていない。空気の流れでもない。

 説明がつかない。


「……そうか」


 短く答え、再び鍋に視線を戻した。

王国。大陸。魔物。魔法。じゃがいもに似た名前も知らない野菜。二つの選択肢しかない。夢か、そうでないか。

 手の甲を、強く抓った。

 痛かった。


「……冗談はやめてくれ」


 呟きは、焚き火の音にほとんど消えた。リアは意味がわからない様子で迅の横顔を見ていたが、迅はもう鍋に向かっていた。


--

 「この肉は使っていいか?」


 迅は布に包まれた肉の塊を手に取り匂いを嗅いだ。獣の匂いが強い。血抜きが甘い。だが使えないわけではない。


「この肉、何の獣だ」


「ホーンラビットです。この森によくいる魔物です」


「ウサギか」


 形が違っても、肉質でわかる。繊維が細かく、脂が少ない。長く煮込めば柔らかくなる。ただし火を入れすぎると締まる。

 迅は鍋に水を張り、肉を入れた。


「最初に肉を入れるんですか?」


「アクを取るためだ。沸騰前に一度湯を捨てる」


「捨てるんですか?もったいないです...」


「雑味ごと捨てる。それが最初の仕事だ」


 湯が白く濁り始めた頃、迅は鍋を火から下ろし、湯を静かに捨てた。肉を水で洗い、もう一度鍋に戻す。新しい水を張り、火にかけ直す。


「大きさを揃えるのは見た目のためですか?」


「火の通りを揃えるためだ」


 それだけ言って、迅は作業に戻った。

 肉が柔らかくなってきた頃、鍋から取り出した。野菜を入れ、弱火でゆっくり煮る。急ぐ理由はない。


「ジンさん!良い匂いがしてきましたよ!……」


 野菜が完全に柔らかくなったところで火から下ろし、木べらで丁寧に潰し始めた。


「何をしてるんですか?」


「野菜の澱粉が水分と混ざり合ってとろみになる。脂は丸みを加えるためだ」


 木べらを動かすたびに、鍋の中身が滑らかになっていく。粒が消え、色が均一になり、表面に艶が出てくる。

 塩を少量加え、一口含んだ。香草を一つまみ。もう一口。

 これでいい。

 取り出しておいた肉を、手で細かく裂いた。繊維に沿って割くと、驚くほど滑らかにほぐれる。


「なんでそんなに柔らかいんですか。さっきまで固かったのに」


「低い温度で時間をかけたからだ。急げば締まる」


 ほぐした肉をスープに戻し、軽く混ぜた。

 木皿によそい、リアに差し出す。とろりとした黄金色の液体だった。湯気の中に、野菜の甘みと肉の旨みが混ざり合った香りが立ち上る。


 リアは一口、口に含んだ。

 そのまま、動かなくなった。

「……なんですか、これ」


 声が、少し震えていた。


「ポタージュだ」


「そんな名前じゃなくて……なんで、同じ食材なのに」

 迅は答えなかった。

 リアはもう一口、また一口と飲んだ。気づけば木皿を両手で抱えていた。


(……え? 何、これ。本当に私が持ってた食材なの?)


 おずおずと口に運んだ瞬間、熱い液体が舌の上を滑り落ちた。


 その瞬間、脳を直接殴られたような衝撃が走る。

 ——濃い。

 なのに、驚くほど澄んでいる。

 私が今まで作っていたスープは、ただの「煮えた水」だったんだと思い知らされた。


 少し硬かった芋は、とろけるような甘みに変わり、喉を通るたびに体の中からじんわりと熱が広がっていく。


 特に、あの硬くてパサパサだったホーンラビットの肉。それが、まるでお祝いの日の高級な煮込み料理みたいに、口の中でホロホロとほどけて、旨味だけを残して消えていく。


リアは火を見つめている迅の顔を覗いた


(信じられない……。なにか不思議な事をしたの?...いえ、違う...この人はただ、火を扱って、切って、混ぜていただけ……)


 無骨で、愛想もなくて、見たこともない服を着た変な人。

 「ニホン」なんて聞いたこともない場所から来たと言い、魔法を見て「冗談はやめてくれ」なんて呆れていた、おかしな人...


 でも、このスープがすべてを黙らせる。


「……美味しい……っ」


 気づけば、止まらなかった。

 行儀が悪いなんて分かっているけれど、一滴も残したくなくて、私は夢中で皿に食らいついていた。


「こ、こんなに美味しいもの初めて食べました!!な、なんですかこれは!!」


 迅は少し笑って自分も一口含んだ。

(即席にしては悪くない。)




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