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天才料理人は異世界でも料理を続けるそうです  作者: 巨大林檎
第一章

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2/8

起きたら森の中だった

処女作品です。


「おい、火を止めろ。ゴミを増やすな」


 佐藤迅は、手元の包丁を動かす手を止めずに言った。

 指摘された料理人の手がコンロの前で凍りつく。あと数秒、彼がフライパンを離すのが遅ければ、仔羊の肉汁は乳化を解かれ、ただの濁った脂に成り下がっていただろう。


 厨房は静寂に包まれる。

 盛り付けられた皿を一瞥もせず、迅は作業に戻る。


「シェフ、今日は妹さんの誕生日だと……」


「電話が来たのか?折り返さなくていい。仕込みがある」


 それ以上、厨房に言葉はなかった。


 ホールでは、業界随一の食評家が「今夜も最高だ」と感涙に咽んでいる。

 だが、迅は冷めていた。まだ上があるはずだと、自分の中にある理想の皿に、まだ指先が届かない。


 午前二時。誰もいなくなった厨房で、迅は一人、新人が作った賄いの味噌汁を口にした。


 出汁は濁り、具材の切り方も素人同然。

「……熱いな」


 その不器用な温度だけが、不覚にも、思考を止めた。

 厨房の灯りを落とし、夜の路地に出る。


 冷えた空気が肺に入ってきた。空を見上げる習慣はないが、そのときなぜか、見上げた。


 一歩踏み出した瞬間、膝から力が抜けた。


 地面が近づいてくる。アスファルトの冷たさを感じる間もなく、迅の意識は底のない静寂に沈んでいった。



 ……鳥の声がする。

 重い瞼を押し上げると、木々の隙間から光が差していた。視界を埋めるのは、見覚えのない深い緑だった。


 肺を刺すような、未知の香草が混ざった空気。


 迅は静かに上体を起こし、周囲を見渡した。一面の森だった。


(ここは森か?......アスファルトの上で倒れたはずだが……)


 そして数メートル先、焚き火のそばで、一人の茶髪の少女が懸命に鍋をかき混ぜていた。


「あ……! 気づきましたか? 道で倒れてたから、びっくりして……」


 迅は少女と周囲の状況を素早く観察し、自分が彼女に救護されたのだと理解した。


「……助けてもらったようだな。ありがとう、助かった」

少女はほっとしたように微笑み、また鍋に向き直った。

「大丈夫そうでよかったです! 私リアって言います! ちょうどスープが出来上がるところで、よかったら食べてくださいね。私、いつか王都で自分の店を持ちたくて修行中なんです!」


 少女が笑いながら差し出した木皿。命の恩人であり、未来の同業者が作ったものだ。

迅は短く礼を言い、皿を受け取った。立ち昇る湯気。その香りを吸い込んだ瞬間、彼の眉がわずかに動く。


(王都?...どこの話だ)


 そう思いながら、迅はスープを一口運んだ。

 飲み込んだ後、眉がわずかに細まった。


「お口に合いませんでしたか……?」


 少女の戸惑う声に、迅は静かに口元を拭った。感謝の念はたしかにある。しかし、それとこれとは話が別だ。


「……火を入れる時間が長すぎて煮詰まっている。肉の脂がアクを抱え込んだままだ。素材の仕込みも全く感じられん。これで店を出すつもりなのか」


「えっ……でも、みんな美味しいって……」


「スープを恵んでもらった立場で言うのも妙だが、これは料理ではない」


 迅の言葉は低く、容赦がなかった。少女は言葉を失い、自分のスープと迅の顔を交互に見た。


 迅は立ち上がり、焚き火の横に置かれた粗末な食材一式を見渡した。恩返しの意味も含め、この間違いを放置することは、彼の中の何かが許さなかった。


「見本を見せる」

そう言って迅は少し頬を上げた

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