7.封印を破れなかったら
「あなた、アルフォンス殿下の御学友に選ばれなかったこと、自分は勉強が進みすぎてたからって話にしているそうだけど。
おかしくない? ノアルスイユなら子供の頃だと2、3年分は先取りしてたでしょ」
あ、とレティシアは声をもらした。
そうだ。子供の頃からとんでもない量の本を読みこなしているノアルスイユなら、アルフォンスよりだいぶ勉強が進んでいたはず。
彼がずっと御学友だったのに、クリストフは駄目だったというのは変だ。
「全然違う理由で、あなたは御学友を外されたのよ。
侯爵家の嫡男なのにね。
ノアルスイユもサン・フォンも、侯爵家の子だけれど、彼らは家を継ぐ立場じゃない。
公爵家の男子で、殿下と年回りが近い者はいないから、本来なら自分が御学友筆頭のはずなのにって、ずっと根に持ってたんじゃないの?」
クリストフの顔色が、不意にどす黒く変わった。
「……なにを、馬鹿な」
痛いところを突かれたのだ。
ギリッと、憎しみのこもった眼でカタリナを睨んでいる。
優等生の仮面の下の素顔が剥き出しになったようで、レティシアは竦んだ。
「でも、二人はクラスが違うし、手を出しにくい。
だけど、同じクラスにサン・フォンの婚約者レティシアがいた。
幼馴染で、絆の深い二人だもの。
彼女を奪えば、サン・フォンに打撃を与えられる。
それで彼女に執着し、ねっとねとに気色悪い手紙を送りつけはじめた。
ただの恋文なら、自分が誰か匂わせる表現も入るはず。
でも、この手紙はそうじゃない。
彼女への攻撃、サン・フォンへの攻撃でもあったから、身元が割れないように注意した。
そういうことでしょ?」
「違うッ! レティシアが私に助けを求めて来たから応えただけだ!」
口角泡を飛ばしながらクリストフが叫び、レティシアは心の底から驚いた。
「えええええ!? いつ私がそんなことをしたって言うんです!?」
「新年の、デビュタント・ボールだ!
私の眼を見つめて、あなたの気持ちはわかってますと頷いてくれたじゃないか!」
「は?? あなたそんなことしたの??」
カタリナが、レティシアの方に振り返った。
「するわけないじゃないですか!!
そもそも一緒に踊ってないのに!」
全力でレティシアは否定した。
「踊った! 踊ったじゃないか!」
クリストフは、言い募る。
「……それ、フォーメーションダンスで、手をとっただけなんじゃ。
毎年、一人くらいいるんだよな。
アレで勘違いして、女子に惚れられてるとか思い込む馬鹿」
アンドレアスが、ぼそっと言う。
フォーメーションダンスというのは、社交界にデビューする者が男女に分かれてそれぞれ列を作り、相手を替えながら踊っていく群舞だ。
つまり、女子全員が男子全員と踊る。
レティシアは、くらくらした。
そんなことで、勘違いしたのか。
「ち、違うッ レティシアは私を愛しているんだッ
あの体力馬鹿に耐えながら、私のために、アルフォンス殿下とのつながりを作ってくれているじゃないか!
この魔力馬鹿女を放逐できれば、すぐ迎えに」
セシルを指差しながら、クリストフはさらにわけがわからないことを言い出した。
「気持ち悪いこと言わないでッ!!
この世に男があなた一人になったって、あなたとだけは絶対にないわッ!」
レティシアは叫んだ。
もうこれ以上聞いていられない。
「な、なにを言うッ
あの野蛮人から、救い出してやろうと言ってるんだッ
たかが伯爵家の娘のくせに、私に逆らうなッ」
クリストフは吠えた。
居合わせたほかの生徒達も、あっけにとられている。
「ええと……私を放逐とかって、さりげに言いましたよね?
クズ野郎どもが襲いに来たのって、やっぱクリストフ様の差し金だったんです??」
セシルが、おろっと訊ねる。
「そういうことでしょうね。
セシルは、小さい頃から魔力が突出していたから、侯爵家は早々に唯一の男子であるクリストフと婚約させた。
逆に言えば、家格が低かろうが、社交に向いていなかろうが、とにかく魔力優先で次の侯爵夫人を迎えなければならなかったのよ。
ヴァルドラン侯爵家は魔力自慢のお家柄。
巧く魔力の強い子が生まれれば、息子をスキップして孫に継がせることも視野に入れていたかもね?
それくらい、彼の魔力は心もとなかった」
カタリナは、薄い笑みを浮かべた。
「でも、セシルの魔力に圧倒されたクリストフは、彼女を恐れた。
彼女と結婚したら、一生、劣等感を抱え込まなきゃならない」
おそらくそれは、認めたくないからこそ、こじらせていた思い。
だが、カタリナは容赦なく暴いていく。
クリストフの顔色が青黒くなった。
「まずは、セシルに結婚できなくなるような傷をつけて婚約を破棄、そして、自分のプライドが守れる、一段下に扱える令嬢を妻に迎えたい。
彼は、そう願うようになった。
伯爵令嬢で、温厚そうなレティシアなら、自分への脅威にはならないと踏んだのでしょう。
彼女を奪えばサン・フォンへの報復にもなるし、一挙両得だわ」
いつの間にか、どこかから取り出した扇を優雅に使いながら、カタリナは薄く笑う。
「でも、そんな歪んだ算段は成立しなかった。
セシルは、チンピラ達を見事返り討ちにした。
セシルがどうにもならないと見たあなたは、先にレティシアをどうにかしようとした。
せっかくチンピラ達があなたの関与を漏らさなかったのだから、大人しくしてればよかったのにね。
でも、レティシアだって、彼が思ってたような令嬢じゃ全然なかったのよ」
はた、と扇の動きが止まる。
「何よりの証拠は、最後の手紙。
レティシアが鞄に封印魔法をかけはじめた途端、手紙が途絶えた。
月曜になって、怒り狂った手紙が、課題ノートに直接挟み込まれていた。
課題ノートに便箋を挟みこめる人間なんて、限られているのにね。
どうしてそんな、尻尾を出すようなことをしたかと言えば、答えはただ一つ」
カタリナは、クリストフをビシッと扇で指した。
「レティシア。この人、あなたがかけた封印魔法を破れなかったのよ。
魔力検知で気がついたんじゃなくて、ただ破れなかった。
だから、怒り狂って、感情にまかせた手紙を書いた。
そして、鞄を開けられなくなったから、課題ノートに挟んでよこしたのよ。
これまではずっと、特定されないように立ち回っていたのに」
「え? 私、魔力はそんなに多くないんですけど」
レティシアは、戸惑った。
セシルのような例外もいるが、魔力の多寡は家格に比例することが多い。
レティシアの魔力は「伯爵家としてはそれなり」レベルだ。
「彼は、もっと少ないってことよ。
なんでもいいわ。封印魔法をかけて、破らせてごらんなさい。
もし封印を破れなかったら、わたくしの言う通りってことよね?」
カタリナは、扇で口元を隠して、にんまりと笑った。
クリストフは、怒りのあまりブルブル震えている。
反論の言葉が出てこない様子だ。
「……レディ・レティシア。これに封印を」
アンドレアスが、メモ帳を懐から取り出し、レティシアにそっと差し出してきた。
「封印」
両手でメモ帳を挟むと、レティシアはしっかり封印魔法をかけて、アンドレアスに戻す。
アンドレアスは、軽くメモ帳の端をめくって、魔法の強度を確かめた。
「クリストフ卿。開いてみてください」
アンドレアスが差し出したメモ帳に、震える手が伸びる。
だが、顔を真っ赤に染めたクリストフは、涙目でメモ帳を叩き落した。
「カタリナッ 殿下に振られた高慢ちき女のくせに!」
クリストフは、咆哮した。
しかしカタリナは、ハンと鼻で笑う。
「なんにもわかってないのね。
このわたくしが、サン・ラザール公爵令嬢カタリナが、アルフォンス殿下の隣に立たない未来を選んだのよ。
それ以上でも、それ以下でもないわ!」
胸を張って堂々と言い返すカタリナに、クリストフは掴みかかろうとする。
咄嗟に、レティシアは、突然の修羅場をぽかんと見守っていた掃除婦からモップを奪った。
びしょ濡れのモップで、クリストフの胸を思いっきり突く。
「カタリナ様に、汚い手で触るなッ」
よろめいたクリストフの顔や胸を、突いて突いて突いて、突きまくった。
今までの恐怖や苦しみ、すべてを爆発させて、突きまくった。
「やめろッ 馬鹿ッ なにをするッ」
怒り狂ったクリストフは、モップを奪おうとした。
だが、レティシアは、突いた瞬間モップを素早く手元まで戻してとらせない。
この速さこそが、杖術の命なのだ。
クリストフは、腕で顔をかばい逃げ惑うが、容赦なくモップは襲う。
とうとうレティシアは、図書室からバルコニーへクリストフを追い出した。
もう、クリストフの制服も顔もホコリまみれの汚水でびしょびしょだが、レティシアは手を止めない。
「あんたなんか、このまま学院から叩き出してやるッ」
レティシアは、クリストフを回廊の手すりまで追い詰めた。
【参考】剣の天敵⁉【杖術】変幻自在のその技に見惚れるしかなかったわ!【神影流杖術】剣術武術シリーズ@非株式会社いつかやる
https://www.youtube.com/watch?v=mn8Jmeosn_M




