8.途方もなく貴重なこと
「なんだあれ?」
中庭で、たむろしていた生徒たちから声があがる。
「レティ! なにやってるんだ!?」
その中から、だだだっと、ヴァランタンが階段を駆け上がってきた。
そのまま、階段から転がり落ちそうになったクリストフの首根っこを掴む。
「ヴァル! 私の好きにさせて!
そいつ、私に厭な手紙を送りつけてきて、あなたやカタリナ様を侮辱したのよ!
セシル様にも、酷いことをたくらんで!」
レティシアは、モップを手元に構えたまま叫んだ。
「は?? レティに!?」
ヴァランタンは、クリストフの首根っこを掴んだまま引き上げ、顔を覗き込んだ。
「ち、違うッ 私はなにもッ」
クリストフは竦み上がり、ぶるぶると首を横に振る。
ヴァランタンは、ははーんと察して半眼になった。
「下は芝生だ。
文武両道の、優秀な候爵家の跡取りなら、受け身くらいとれるよな」
ヴァランタンは、クリストフを巻き込むように、さっと身を翻した。
速すぎて、ヴァランタンがどう動いたのかレティシアには全然見えなかったが、クリストフは芝生の方にぽいいっと投げ出される。
「地面が底なし沼になる魔法ーッ!」
あわあわと追ってきたセシルが、慌てて魔法陣を展開した。
芝生の一角に、泥がどーんと噴き上がる。
クリストフは、井戸くらいの大きさの底なし沼にずぼっとはまり込んだ。
頭まで泥まみれになり、じたばたと泥を跳ね飛ばしながら、なにかわめいている。
「あらあら。見苦しいこと。
ま、彼にふさわしい姿ですわね」
なんだなんだと集まってきた生徒達の前で、カタリナの愉快げな高笑いが響いた。
その後──
クリストフをぶん投げたヴァランタンは、一週間の自室謹慎をくらった。
レティシアの突きは、カタリナを守るためということになって、お咎めなし。
セシルも処分こそなかったが、建物の近くで地盤がおかしくなる魔法を使うなと結構怒られていた。
三人とも軽い処分で済んだのは、クリストフの父であるヴァルドラン侯爵が、内々でおさめたがったからである。
アンドレアスも、裏で動いてくれたのかもしれない。
そのクリストフは、魔力障害の名目で即日退学となった。
来年の『貴族年鑑』には、彼の名前はないだろう。
男子は彼一人だったから、代わりの後継者をどうするか、侯爵家はめちゃくちゃ揉めているらしいが、レティシアには関係ないことだ。
セシルはクリストフとの婚約が無事消滅し、慰謝料も相応に貰えるようだ。
ちなみに、実はセシルへの手紙もクリストフが書いたのだが、クリストフは彼女に手紙を送ったことすらなかったので、普通に気づかなかったそう。
カタリナに思いっきり正体をバラされたアンドレアスは学院から消えたが、セシルには連絡先を渡してくれたと聞いた。
これから、セシルは思う存分、魔導師人生を極めていけるだろう。
ヴァランタンの謹慎が明ける前日。
「ところで殿下。あの方、どうして御学友から外れたのですか?」
ランチの後のまったりタイムに、レティシアはアルフォンスにこそっと訊ねた。
結局、どういう理由でクリストフが外されたのか、気になったからだ。
「クリストフか。確か、4、5回、王宮に来たのかな。
我が強すぎて、他の者の評価を下げようと必死だったから、私から母上に申し上げて外してもらった。
勉強ではノアルスイユに劣り、武術ではサン・フォンに劣るのに、自分は武術でノアルスイユに勝ち、勉強でサン・フォンに勝ってるから凄い、ノアルスイユもサン・フォンも駄目駄目だって私に吹聴してくるんだ。
色々、おかしいだろう?」
アルフォンスは、微妙顔で教えてくれた。
「そういうことだったんですね」
レティシアは、腑に落ちた。
ちゃっかり級長に収まっていたし、クリストフは、それなりに自己宣伝が巧かったのかもしれない。
だが、アルフォンスは、彼の本質をすぐに見抜いたようだ。
ほんわか王太子、意外としっかりしている。
「サン・フォンやノアルスイユは、他人の良い点を素直に認めて、敬意を払える人間だ。
だから、お互い高め合って成長できるし、劣等感をこじらせて変にぶれることもないから、信頼できる。
案外、そういう人物は珍しいのかもしれないと、その時思ったよ」
「わたくしも、そう思います」
ジュスティーヌが、深々と頷く。
「二人の価値がわかるきっかけになったという意味では、クリストフを知ることができてよかったのかな。
信義に篤く、即行動してくれるサン・フォン。
豊富な知識をもとに熟考して、ベストの解を導き出してくれるノアルスイユ。
タイプは違うが、今もこの先も、私の大切な友人だからね」
微笑むアルフォンスに、ノアルスイユが「殿下……」と照れ照れになっている。
レティシアも、ほんのりと顔を赤らめた。
本来なら、侯爵家の嗣子だったクリストフは、自分たちより強い立場だ。
それなりに、忖度しないといけない相手だ。
だが、ヴァランタンは、レティシアの言葉を疑いもせず、クリストフを放り投げてくれた。
子供の頃からのつきあいだから、いかにもヴァランタンらしいなと思う。
でもそれは、当たり前のことではなく、実は途方もなく貴重なことなのかもしれない。
学院でも婚約している者は多いが、なにかトラブルが起きた時、すぐさま自分の側に立ってくれる人と婚約している者がどれだけいるだろうか。
翌日の午後、レティシアは、学院の庭園にあるあずまやで、謹慎が解けたヴァランタンと改めて話し合った。
「おかしいおかしいとは思ってたんだよな。
なんか、絶対悩んでるだろって。
でもどうやって聞いたらいいのかわからなくて、言ってくれるのを待ってしまった。
まさか、こんな大変なことになってたとは」
ごめんな、とヴァランタンは頭を下げる。
レティシアは、その手を両手でとった。
「私こそ、ごめんなさい。
まず、ヴァルに相談するべきだったわ。
これからは、困ったことがあったら、ちゃんと言うから」
ぎゅっと二人は手を握りあった。
「ん。俺も、レティに相談する」
うっすら赤くなりながら、ヴァランタンは、こくこくと頷いてくれた。
「それで……さっそくだけど、ちょっと困ってることがあって」
「え。なななな、なんだ?」
ヴァランタンは、少し身構えた。
「今回のことで、カタリナ様にめちゃくちゃ助けていただいたの。
弱っているところを励ましてくださって、犯人も突き止めてくださって。
でも、お礼なんて別にいいっておっしゃって、ずっと逃げ回られてるの。
だけど、このままってわけにはいかないじゃない」
「あー……そうだな。
じゃ、俺も一緒に行ってみるか」
さっそく、レティシアとヴァランタンは校内を探し、練習を終えてピアノ室から出てきたカタリナをつかまえた。
二人がかりで、本当に感謝していることを告げ、どうかお礼をさせてほしいと懇願する。
露骨に迷惑そうな顔をしていたカタリナが、ふと閃いた顔になった。
「そんなに言うなら……そうね。
レティシア、あの突き技を教えてちょうだい」
「え。あれは杖術の基本的な突きですけれど……
カタリナ様、杖術に興味がおありなんですか?」
驚いて聞き返したレティシアに、カタリナは高笑いした。
「公爵令嬢たる者、物理でもつよつよでなければならない。
あなたの見事な反撃を見て、わたくし悟ったのですわ!
サン・フォン。ついでに、あなたの投げ技も伝授してくれてよいのよ?」
レティシアとヴァランタンは、顔を見合わせた。
「……レディ・カタリナ。
あなたがこれ以上強くなって、どうするんです?」
ヴァランタンが、おずおずと突っ込む。
「うるさいわね。まずは着替えて武術場よ!」
カタリナは、二人を急き立てた。
カタリナ「例によって力技展開でしたが、最後までご覧いただき、まことにありがとうございました!」(華麗にカーテシー)
レティシア「今回は、ずっとモブぎりぎりの私が語り手枠と聞いてびっくりしましたが、なんとかなって?よかったです」(ちんまりカーテシー)
アルフォンス「ほんわか王太子、意外としっかりしている……ほんわか王太子、意外としっかりしている……ほんわか王太子、意外としっかりしている……」(珍しく褒められたので、めっちゃ反芻している)
ノアルスイユ&サン・フォン「「殿下??」」
この作品は、個人企画「春の異世恋推理’26」に合わせて投稿したものです。
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