6.折り目のない便箋
一番近い外階段を駆け上り、回廊をダッシュして図書室に向かう。
「ご、ごめんなさいッ」
モップとバケツをぶら下げた掃除婦にぶつかりかけたが、ギリギリで回避して、レティシアは図書室に滑り込んだ。
モレルはどこだ。
カウンターは無人だ。
生徒達の姿もまばらで、閲覧席にクリストフなどいつもの顔が何人かいるくらい。
焦りながら、閲覧席や書棚の間をチェックしたレティシアが振り返ると、ちょうどモレルがカウンターの後ろの事務スペースから出てきた。
「モ、モレル先生ッ」
レティシアは、モレルに走り寄ると、小声で呼びかけた。
「あなたのしたことは、わかってるんです!
もう、止めてくださいッ」
「は??」
モレルは、ぽかんとしている。
「すっとぼけるつもりですか!?
あの手紙のこと、もう全部わかってるんですからッ!」
さらに詰め寄ったレティシアは、後ろから肩をぐいっと引っ張られた。
カタリナだ。
後ろに、セシルもくっついている。
「やめなさい、レティシア。
なにをどう誤解したのか知らないけど、この人、魔導院から送り込まれた魔導師よ」
「え??」
「ただの司書補佐が、裏山で発動した魔法に気づいて、わざわざ確認しに行くわけがないじゃない。
殿下の警護のために仮の身分で学院に入り込んでいたから、急行したのよ」
「え、あ!? あああああ?」
レティシアは混乱した。
「で、でも! ジュール・モレルなんて名前、聞いたことがないのに……」
「偽名よ、偽名。決まってるじゃない!
誰が本名で潜入任務をするのよ」
そこまで言われて、モレルがあちゃーと天を仰いだ。
「レディ・カタリナ。勘弁してくださいよ。
せっかく、頑張って化けていたのに」
猫背だったモレルの姿勢が、すっと伸びた。
表情も、自信に満ちた、きりっとしたものに変わる。
「准二級魔導師、アンドレアス・ド・モンルヴェルと申します。
以後、お見知りおきを」
ド・モンルヴェル。
代々、強力な魔導師を輩出していることで有名な家だ。
まだ若いのに准二級とは、相当な実力者のはず。
華麗に紳士の礼を取るジュール──改め、アンドレアスには、確かに一流の魔導師の風格があった。
「す、すみません! 私、その……勘違いをしてしまって」
レティシアは、慌てて平身低頭した。
「だいたいねえ、最後の手紙をあなたのノートに挟み込むの、そこそこ人目もある図書室じゃ難しすぎるわ。
考えてみて。
折りたたんで袖口に隠し、こっそりあなたの鞄に隙間から押し込むのならまだわかる。
けれど、便箋には、折り目がまったくついていなかったのよ。
あんな酷い手紙をぴらぴらさせて持ち歩き、あなたの鞄を堂々と開けて、課題ノートに挟んだの?
いくらなんでも、悪目立ちしすぎよ」
「便箋? さっきから、一体なんの話ですか?」
アンドレアスが、訝しげに眉を寄せた。
レティシアは、小声で経緯を説明した。
セシルに不埒なことを仕掛けた者は放逐したのに、また馬鹿が湧いたのかとアンドレアスが憤慨する。
「昨日の、剥き出しでノートに挟まってた手紙。
あれは、先生が課題ノートをチェックして、返却する時に挟み込まれた。
それしかないわ」
カタリナの言葉に、レティシアはまたまた混乱した。
「え。手紙の主は先生、ってことですか!?
でも、その前の手紙は?
いくら薄手でも、封筒に入れたら厚みが出ます。
ノートを返してもらった時に、すぐに気がついたはずじゃ……」
封筒を挟んで、課題ノートを返す。
自分が気づかずにそのノートを下向きに鞄に入れば、封筒は自然にノートの間から抜け落ちて、鞄の中のものを全部出した時に、いつのまにか鞄の中に放り込まれていたように錯覚するかもしれない。
でもやっぱり、封筒が挟まれていれば、ノートを受け取った時点で、違和感に気づいたはずだ。
もうなにがなんだか、わからない。
カタリナは、イラッと眉を寄せた。
「だから、先生でもないってば!
チェックが終わったノートは、級長が台車に載せて教室まで運ぶんでしょ?
教員室から一般クラスの教室までは、結構距離がある。
途中、人目がないところで、あなたのノートに便箋を挟み込むことができるじゃない」
「あ……あああああ!?」
「それ以前の、封筒に入った手紙は、教室で休憩時間に入れたんでしょう。
級長なら、皆の机や鞄がちゃんとしているかチェックしてますって顔で巡回すれば、誰かが見ても、級長必死だなって思うだけだもの。
そして、最後の手紙は課題ノートに直接挟んだ。
そうよね? 一般クラスの級長、ヴァルドラン侯爵家嫡男クリストフ卿!」
カタリナは、閲覧席からこちらをチラチラしていたクリストフをびしっと指した。
皆の視線が、クリストフに集まる。
「……レディ・カタリナ。いったいなんの話ですか?」
クリストフは渋々立ち上がると、こちらに近づきながら取り繕うように半笑いした。
レティシアは直感した。
クリストフは、なぜ告発されているのか、本当はわかっている。
この人が犯人だ。
「あら。それをここで言ってもいいのかしら?」
カタリナは不敵に笑うと、腕組みをした。




