5.地面が底なし沼になる魔法
「で。どうして逃げたのよ」
へちゃっと座りこんだセシルを、腕組みしたカタリナは仁王立ちで見下ろした。
また逃げられたら困るので、レティシアもセシルの逃げ道を塞ぐ位置に立つ。
完全に、悪役令嬢と取り巻きが眼鏡っ子ヒロインを詰めている図だ。
「そ、そそそその……
お昼に、底なし沼がどうとか声高におっしゃってたじゃないですか。
おまけに、レティシア様は、こちらをガン見してくるし。
去年、私がやらかした事案がバレてたんだって、びっくりして……」
「は?」
「底なし沼??」
カタリナとレティシアは、驚いて顔を見合わせた。
セシルは、おどおどしながら説明を重ねた。
去年の秋、セシルは謎に求愛してくる付文を何度か受け取った。
気がついたら、図書室のカウンターに「セシル様へ」と書かれた封筒が置いてあるのだ。
「それって……活字体で書かれてました?」
「いえ、筆記体で。
もう手元にないんであんまり覚えてないんですけど、今日もかわいかったね!とか、慎ましやかな寝間着姿の君は愛らしいとか、しょうもないことがつらつらと」
え、とレティシアはのけぞった。
手紙の送り方や字体は違うが、内容はレティシアに来た手紙とよく似ている。
「そんな手紙を受け取って、怖くなかったんですか?
寝間着のこととか……気持ち悪いじゃないですか」
思わず、レティシアは聞いてしまった。
「私、寝間着、着ないんです。
だから、妄想乙!で」
「は? 寝間着を着ない?」
あのカタリナが、眼を丸くしている。
「家では全裸です。
寮では、一応パンツ穿いてますけど」
しれっと言うセシルに、レティシアはくらくらした。
カタリナはあのセクシー寝間着だし、セシルはパンイチ。
もしかして、普通の寝間着を着ている自分は少数派なのだろうか。
「……で、底なし沼と、わけわかんない手紙がどうつながるのよ」
さすが公爵令嬢、衝撃から素早く立ち直ったカタリナが、続きを促した。
「そのうち、この思いを直接告白した〜い!的な流れで、裏山にあるあずまやに呼び出されたんですよ。
で、行ってみたら」
「そんなの絶対、危ないじゃない!
どうしていらしたの!?」
レティシアは、叫んでしまった。
裏山にあるあずまやと言えば、校舎から歩いて10分はかかる。
冬なら、めったに行く者もいないところだ。
令嬢の人生は、ちょっとした不用意な行動で簡単に吹き飛ぶ。
わずかでも純潔に疑念を抱かれるようなことがあったら、それだけで結婚できなくなるのだ。
本人だけでなく、未婚の姉妹も巻き込まれる。
いくら学院内でも、決して一人で出歩いてはならないと母に強く言われているのに。
「や。どう見ても嘘告じゃないですか。
なので、言われた時間の少し前に索敵魔法かけながら行ったら、特に待ち伏せはなかったんで、先に詠唱しといたんです。
『地獄に堕ちよ(ファル・エン・インフェロン)』をアレンジした、『地面が底なし沼になる魔法』を」
「「はああああ!?」」
とうとう、カタリナとレティシアの声が揃った。
地獄に堕ちろ(ファル・エン・インフェロン)とは、伝説的な魔法。
発動すると、効果範囲内の地面が瞬時に泥濘と化す。
泥に沈めば、超高速で振動する土砂や石に身を削られ、あっという間に骨も残らなくなる超凶悪魔法だ。
大規模魔獣襲来の時、密集した魔獣をまとめて屠る必殺技的に用いられるもので、学院の一生徒が気軽に「アレンジ」できるような代物ではない。
「で、約束の時間のちょい後から、一軍男子気取りのアホが三人、雁首揃えてやって来て。
にやにやしながら、気持ち悪いことを言ってきたんで」
ぱちん、とセシルは指を鳴らしてみせた。
発動させた、ということだ。
「……で、どうなったの?」
カタリナが、ドン引きした顔で続きを促した。
「いい感じに三人とも首まで埋まったんで、帰ろうと思ったんですけど。
どの方向から来るかわからなかったので、あずまやをぐるっと囲むように魔法をかけちゃってたんですよ。
でも、アホが埋まったまま解除したら、さすがにやばいじゃないですか」
「「あー……」」
レティシアとカタリナの声が、またまた揃った。
魔法を解除すれば、柔らかい泥は元の硬い地面に戻る。
凄まじい圧力がかかって、埋まっている生徒三人は絶命するしかない。
「そしたらジュール先生が来てくださって、いい感じに三馬鹿を引っこ抜いて拘束してくださったんです」
「ジュール先生?」
「司書補佐の、ジュール・モレル先生です。
なんか今、大きめの魔法発動したよねって、見に来てくださって。
証拠の手紙とかも先生にお渡ししたら、学院への説明もしっかりやってくださって、私はお咎めなしってなりました」
カタリナが、ぽんと手を叩いた。
「冬に、チンピラくさい上級生が合わせて三人、家庭の事情で中退とかなんとかでいなくなってたけど、その件?」
「それですそれです、そいつらです!」
セシルは、こくこく頷く。
つまり、セシルに嘘告手紙を出した男子生徒は、すでに学院から追放されていることになる。
だが、セシルが受け取った手紙と、レティシアに来ている手紙にまったく関連がないとは考えられない。
思い切って、レティシアはセシルに苦境を打ち明けることにした。
「……あの。最近、私のところにも、セシル様が受け取ったような手紙が来ていて」
「へ!? 連中は学院から消えたのに!?」
「この4月から、来るようになったんです。
それで、カタリナ様が犯人を炙り出そうと、今日、目立つところで匿名の手紙の話をしてくださったんですけれど……
セシル様、そんなことをしそうな人に心当たりはありませんか?」
「えええええええ……
そんなこと言われても……」
セシルは、あわあわと手を横に振った。
だが、視線が泳ぎまくっている。
心当たりはあるが、かばっているのだろうか。
ふと、レティシアは先日のモレルの様子を思い出した。
自分たちを、じっと見ていた視線には、妙に色がなかった。
あれは、なんだったのだろう。
もしかして、セシルが疑っているのは、司書補佐のジュール・モレルなのではないだろうか。
セシルのめちゃくちゃな魔法から、三人の男子生徒を救出したのなら、彼もかなり魔法が使えるはずだ。
普通なら、宮中に出仕するか、魔導院入りするはず。
なのに、なぜ学院の司書補佐なんてしているのだろう。
魔力のない平民でもできる仕事なのに。
モレルは出仕か魔導院を目指したが、なにか致命的な欠点があって、落とされたのではないか。
父は、官僚登用試験の面接官もしている。
モレルの面接を担当したのが、父だったとしたら。
その後、モレルは、どうにか学院に就職したが、父を逆恨みしていた。
そこに、娘の自分が入学してくる。
たまたま、彼はセシルのトラブルに介入し、匿名の手紙を読んだ。
普通の令嬢なら、病みかねないような代物だ。
モレルは、送り主が特定できないように工夫して似たような手紙を書き、図書室で自分の鞄に忍ばせた──
でも、セシルにとっては、モレルは恩人。
彼ではないかと疑っても、口に出せるはずがない。
そうだ。きっとそうだ。そうに違いない。
「わ、私、犯人がわかりましたッ
確かめてきます!」
レティシアは叫ぶと、図書室へ駆け出した。
皇女ギネヴィア「おかしい……わたくしの極大魔法『地獄に堕ちろ(ファル・エン・インフェロン)』が、どえらくカジュアルに…」(白眼)
侍女ヨハンナ「まー、私たちの時代から400年?とか経ってますからね…」(遠い眼)
※作者の代表作「ピンク髪の男爵令嬢だからって、無茶ぶりされても困ります!──名ばかり男爵令嬢は、呪われし皇弟殿下とハピエンを掴む──」(https://ncode.syosetu.com/n2517gv/)参照




