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4.控えめに言って、私の大好物

 ──生意気なことを。

 ──何様のつもりだ。

 ──お前をめちゃくちゃにしてやる。

 ──覚悟しろ。


 ちらっと目に入った文面には、攻撃的な言葉が連ねられていた。

 もっともっと酷い、令嬢が眼にするべきではない言葉もある。


 反射的に、レティシアはノートをバタンと閉じた。

 ノートを引っ掴むと、カタリナの部屋へ突っ走る。


 慎みも礼儀も忘れて、ドンドンドンと扉を叩くと、すぐに扉が開いた。

 侍女が、レティシアを中に通す。


「どうしたの。真っ青よ」


 春らしい、淡い緑のすっきりしたドレス姿のカタリナは、眼を丸くした。


「……ついさっき、見つけました」


 震える手でノートを差し出す。

 カタリナは、ノートをぱらぱらとめくって、便箋に気づいた。


「座ってなさい」


 言いおいて、カタリナはレティシアに背を向け、少し離れた窓際で便箋をガン見しはじめた。

 侍女が、マグカップに注いだ温かい茶を持ってきてくれる。

 マグカップで、手を温めながら一口二口飲むが、味がまるでわからない。


「折り目もシワも、まったくついていない。

 こんなに薄い紙、綺麗なまま一枚で持ち運ぶのは難しいでしょうに」


 しばらく精査して、カタリナはそんなことを言った。

 内容には触れない。


「この手紙は、わたくしが預かるわね」


「は、はい」


 侍女がさっと書類挟みを持ってきて、カタリナは指先で便箋をつまむと、書類挟みに移した。


「実際に襲ってくることはないとは思うけれど、念の為、警戒した方がいいわね。

 授業の合間なんかも、一人にならないように。

 なるべく、ジュリエットやジュスティーヌにくっついていなさい。

 あの人達、強いから」


 二人とも、魔力にも体術にも優れ、魔獣討伐の修羅場も踏んでいる。

 魔獣戦と対人戦は別物だとも言うが、生半可な暗殺者くらいなら返り討ち必定だ。

 おまけに、王太子の婚約者であるジュスティーヌには、王家の警備もついている。


「……そうします」


 レティシアは頷いた。


「あっちがこう来るのなら、こっちもそろそろ巻いていきましょう。

 それにしても、もう少し材料が欲しいわね。

 明日のランチ、ちょっと仕掛けたいことがあるんだけど」


「な、なんでしょう?」


 戸惑うレティシアに、カタリナはにんまり笑って、計画を説明した。




 翌日の昼──


 いつものように、レティシアはアルフォンス達とランチを食べた。

 食事がほぼ終わり、食後のお茶に入ったところで、カタリナがやってくる。


「殿下。ちょっとお邪魔してもよろしいかしら」


「珍しいな、カタリナ。

 君なら、いつでも歓迎だ」


 アルフォンスは、朗らかに頷く。


 が、6人がけの円形のテーブルに6人で座っているので、席を都合しにくい。

 近くのテーブルの男子生徒──確か、ブラジュロンヌ子爵家のピエールが、空いていた椅子をささっと持ってきてくれた。

 有能過ぎる。


 少しずつ6人がずれてスペースを都合し、カタリナが座る。

 すぐに給仕が飛んできて、カタリナのお茶を用意した。


 ゆったりと、カタリナは皆を見回した。

 後から来たのに、まるで女主人のようだ。


「主に、ノアルスイユに聞きたいのだけれど。

 この間、レティシアと話していて、秋の文化祭に小説を書いてみたら面白いんじゃないかってことになって。

 ほら、わたくし、寄宿制の令嬢学校に行っていたでしょ?

 七不思議とか色々変な話があったし、そういう学校を舞台にした恐怖小説なんて、どうかしら」


 めちゃくちゃに唐突だ。

 だが、カタリナには突飛な言動も珍しくないので、ある意味、通常運転感もある。


「たとえば、古い修道院に併設された寄宿学校に入学したヒロインに匿名の手紙が届く。

 この学校で、なにか禍々しいことが行われているとほのめかすような」


 きょとんとしている皆に、カタリナは言い足した。


「ぬぬぬぬ。百合ホラーミステリの香りが……!

 控えめに言って、私の大好物です!」


 ノアルスイユが、銀縁眼鏡をきらんと光らせて食いついた。

 カタリナが声を張っているので、つられて大きな声になっている。


 ノアルスイユは、超読書家。

 子供の頃から、古典から専門書までなんでも読みこなしているが、特に推理小説を好むのだ。


 レティシアは、そっと周囲の生徒達を眺めた。


 カタリナの計画とは「大勢の生徒の前で、声高に匿名の手紙の話をし、反応した者をあぶり出す」という、大雑把といえば大雑把なものだ。


 それでなくても、王太子の席は注目を集める。

 案の定、周辺のテーブルにいた生徒達が、なんだなんだとこちらを気にし始めた。

 その中には、アドリアンやガブリエル、ソフィーの顔も見える。

 遠くで誰かと話し込んでいるクリストフは、気づいていないようだ。


「で? で? で? 聞きたいことというのはなんですか?」


「当然ヒロインは、手紙の主を探そうとするわよね。

 でもどんな風に調べさせればいいのか、わからなくて。

 要は、匿名の手紙を出した人物を特定するには、どんな手段があるのかしらってことなのだけれど」


「あー……まずは、筆跡。

 それに手紙の紙質。

 インクの色や線の特徴……といったところでしょうか。

 方言や専門用語など特徴的な言葉、スペルミスの癖、そんなのも考えられますね」


 本職? のノアルスイユが言う。


「匂いはどうかしら。

 犯人が特殊なお香を使っていてもいいし、その修道院が実は邪神を祀っていた、といった展開なら、秘密の礼拝所の厭な匂いがついていた、としてもおかしくないわ」


 ジュスティーヌが、おっとりと言い出した。

 ジュリエットが、ぱちぱちと拍手する。


「さすが姫様! めっちゃ怖いお話になりそうですね!」


「そういうジュリエットは、なにかアイデアはないのか?」


 アルフォンスが、笑いながらジュリエットに振った。


「ふぐぐぐぐ……私はそういうの、さっぱりで。

 サン・フォン様は?」


 ジュリエットは、ヴァランタンに振った。


「普通に、指紋はどうなんだ?

 インクや糊が指についていて、手紙や封筒に跡が残ることもあるだろ?

 指紋の一部でも、少人数しかいない学校なら特定できてもおかしくないんじゃないか」


 ノアルスイユは、身を乗り出した。


「あああああ、それだ!

 特に、糊だと、つけた当人が気づきにくいのも面白い。

 インクでダミーの指紋をつけていたが、実は犯人の指紋が糊で残っていた、みたいな展開もできますね」


「え? インクはわかるけれど、糊でも指紋は残るの?」


 カタリナは、素で興味を惹かれたようだ。


「状況によっては十分。

 目視では気づきにくいですが、鉛筆を細かく削った粉などを振りかけたら、跡が浮かび上がるのでは?」


 ノアルスイユは眼鏡をくいいっと持ち上げて、指紋検出に関する蘊蓄を色々教えてくれた。


 そこから、ヒロインがどんな目に遭ったら面白くなりそうかで盛り上がる。

 レティシアは、ネズミの大群がどうとか、底なし沼がどうとか、わりとろくでもない会話を聞き流しながら、周囲の生徒達の表情を眺めた。


 何人か、興味を惹かれている様子の級友が見える。

 クリストフは、もう見当たらない。

 食べ終わったアドリアンは、席を立つところ。

 ガブリエルは、友達と別の話を始めたようだ。


 少し離れたテーブルで、エレーヌが取り巻きと半笑いしている。

 こちらの会話が聞こえているかどうかは、わからない。


 ゆっくり食堂の中を眺め渡していって、レティシアは息を呑んだ。


 壁際のカウンター、通称ぼっち席で、セシルが視線を泳がせている。

 表情も明らかに強張り、こちらの会話に思いっきり心当たりがある雰囲気だ。


 思わずじっと見つめていると、セシルはレティシアの視線に気づいた。

 あわわ、という感じで、スツールをガタガタ鳴らしながらぎこちなく立ち上がると、足早に出ていく。


 怪しい。めちゃくちゃに怪しい。


 すぐにでも問い詰めたい怪しさだ。

 しかし、もうじき授業が始まる。


 予鈴が鳴って、皆、立ち上がった。

 レティシアは教室へ向かいながら、さりげなくカタリナと並んだ。


「……誰か反応した?」


「セシル様が」


 レティシアは、セシルの様子を手早く小声で説明した。


「そっち!?

 まあいいわ。放課後、彼女を掴まえるにはどうしたらいいかしら」


「図書室……ですかね。

 セシル様、図書委員ですし、当番でないときも大抵いらっしゃいます」


「じゃ、次の授業が終わったら、図書室前集合で」


 カタリナは微笑むと、優雅に離れていった。




 レティシアとカタリナは、放課後、図書室の前で落ち合った。

 頷きあって、レティシアがドアを開き、カタリナが先に入る。


「あびゃあ!」


 カウンターの隅にいたセシルは、カタリナとレティシアを見た途端、妙な声を上げて逃げだした。

 向こう側の扉からバルコニーに出て、そのまま中庭へ続く階段を降りていく。


 カタリナとレティシアも、足早に後を追った。


 中庭に降りると、セシルは薬草園の方に走っていくところだった。

 ちょこまかちょこまか、案外速い。

 カタリナとレティシアも走るが、なかなか追いつけない。


「そこの子爵令嬢! 止まりなさい!」


 このままでは埒が明かないと、カタリナが大声で叫んだ。

 セシルはびくっと肩を跳ねさせて振り返ると、あわわと足を止める。


 ようやく追いついたカタリナは、おろおろおどおどしているセシルの右腕をとって、腕を組んだ。


「……人前で走る破目になるなんて、久しぶりだわ。

 どういうことなのか、聞かせてもらわなくちゃ」


 レティシアも、肩で息をしながら、左から腕を組む。


 いかにも、三人の令嬢が仲良く散歩している風に装いながら、カタリナは少し先にあるあずまやにセシルを連行した。


ピエール「『公爵令嬢カタリナの事件簿:一度も泣かない赤ちゃんの謎』の冒頭で、名前だけ出た僕が! 今ここに!」(ビシッとヒーローポーズ)


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