17 ケヴィン/すれ違いと二人の向かう先
ブランシュは、お茶会で倒れた後、すぐにディアボリ公邸に運び込まれた。
ブランシュが倒れたのは、どうやらアルフォンスが、けがだけでなく毒にも犯されていたためだったらしい。
けがの回復と解毒を一緒に行うのは、回復魔法を覚えたばかりのブランシュにはさすがに荷が重かった。
魔力が枯渇して倒れてしまったらしい。
そのあたりの事情は、目覚めた後にサシャに聞いた。
(毒って、多分、あの時のよね)
ブランシュがキマイラの蛇の尾の毒を受けた時だ。
アルフォンスがブランシュの足にくちづけて毒を吸い出していた姿が真っ先に頭に浮かんだ。
乙女ゲームさながらのシーンを思い出し、恥ずかしさに赤面してしまうが、いやいやそういうことじゃない、っと、ぶんぶんと頭を振る。
(アルフォンスは、私のために毒の治療をしてくれて、そのせいで倒れるほど体調を悪くしてたのに、私、まともにお礼も言えてなかった)
先日、北の街の宿では、アルフォンスがブランシュの思いを理解していないことに、がっかりして落ち込んでしまった。
ブランシュのこの世界を救いたいという思いに、アルフォンスなら何をおいても賛同してくれると、勝手に思い込んでいたのだ。
そんな、ブランシュ個人のわだかまりのせいで、その後、アルフォンスともあまりちゃんと話せていなかった。
(アルフォンスは全く悪くなかったのに、独りよがりで恥ずかしい)
ブランシュの中の優先順位と、アルフォンスの優先順位が違うのは当然のことなのだ。
(やっぱり、毒の件は、もう一度ちゃんとお礼を言おう)
ブランシュは、そう心に決めるのであった。
そして、一週間がたった。
今日、ブランシュたちは、旅を再開する。
結局ブランシュは、アルフォンスときちんと話せていない。
ブランシュが目を覚ました時には、既にアルフォンスの姿はなかったし、この一週間ずっと不在だったからだ。
側近の三人も含めて、また仕事だったらしく、みな、ぼろぼろだ。
アルフォンスが転移魔法で目的地まで送ってくれるというので、着いたら話をしようと思っている。
ブランシュたちの目的地は、北の森だ。
本当は、キマイラを倒した北の街のダンジョンでもう少しレベル上げをしたかったが、ダンジョン付近は壊滅状態のため、閉鎖されているらしい。
よって、一つ先のポイントである、北の森のダンジョンを目指すのことになった。
「おっ、セイジョサマじゃんっ」
「やめてよ、サシャ」
旅装に着替えて、待ち合わせをした玄関ホールまでやってくると、そこにはすでに、アルフォンスとサシャ、ユーグ、それから、今回初めて旅に加わるケヴィンの姿があった。
今回は、旅の初めから、全員一緒に目的地に送ってもらえるらしい。
サシャは、早速、先日の茶会でのことをからかってくる。
光を発っする回復魔法を使ったブランシュを見た者たちが、あちこちで「聖女様が現れた」と吹聴して回っているらしい。
王都はその噂でもちきりらしいが、邸から外に出ていないブランシュには、それが嘘か本当か確かめるすべはない。
ブランシュの父が仕事で外国に出ていたのだけは、幸運だった。
「ブランシュ嬢。神獣様。これからよろしくお願いします」
「呼び捨てで構わないわ、私もそうするから。ケヴィン、これからよろしく」
<おう、俺もギィでいいぜ。よろしくな>
「はい、ブランシュ、ギィ」
にこやかにほほ笑む彼は、穏やかな人に違いない。
ケヴィンは、小麦色の肌に、長い銀の髪をした、切れ長の瞳が美しい青年だった。
アルフォンスよりは少しだけ背が高い、細身の体躯をした魔法使いだ。
彼は、第五階位の闇魔法と、第四階位の風魔法を使う。
闇魔法は、魔族とのつながりを連想させるため、公にしないことが多い。
それを堂々とさらすというのは、それだけ自分に自信があるということだろう。
事実、第五階位まで到達した魔法使いは、ブランシュの国でも、両手で数えられるくらいの人数しかいないはずだった。
「行くぞ」
アルフォンスの足元に、魔法陣が広がる。
彼らは、北の森へ向けて、旅立った。
賢者ケヴィンが仲間に加わった!
◇◇◇◇◇◇◇
「アルフォンス、あの、話をしたいんだけど」
北の森に着いたブランシュたちは、森の前の安全区域に野営所を設置している。
そこをベースキャンプとして、北の森のダンジョンを周回する予定だ。
アルフォンスは、ベースキャンプの設営だけ見届けたら王都へ戻ってしまうので、話すなら今しかなかった。
「いいぜー。俺たち、ここに野営の準備してるから、今行って来いよ。ギィ、お前もこっちで話そうぜ。お前の話聞きてえ」
<なんだ、小僧、俺様の話を聞きたいのか。なかなか見所があるな>
「ぶはっ、ちびに小僧呼ばわりされた!」
<なんだとぅ!>
サシャが快く送り出してくれたので、アルフォンスと連れ立って、森の端を少し歩くことにする。
思えば、そんな風に、アルフォンスと二人でゆっくりと時間を過ごしたことはなかったかもしれない。
なんとなく緊張する。
「あの」
意を決して隣を見上げると、アルフォンスはただ、ブランシュを見下ろしていた。
青銀の瞳がただ静かに見下ろしているだけなのに、なんだか、いたたまれなくなってしまう。
ブランシュは、自分の言いたいことを言ってしまおうと、一気に話すことにする。
「毒の件、聞いたわ。あれ、キマイラの毒だったんでしょう? ……私を助けるために、……してくれたから」
「……」
答えないということは、肯定なのだろう。
「お礼、ちゃんと言えてなくて……。その、私を助けるためにいろいろしてくれてありがとう。感謝してるわ」
「ああ」
感謝を受け取ってもらうことができ、ブランシュは、ほっと息をついた。
これで、ブランシュの目的は果たせたと思っていたので、アルフォンスから続く言葉に、ブランシュは驚く。
「俺も、礼を言う。お前の回復と解毒は役に立った──必要な時は、施術を受けることにする」
「そ、そう、それならよかったわ!」
(どうしよう、うれしい。すごく、すごくうれしい)
緊張やら何やら、頭の中でぐるぐるしていたものが全て吹き飛んだ気分だった。
自分が認められたのだという思いが、ブランシュの中にたまらない高揚感をもたらしていた。
顔が緩んでしまうのが止められない。
胸がかあっと熱くなる。
そんなブランシュの思いが顔に出ていたのか、アルフォンスは、驚いたような表情でブランシュを見ていた。
ブランシュは、慌てて表情をとりつくろう。
「ごほん。わ、私の回復はこれからも期待していいわ。でも、それを期待して、危ないことはしないでね。私がいつもいるとは限らないし」
「説得力がないな。危ないことをするのは、お前の方だろう。お前は、自分の思いのために危険なことをするのをいとわない」
「そ、それは……」
そう返されるとは思わなくて、ブランシュは口ごもる。
これでは、先日の北の街での会話と同じになってしまう。
けれど、ここはブランシュが譲ることのできない部分だった。
口をぎゅっと結ぶブランシュを見て、アルフォンスは、仕方がない、というようにわずかに息を吐いた。
「俺も同じだ。大切なもののために、危ないことをすることもある」
ブランシュは、反射的に顔をあげた。
「じゃあ、お互い様ね!」
「そうだな」
肯定されたブランシュは、アルフォンスに、ずっと考えていた決意をやっと告げられる。
「私、私ね、アルフォンス、ずっと思ってたんだけど。私は、これからの旅で、人に心配されないぐらい、強くなるわ。──誰にも心配させずに、自分の望みをかなえられるくらい」
「ああ。それでいい」
自分の思いを認めてくれるその言葉に、ブランシュの胸は熱くなる。
「だから、アルフォンスも契約の心配はいらないわ。強くなってけがをしなくなれば、契約通り、風よけの役目を果たすぐらいの外見は維持できるわ」
「……」
突っ込みを入れてくれる白い神獣は、残念ながらこの場にはいなかった。
◇◇◇◇◇◇◇
ブランシュが野営の準備に戻ったのを見送ると、アルフォンスは、ベースキャンプ全体に、魔法をかける。
「ダーク・ハイディング」
ベースキャンプの存在を他者から隠す、隠ぺいの魔法だ。
魔法をかけ終えると、後ろを振り向く。
アルフォンスのすぐ後ろには、ケヴィンが立っていた。
「体調がよさそうですね。我が主。倒れられてすぐに、地下41Fの制覇に向かわれたので、ご無理をされたのかと思ったのですが」
「ああ、ブランシュの回復魔法のおかげですこぶる調子がいい」
「……調子が戻られたのはよいことです。けれど、あれは、回復魔法などでは、」
「ケヴィン」
一気に圧が増したその声に、ケヴィンは、口をつぐんだ。
「申し訳ありません」
「ケヴィン、俺の望みは知っているな」
「はい、我が主」
「ブランシュを頼んだぞ」
「……はい」
その言葉を残し、アルフォンスは、魔法陣を展開し姿を消した。
ケヴィンは、魔法陣の光の残滓に手を伸ばし、魔法の残り香にしばし酔いしれる。
「自らがどれほどの恩恵に浴しているかもわからぬ下賤の輩が……」
言葉に込められた憎しみは、まっすぐにブランシュの背中に向かっていた。




