16 お茶会
ブランシュとアルフォンスは、学園の必須実習であるお茶会のため、学園へと向かった。
この実習も、夜会と同様、男女ペアで参加することが義務付けられている。
ペアは、兄弟姉妹や学外の者など誰でもよいが、同伴できない場合は減点となる。
ブランシュは、アルフォンスのエスコートを受けて、中庭に設置された会場へと足を運んだ。
ちなみに、邸に用意されていたデイドレスは、これでもか、と言うぐらいのおそろいだ。
正直バカップルぶりがはずかしい。
(まあ、溺愛設定だから仕方ないか──それよりも、大丈夫かしら?)
ブランシュは、アルフォンスの血色の悪い横顔を見上げた。
アルフォンスは、昨夜遅くに、側近であるサシャやユーグを連れて邸に帰ってきた。
側近の彼らはまだ部屋で寝ているらしいが、アルフォンスだけは、このお茶会のために朝早くから起きて支度を開始していた。
明らかに疲れ切っており、体調が悪そうだ。
(いったい何の仕事なのかしら。……これじゃ怒れないじゃない)
「アルフォンス、大丈夫?」
「お前は、俺を心配しているのか?」
「私をなんだと思ってるのよ。普通に心配ぐらいするわよ」
ブランシュとアルフォンスは、利害で結ばれた契約上の関係だ。
だからと言ってブランシュは、病人を心配しないほど薄情な人間ではないつもりだ。
ブランシュがそう言うと、アルフォンスは、そうか、とだけ小さく呟いた。
ブランシュは、何かできることがないかと考え、ふと気づく。
「あ。ねえ、回復魔法をかけましょうか?」
「不要だ。お前の魔法など怖くて受けられない」
「あのねえっ、失礼じゃない⁉ そりゃ魔法失敗してできたひどい火傷とか見せちゃったけどっ。言い方ってものがっ」
「行くぞ」
「ちょっと人の話を聞きなさいよっ」
背中を向けるアルフォンスにくってかかると、アルフォンスは、くるりとブランシュの方を振り向いた。
ぶつかりそうになるブランシュの腰を片手で支えると、アルフォンスは、ブランシュを見下ろして、小さくほほ笑む。
「大丈夫だ。心配するな」
間近で見るそのほほ笑みに、ブランシュの心臓がばくばく言い出す。
そのまま髪をなでられて硬直しかけて、ブランシュは、自分たちがあちこちから見られていることに気づく。
心臓の音は、急速に鳴りをひそめた。
(溺愛設定だったわ)
「さすがね。私も精一杯つとめさせていただきます」
「……」
ブランシュは、大きく息を吐いて気持ちを入れ替える。
ここからは、相思相愛の恋人同士だ。
そんなことを考えていたから、ブランシュは、気づけなかった。
アルフォンスに不調をごまかされていたことに。
茶会の会場に設置されたテーブルは、爵位の近い者同士が近くなるよう、座席が決められていた。
この並びになることは予測して然るべきだったのに、すっかり失念していた。
丸テーブルでは、ブランシュの右から順に、公爵子息のリオネル、第二王子、ノエラ、そしてアルフォンス。
魔法侯爵子息は、別のテーブルでこちらを恨めしそうに見ている。
リオネルは「いやあ、誰かを選ぶと女の子たちに泣かれちゃうから、誰も選べないんだよね」とふざけたことを言い、減点覚悟で一人で参加しているらしい。
ブランシュには理解不能だ。
テーブルには、ティースタンドと紅茶が用意され、優雅に、お茶とお菓子と会話を楽しむ──
という実習なので、楽しまなければならない。
時々教師がテーブルを回り、会話や作法をチェックして回るのだ。
リオネルとノエラが楽しげに会話をしているのを、ブランシュは、完全に聞き流していた。
会話よりも、実は、アルフォンスの様子が気になる。
先ほどから、アルフォンスがあまりしゃべらないのだ。
(顔色がやっぱりよくない。さっきは大丈夫って言ってたけど、帰るように言ったほうがいいわよね?)
ブランシュがそう決めて、アルフォンスに話しかけようとした時だった。
「ブランシュ様」
先ほどまで、完全にブランシュの存在を無視していたノエラが急に話しかけてきた。
「聖女のおつとめは最近いかがでしょう? 魔王討伐は進んでいらっしゃいますか? あら、失礼しました。まだ王都にいらっしゃるのだから、これからご出発されるのかしら?」
先日の後夜祭での一件があったので、それが何を意図してものなのか、今度はすぐにわかった。
(魔王討伐なんて言ってたけど何もしてないじゃない、って馬鹿にしたいのよね)
「ええ、そうね」
ノエラが、優しくて性格のいい子などとどうして思ったんだろうか。
ブランシュはため息をつきながら、おざなりな返事をする。
そんなことより早く邸に戻った方がいいだろう。
「まあ! ご立派です、ブランシュ様」
「そうそう、ブランシュたちは、キマイラを倒したんだよね。すごいよね」
「え?」
話を切り上げたかったのに、リオネルが話を広げてしまう。
そして、ノエラはキマイラ討伐の件を知らなかったらしい。
「北の街近くでキマイラが出てさ、ブランシュたちのパーティが大活躍したって話だよ」
「ま、まあ、それは素晴らしいです……わね」
「だろう? 僕も驚いたよ」
リオネルは、意味ありげにブランシュに視線を投げる。
「大方、ディアボリ公国の助っ人が優秀だったのだろう」
切って捨てるような発言をしたのは、第二王子だった。
かちんとくる言い方だが、それは、事実だ。
「そうですわね。アルフォンス様の側近の方たちはとてもお強かったです。無事にキマイラを討伐できたのは、彼らのおかげです」
「まあ、ご遠慮なさらずとも。ブランシュ様も聖女のお力でご活躍されたのでしょう?」
気が付くと、周囲の視線は、全てこのテーブルに集まっていた。
ブランシュが口を開きかけた時、ガタンっと音がして、となりの席のアルフォンスが、椅子から地面へと転がり落ちた。
「アルフォンス⁉」
ブランシュは、倒れたアルフォンスに駆け寄る。
「何これ? けがしてるの⁉」
芝生の上に、アルフォンスを寝かせると、力なく垂れ下がった左腕から、地面へ血がしたたっているのが見えた。
そういえば、と、アルフォンスは、ここまで右手以外ほとんど使っていなかったことに気づく。
「ねえ、いやかもしれないけど、魔法、かけるわよ?」
「やめろ」
「無理して倒れるような人の話はききません。……大丈夫。失敗しそうになったらすぐにやめるから。自分に傷がつくようなことはしないわ」
アルフォンスは、顔を歪めるが、ブランシュは無視する。
「セイクリッド・キュア」
ブランシュは、倒れたアルフォンスの腕に手を触れて、小さくつぶやく──アルフォンスの傷を癒やしたいとの思いを込めて。
ブランシュの手から、光が放たれる。
薄紅の、温かい、光だ。
その光は、アルフォンスの腕から、やがて体全体に広がった。
そして、ブランシュをも巻き込み、明るさを増していく。
(心臓が、痛い。サシャを回復した時はこんな風にならなかったのに)
自分の力が吸い出されるような感覚に陥り、意識が遠のく。
ふらりと体が傾いた。
「聖女様」と発した誰かの声だけが、ブランシュの耳に残った。
◇◇◇◇◇◇◇
その男は、間諜の目を通して、自らの敵の様子を覗き見ていた。
「はは、はは。なんと、こんなところに隠されていたとは」
男は、血走った赤い目を見開き、脳に直接送られてくるその映像に見入っていた。
薄紅の光の中心にいる、男女二人の姿だ。
男の姿は見知ったものだが、女の姿は初めて認識した。
鮮やかな朱色の髪に、釣り目がちの金の瞳の、人間の女だ。
「見つけたぞ、あいつのコアの片割れを」
魔王ディートリッヒ。
ラストダンジョンの奥深くに坐するその男は、その女の姿をじっと追い続けた。




