15 ディアボリ公邸にて/勇者リオネル/ラストダンジョンアタック③
王都にあるディアボリ公邸。
王都の郊外に位置し、広大な敷地を誇るそこは、森と小川が流れ、小さな村並みの規模を誇っていた。
洗練された広い邸もたいそう快適で住みやすい。
ブランシュは、ギィを相手に、庭でのんびりと午後のティータイムを楽しんでいた。
「おいしい紅茶ねえ」
<ああ、うめえ>
「のどかねえ」
<ああ、平和だ>
「…………じゃないわよっ」
ブランシュは、テーブルに手をついて耐えかねたように立ち上がった。
食器類がガチャガチャと音を立て、ギィは、パタパタと飛び上がる。
「私は一体何してるの⁉」
キマイラを退治し、毒蛇に噛まれた北の街から王都に戻って、既に一週間。
ブランシュはすっかり回復していた。
「お茶会まで、まだ三日もあるのよ⁉ そもそも何のために、こんなに早く王都に戻って来なくちゃならなかったわけ⁉ 私にはこんなことしてる暇ないのに!」
広い庭で、魔法の練習などができるならまだわかる。
しかし、ずっと部屋の隅に控えている無口な黒髪メイドが、ブランシュが魔法の練習をしようものなら、すごい勢いで止めに来るのだ。
このメイドが優秀すぎて、とても困る。
ちなみに、過去に何度かブランシュと顔を合わせているこのメイドは、ミームという名だった。
アルフォンスはと言うと、サシャとユーグを連れてどこかへ行ってしまった。
彼らの顔を、もう一週間以上見かけていない。
そして、数日前には、アルフォンスの不在を狙って、長く会っていなかった父がこの邸を訪れた。
ずっと会わせてもらえなかったと泣き出す父に、ブランシュは平謝りした。
父には、ブランシュの好待遇っぷりを見せることで、どうにか落ち着いてもらった。
(邸の女主人の次にいい部屋に、ドレスやアクセサリでいっぱいのクローゼット……さすがの手回しだったわ)
それも、公爵令嬢であるブランシュがちょっと引くレベルだ。
娘は、婚約者を溺愛するアルフォンス公子に囲われているのだと納得して、父はしぶしぶ帰っていった。
「さっ、休憩は終わりよっ。実技の勉強をさせてもらえないなら、座学を進めるしかないわ」
努力系令嬢のブランシュは、仕方がないので、ディアボリ公国の歴史、地理、生態系(魔物含む)について学び直している。
北へ向かう旅は、そろそろディアボリ公国へ入る。
これらの知識を学び直すことは、きっと役に立つはずだ。
図書館室へ行こうと立ち上がったブランシュの前に、ミームが立ちふさがる。
「……客」
「私に?」
ミームはこくりとうなずいた。
メイドに案内されて応接室に行くと、そこには、聖女パーティーの勇者枠の公爵家次男がいた。
橙色の髪に、少し垂れた瞳の甘やかな容姿。
甘い言葉を囁いて、チャラチャラと女の子を侍らせて恋愛ごっこを楽しんでいる男だ。
そして、裏では一番ノエラとよろしくやっているやつだ。
「久しぶりだね、ブランシュ嬢」
「名前でお呼びになるのは、おやめくださいます? ダヴィド様」
「同じクラスなんだから、名前で呼び合おうよ。僕のことはリオネルって呼んで」
リオネル・ダヴィド。
彼とは、実は、同じクラスだったりする。
あんまり話したことはないのに、ブランシュのことをなれなれしく名前で呼ぶ、女ったらしの優男だ。
<へえ、あいつ、そんな名前だったのか>
ギィは、ブランシュのドレスの袖に隠れたまま、変なことに感心している。
「何の御用でしょう? ダヴィド様」
ブランシュはリオネルの要求には答えず、淡々と対応する。
彼は、ブランシュの話を、まともに聞きもせずに切り捨てた。
それなのに、今さら何のためにブランシュに会いにきたのか。
「すごいよね。この公邸の広さって、常識はずれだと思わない? 屋内に飾られてる美術品も価値のある物ばかりだし、ディアボリ公国って、いったいどれだけお金持ちなんだろうね」
「ご用件は?」
ブランシュは、あまり会話をしたくなくて、重ねて用件を尋ねた。
リオネルは、肩をすくめて見せる。
「上層部には連絡が入ってるよ。君たちがキマイラを倒したって」
ブランシュは、はっと息をのんだ。
キマイラの後処理については、何も考えていなかった。
隠す必要は、多分ない。
知られて困ることも。
でも、それで周りの見る目が変わるのは複雑だ。
「おめでとう。結果を出した君に、それだけ言いに来たんだ」
「ありがとう、ございます」
ブランシュの声には、複雑な心境がにじみ出ていたのだろう。
リオネルはそんなブランシュに苦笑した。
「これから、ますます敵は強くなるんだろう? 僕の助けが必要になった時には、言ってよ。僕は、力になれると思うよ」
(今さら何言ってるのよ)
もうブランシュは、彼らには頼まないと決めたのだ。
魔王を倒すには勇者の聖剣が必要だが、ブランシュは自分たちで取りにいくことに決めている。
「お気持ちだけ受け取っておきますわ」
「はは。君の信頼を取り戻すのは、難しいみたいだね。僕も努力しないとね」
「今さら結構です」
そう言ってブランシュはリオネルを追い返した。
<なあ、ブランシュ。俺気になったんだけど>
「何よっ。ギィ、あんた、あんな女たらしに助けを求めろって言うの?」
<いや、そっちじゃなくってさ。キマイラ倒したの、お前の親父さんにばれたら、まずくね?>
ブランシュの肩でこてんと首を傾げるギィの言葉に、ブランシュは、はっとする。
「まずいわっ。旅に出てるのなんてばれたら大変なことにっ」
ブランシュは、父が再びディアボリ公邸に突撃する未来を考えて、大きくため息をつくのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
アルフォンスと三人の側近は、ラストダンジョン40Fに到達していた。
立ちはだかる中ボスは、世界樹の末裔──植物型の魔物だ。
<その命を散らせ>
サシャの目が赤く光る。
彼の放つ魅了の言葉に、世界樹はその葉を枯らし、散らせていく。
サシャの後ろから進み出た人物が、散りゆく葉に向けて魔法を放つ。
闇色の業火が、世界樹の葉を炭に変えていく。
炎によって巻き起こる風が、彼のフードを押し下げた。
長い銀の髪が激しい風に舞う。
炎の照り返しが、青年の小麦色の肌と、芸術的に美しく整った容貌を露わにした。
その背後から、ユーグが、斧を手に、世界樹の元へと走り抜ける。
斧を振り上げると、ザンッと言う音と共に、枯れ枝と化した世界樹の幹に、斧を入れる。
キエエエーーーッ。
空間を揺らす超音波のような悲鳴がダンジョンに鳴り響く。
ユーグが斧に力を込めると、めきめきという音と共に、世界樹の幹が倒れていく。
倒れながら、世界樹は、鋭い枝をユーグに向けて放つ。
けれど、ユーグはそれを避けようとはしない。
ユーグに突き刺さるかに見えた枝の刃は、ユーグに届く前に、黒い影によって、全て断ち切られた。
ぼとぼとと、地に落ちるその枝の刃の中心には。
──アルフォンスが立っていた。
ズウウウンッという地を揺るがす音と主に、アルフォンスは、剣を鞘に収めた。
「終わった――」
サシャはダンジョンの床に転がり、そのまま天を仰ぐ。
「気を緩めすぎです」
腕組みしたままサシャを見下ろす銀髪の青年は、先ほどの魔法使いだ。
「なあなあ、ケヴィン。俺思ったんだけどさ、これさ、もうブランシュに手伝ってもらおうぜ」
アルフォンスと側近の三人は、かれこれ一週間以上ダンジョンにこもっていた。
前回中ボスを攻略した35Fから39Fまでは、魔法による攻略が有効であることから、アルフォンスとケヴィンの二人で、ラストダンジョン攻略を行った。
サシャとユーグは、一週間前の40Fの攻略からの参加だ。
「さすがに、もうそろそろ攻略も厳しいじゃん? ブランシュ、ほんとにすごいんだぜ。こう、腕に抱いてるだけで、力が湧き上がってくるって言うか、さすが『アレ』を持ってるだけあるって言うか……ひっ」
カカカッと音がして、寝転んだサシャのに降って来たのは、世界樹の枝の刃だった。
「手が滑った」
もちろん、その声の主はアルフォンスだ。
口をぱくぱくと動かすサシャに、ケヴィンは冷ややかな目を向ける。
「学習しませんね、あなたは。先日ユーグと二人で主にぼこぼこにされたのに。理由を分かっていないんですか?」
「なんだよっ。ケヴィン。お前ならうまくやるってのかよ」
「脳筋のあなた達を先に行かせたのが間違いだったのでしょうか。そもそも、あなたたちは、自分がブランシュ嬢についている理由をきちんと理解しているのですか」
「わかってるよ。ブランシュが危ないとこにいかないように、ゆっくり旅をしろってんだろ」
「わかっているならなぜあんなことになるんだか」
「だってさ、ブランシュ、一生懸命だからさ、つい応援したくなるっていうか、手伝いたくなるっていうかさ」
「応援しなくていいのです。ただ、彼女を守れば。分かっているでしょう? 彼女は、我らにとって特別な存在なのです」
その時、アルフォンスの周りに、魔法陣が展開する。
「領域解放。陣域固定。──征服完了。地下40階層、クリアだ」
陣域固定により、このフロアは、新たな中ボスを生み出せない。
征服者であるアルフォンスの許可なしには。
「ケヴィン、次の出発からは、お前もブランシュの元へ加われ」
「しかし、ラストダンジョンの攻略は」
「いったんペースを落とす。陣域固定の強化を、各フロアごとにやり直す」
このラストダンジョンで征服が完了したフロアは、定期的にその主を更新する作業が必要だ。
アルフォンスにしかできないし、一人でも危険のない作業だ。
その答えを聞いて、ケヴィンは不安を解消したようだった。
「そうですね。最近は急ぎすぎました。この辺りでペースを落とすのもいいでしょう。ここから先は攻略が厳しくなります。けしておひとりで先に進まれることはなきよう。我が主」
「わかった……戻るぞ」
アルフォンスの足元に、転移魔法陣が展開される。
側近の三人は、その隣に並び立つ。
地面に光の輪が広がる。
その光の中で、アルフォンスの左肩が力なく垂れ下がっているのを、ユーグだけが不安げに、見つめていた。




