14 学園へ
キマイラの切断された毒蛇の尾。
それが今、ブランシュの左足に噛みついていた。
噛みつかれた先が、炎のように熱い。
<ブランシュッ! このっ! このっ!>
「やめてっ! ギィ!」
蛇に食ってかかった神獣を、ブランシュは、手の中へ覆い隠す。
この小さな生き物は、近づいたら蛇に丸飲みされかねない。
その間にも、蛇が噛みついたままの足は、熱を増していく。
「うっ」
<サシャ! ユーグ! さっさと来やがれ!>
「ブランシュ!」
ザシュッと音を立てて、駆けつけたサシャが、蛇の首を切り落とした。
そのまま、蛇の口をこじ開けて、ブランシュの足から蛇を引きはがす。
待ってろ、と叫んで、サシャは、薬を取りに荷物の方へ走っていく。
<おい、ブランシュ、足が真っ黒だ。これ、大丈夫かよっ。おいっ>
キマイラの尾は、毒蛇だ。
毒が回ったブランシュの足は、真っ黒に変色し、腫れあがっていた。
「大丈夫よ、ギィ。聖女は、回復魔法が使えるんだから」
ブランシュは、自分の足に手をかざした。
「解毒して……え? なら、回復を……どうして?」
会得したはずの第二階位聖魔法の効果がまるでなかった。
手は、光を発しているのに。
さあっと、青ざめる。
解毒も回復も、できなかった。
(うそ、聖女は、自分にも回復魔法を使えたのに)
だんだんと頭がくらくらしてくる。
痛みと熱が、思考を奪う。
「ブランシュ」
そんなブランシュのすぐそばに、影が落ちる。
見上げるその人の顔が、なんだか泣きそうな顔に見えてしまったのは、錯覚に違いない。
「アル……フォンス?」
アルフォンスは、ひざまずくと、ブランシュの黒く腫れあがった左足に手を触れた。
「……っ!」
ブランシュは、体を跳ねさせる。
すでに、ほんの少し触れられるだけでも、体中に痛みが走る。
アルフォンスは、そんなブランシュを見ながら、蛇がかみついた傷口に、口づけた。
「あ、あああっ」
先ほどよりさらに強い熱を感じて、思わず声を上げる。
痛みと朦朧としかけた意識の中で、彼が、毒を吸いだしているのだと認識する。
そんなことをしたら、彼が毒でやられてしまう。
だめなのに。
熱と痛みとで思考が定まらない。
そして、ブランシュは、意識を失う。
その寸前に見た彼の顔は、やはり、泣きそうだった。
◇◇◇◇◇◇◇
ブランシュは目を開けたつもりだったが、開いていなかったのかもしれない。
何も見えなかったから。
ぱちぱちと二三度瞬きして、不思議に思っていると、声がかかる。
「目が覚めたか?」
「アル……ス?」
絞り出した声はひどくしわがれていた。
声を出した途端にひどく咳込んでしまい、背中を支えて、起こされた。
同時に顔から何かが落ちて、視界が回復する。
何も見えなかった理由は、濡れた布が目を覆っていたからだと気づいた。
ブランシュが寝ていた部屋は、平原の街で使っている宿だった。
部屋にいるのは、アルフォンスだけだ。
アルフォンスは、咳込むブランシュを支えて座らせると、水を手渡してくれた。
ごくごくと水を飲みながら周囲を見回すと、ベッドテーブルに置かれた水の入った桶が目に入った。
宿にはメイドなんていない。
ひょっとしてアルフォンスが冷やしてくれていたのだろうか。
「調子はどうだ?」
「だいぶいいわ。……その、いろいろありがとう」
気を失う直前に彼が現れたのは、ぼんやり覚えている。
多分、だいぶ迷惑をかけてしまっている。
そう言えばと思って、蛇に噛まれた足の傷をのぞいてみると、結構ひどい傷跡が残っていた。
腫れは引いているので、アルフォンスかサシャが薬を使ってくれたに違いない。
直前にセイクリッド・キュアが自分に使えなかったことが気になって、試そうとしたが、アルフォンスに止められる。
「体調が万全でない。魔法は使うな」
「……わかったわ。そうだ、アルフォンス! 私、回復魔法が使えるようになったの!」
「聞いた」
「聖女の力に目覚めたんだわ! これで魔王と戦えるようになった。それに、確かめてないんだけど、もう一つ上の階位の魔法も、」
アルフォンスがドンッとベッドテーブルを拳で叩いた。
ブランシュは、驚いて口をつぐむ。
「お前は、毒蛇に足をかまれた! あと少し処置が遅かったら、足を切り落とすところだった!」
ブランシュは、アルフォンスのあまりの勢いに、彼に多大な迷惑をかけるところだったと気づく。
「迷惑をかけてごめんなさい……そうよね、私は今、あなたの邸に滞在していることになっているんだもの。けがをしたら、あなたの責任問題になってしまうのに、考えなしだった」
自分に何かあった時のことを、ブランシュは、何も考えていなかった。
(私に何かあってもアルフォンスのせいじゃないっていう、お父様宛の手紙を残しておかなくちゃ)
ブランシュがアルフォンスを脅迫して今回の件を主導したとか、手紙に残す言い訳を考える。
魔王を倒せなかったら、世界が混乱してあまり意味をなさないかもしれないけれど、それはそれ、これはこれだ。
仁義は切るべきだとブランシュは思う。
「今回の件は、明らかにお前の手に余った。お前は、逃げるべきだった」
確かに、何もできない貴族令嬢ならば、そうなのだろうと思う。
でも、そこはゆずれない部分だった。
ブランシュは、聖女パーティのメンバーとして戦うことを選んだのだから。
「私がただの貴族令嬢なら、そうすべきだと私も思う。でも、私は、聖女として、彼らと戦うことを選んだのよ。私が、戦って、と彼らにお願いしたの。一人だけ逃げるわけにはいかないわ」
「そういうことを言っているんじゃない。むしろ、安全が確保できないのなら、あいつらも一緒に逃げるべきだった! ……それか、俺を待」
「それは違うわ! 現に、ユーグもサシャもあなたの側近なだけあって、とても強かったじゃない! 私だけがお荷物だったのは認める。次はもっとうまくやるわ。それに、私に何かあっても、あなたに迷惑がかからないように、手を打っておく!」
アルフォンスは、わずかに顔をゆがめる。
そして、表情を消して、低い声で告げる。
「お前は、俺との契約を忘れたのか。俺は、傷物の女を隣に侍らせるつもりはない。俺が契約したのは、風よけになる価値のある女だ」
ブランシュは、アルフォンスが、執拗に逃げろと言う理由に、そう言われてやっと気づいた。
(私、間違えてたんだ)
ブランシュは、アルフォンスが魔王出現を信じ、ブランシュと同じ志を持って、魔王を討伐しようとしているのだと思っていた。
ブランシュの戦うという意思を尊重してくれるのだと疑いもしなかった。
(私が勝手に、アルフォンスも私と同じ気持ちなんだって、思いこんでたんだ)
志を同じくした、ゲームのあの旅の仲間に、彼らを重ねてしまっていたのだ。
──けれど、彼にとっては、いるかいないかもわからない魔王を倒すことより、学園での生活を快適にするための、風よけを得ることの方が重要だったのだろう。
「ごめんなさい。そうね。あなたは契約通り、私に側近を紹介してくれて、私の旅を応援してくれている。私も、約束を守るわ」
「ああ」
二人の間に、重い沈黙が流れる。
その時、部屋の扉が大きく開け放たれた。
「ブランシュッ! 気が付いたって聞いた! 大丈夫か⁉」
部屋に、サシャがかけこんできた。
すぐ後ろにユーグもいる。
「ええ、大丈夫。驚いたでしょ。迷惑かけてごめんね……って、サシャ、ユーグ、その傷どうしたの⁉」
サシャとユーグの顔がかなりぼこぼこになっていた。
「いや、あの後、やられちゃって……」
「キマイラより強い敵が⁉」
「いや、そうじゃなくて……いや、ええっと、訓練?」
サシャはなんだか歯切れが悪い。
「行くぞ」
「きゃっ」
アルフォンスが立ち上がり、ベッドの上のブランシュを抱き上げた。
いつも通りのそれに、ブランシュはアルフォンスにしがみつくしかない。
アルフォンスの足元に、魔法陣が広がる。
「え?」
「学園で茶会の実習がある」
「え? え? それ私も出るの?」
「契約だ」
「待って待って待って俺たちも!!」
あわてて、飛び込むユーグとサシャを伴って、ブランシュたちは、転移魔法で、王都へと向かうのだった。




