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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第三章 伸上り
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伸上り<8>

 その後、二日間は六合(りくごう)天后(てんこう)からの連絡はなかった。晴茂は、あんな僅かな霊気からその主を簡単に見つけ出せるとは思っていなかった。しかし、山辺という人を糸口にすれば案外すぐに分かるかも知れないとも期待していた。三日目の午後、晴茂の許に天后が現れた。


「天后か」

「晴茂様、先ほど山辺の墓から霊気が飛びました」

「そうか。やはり、その人の怨念か」

「はい、おそらくカワウソの毛がある場所に行くのでしょう。六合が追っています」

「よし、では行こう。琥珀、いいか?」

晴茂は、青龍(せいりゅう)を呼んだ。三人は青龍の背に乗ると、西の方角に向かった。


 青龍は六合を見つけ、そこに三人を降ろした。

「晴茂様」

「どうだ?六合」

「あの倉庫に入りました」

「様子を見るか」


 しばらくすると、倉庫から青白い光の玉が真上に飛びだすと、東の方角に飛び去った。

「霊気だな、六合、天后、後を追え!」

「はい!」

太陽は西に傾き、山に隠れようとしている。これまで三人が高入道(たかにゅうどう)を見た時刻が近づいている。

「行くぞ!琥珀」

そう言うと、晴茂は倉庫の入り口までふわっと飛んだ。琥珀が、後に続く。


 二人は入り口付近で待った。しばらくすると、倉庫の入り口からやや長身の女性が出てきた。細面(ほそおもて)の美人で人目を引く顔立ちだ。髪の毛はやや茶系のロングヘアーだ。薄い紺色のワンピースを着ている。長い手足の女性は、ファッションモデルと言っても通りそうだ。


 その女性は無表情で、表通りの方角に歩き出した。晴茂は高入道の妖気を測った。そして、琥珀に(ささや)いた。

「琥珀、高入道に与えられた妖気を断て。おまえならできる」

「はい!」


 琥珀は初めて妖怪と対決する。これまで一人で修行をしてきたことが、実戦でどこまでできるのか多少の不安があった。しかし、それよりも実践への高揚感の方が勝っていた。両の拳を握りしめると、ふぅっと息を吐いた。いつも晴茂に言われている言葉、「琥珀、無心になれ!雑念を無くせ!」を思い起こしていた。


 琥珀は静かに始動した。ふわっと飛ぶと女性の前に下りた。そして、その女性を見た。背が高い女性なので、琥珀は女性の顔を見上げる構図になる。女性と琥珀の視線が合った。するとどうだ。女性の背がぐぐっと伸びた。琥珀は、咄嗟(とっさ)に後ろに飛び下がって構えた。


 顔二つ分程背が伸びたのだ。琥珀は、また女性の顔を見た。女性はにこっとほほ笑むと琥珀と視線を合わせた。背がぐぐぐっと伸びた。琥珀は女性の顔、目を見続けている。女性の背は見上げられた分だけどんどん伸びる。あっという間に大女になった。背の高さは、三階建てのビル程になった。「何だ、この女は?背が伸びすぎだろう」と琥珀は思った。


 女性の背は高くなったのだが、この女、ひょろひょろっとしている。どうやら、背が伸びる割には、横にはそれ程大きくなっていないようだ。背だけこんなに伸びても戦い難いだけだろう、と琥珀は考えた。少し揺さぶってやろう。


 琥珀は、ぽんと飛びあがると、ちょうど長身女の膝を目がけて両手から白虎(びゃっこ)の鋭い光線を飛ばした。光線は両方の膝に当たって飛び散った。長身女は、よろよろとよろけた。それでも長い腕を琥珀めがけて振り下ろしてきた。琥珀はそれをひょいっと避ける。あまりにも腕が長くなり過ぎて、動きが鈍いのだ。


 足の蹴り、腕の振りおろしで長身女は攻撃してきた。やはり高入道は人を驚かす妖怪で、元来攻撃する術を持っていないのだろう。攻撃が鈍いから避けるのは簡単だが、こんな大女では扱いにくいと琥珀は考えた。


 琥珀は、長身女の身長を越えて高く飛び、上から大女を見下ろした。大女の視線が琥珀を追い、目が合った。徐々に女性の背が縮んでゆく。『なる程、見上げれば伸びるし、見下ろせば縮むんだな』 と、琥珀は見下ろす位置を維持した。女性を見下ろし身長を縮めながら、琥珀と同じ位の身長になった時、琥珀は地上に降り立つと高入道と対峙した。


 普通の大きさになった女性は、やはり動きが俊敏になった。それでも、琥珀の動きの方が数段上だ。この妖怪は、戦いをする術を持たないのだ、と琥珀は察した。それなら、あまり慎重にならずとも妖気を追い出す事ができそうだ。


 琥珀は、素早い動きで高入道の側面に回り込んだ。高入道は、琥珀を一瞬見失った。すかさず呪文を唱えると、琥珀は、両手から白虎の光線を放った。白虎の光線は女性を取り巻くように包んだ。光線中で女性は身悶(みもだ)えていたが、「きーっ!」と叫び声を上げると灰色の球が飛びだした。


 邪悪な霊気だ、カワウソに妖気を与える霊気だ。琥珀は呪文を唱え、青龍の稲妻を放った。灰色の霊球は、稲妻に当たり大きな火花が散った。その火花に浄化され霊球から邪悪なものが、徐々に消えていった。琥珀は、高入道に対して構えを崩さない。


 悪霊が消えると、女性はよろけながら姿をカワウソに戻した。カワウソは、牙を()いて唸っている。カワウソの歯は非常に強く危険だ。琥珀は、やや退いた。そして、白虎の光線を撃つ準備をした。

「もう終わった。琥珀、敵意を消せ。そのカワウソは抜け殻だ」

晴茂の声だ。


 琥珀は、はっとして気を静め敵意を消した。それに応じて、カワウソも牙を収めた。カワウソは悪霊に与えられた妖気を失い、徐々に姿が薄くなってゆく。そして、ついにはカワウソの姿が消え、そこには多量のカワウソの毛が落ちていた。


「やはり、無理矢理に高入道に仕立てられていたんだな」

「はい、晴茂様。怨念の玉が飛び出した時、あの女性の顔はとても悲しそうでした」

「カワウソの毛を、(とむら)ってやろう。元いた川へ戻してやれ、琥珀」

「はい、晴茂様」


 琥珀は、呪文を唱え、地に散乱したカワウソの毛を束ねると、右手で南西の方角を指差した。カワウソの毛は、その方向にある故郷の川へ飛んで行った。晴茂と琥珀は、その方角に向かって合掌した。


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