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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第三章 伸上り
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伸上り<7>

 その後、三人は広島市内の観光をして京都に帰った。帰り際に晴茂は、お世話になったお礼を言いに再度文房具屋に立ち寄った。その時、店主から新しい事実を聞いた。


「ああ、あのカワウソの筆ねえ。あれは売れなかったですよ」

「そうらしいですね」

「うちにも山辺さんが数十本持ってきたのですが、さっぱり売れずに返品しました」

『山辺さん』は始めて聞く名前だ。


「山辺さんとおっしゃる方は?」

「カワウソの筆を造られた方でね、五年程前に亡くなられましたが、…」

「ええ?今回、奇妙な体験をされた三人の方々が、カワウソの毛で筆を造られたのじゃないのですか?」

「いいえ、山辺さんですよ。その後、カワウソの筆を造った人がいるかどうかは、知りませんけどね」


「そうなのですか。でも、その山辺さんは、なぜカワウソの筆を造られたのでしょうか」

「昔はね、カワウソの毛皮が高く売れるって言うので、この辺りでもカワウソを乱獲しましたね。もう五十年も前の話ですけどね。山辺さんは、それに反対してたようです。


カワウソが可哀そうで、せめてその毛で筆でも作ってやろうと思われたのじゃないですかね。山辺さんはずっと、筆職人の間で仲間外れにされていましたよ。一番腕の良い職人さんだったのですがね」

「そうだったのですか」


 昨日聞いた話と違うではないか。カワウソの筆を作ったのは、あの筆司連中ではないのだ。晴茂は、山辺という人を調べる必要があると思った。


 京都のアパートに戻った晴茂は、六合(りくごう)天后(てんこう)を呼んだ。昨年の九尾のキツネの探索で、この二人の探索能力は優れていると晴茂は感じていた。天后と同時に姿を現した六合が、晴茂に挨拶をした。

「晴茂様、ご無沙汰を致しました」

続いて、天后が頭を下げた。

「晴茂様、お呼びでございますか」


 天后は、晴茂の後ろに控えている琥珀をちらっと見ると、優しく言った。

「琥珀、久し振り」

すでに十二天将達は、琥珀に晴茂の心を入れたことを貴人(きじん)から聞いている。天后は、琥珀を下級の式神として扱う態度を改めていた。十二天将達は、新しい琥珀が自分たちの仲間であると認識しているのだ。

「六合様、天后様」

琥珀は、二人に深々と頭を下げた。


 晴茂は、持って来た『カワウソの毛』を二人の前に置くと、事件の仔細を話した。そして、そこに残っている霊気の主を探すように指示をした。

「微かですが、これは人間の霊気、しかも怨念を含んでいます」

六合が言う。


 晴茂は頷いた。六合は首を傾げながら言った。

高入道(たかにゅうどう)は、人間を脅して、その隙に人間を喰らうと言いますが、私は高入道に噛み殺された人を知りません」

「高入道は、悪さをしない妖怪なのですか?」

琥珀が、聞いた。それに六合が答える。

「いやいや、悪さはするが…。人間を殺すような悪さは実際に見ていないんじゃ」


「そうよね。カワウソが若い娘に変化(へんげ)して、道に迷った人に道案内したとかも聞いたことがある。高入道も案外悪ふざけの好きな妖怪なのかもしれない」

天后も続けた。

「二人が言うように、カワウソの妖怪はそれ程心配する必要はないと思う。しかし、問題はこの怨念だ。この毛に残っている霊気だけでは分からないが、人間の怨念ならちょっと厄介だ」


「人間の怨念は、複雑な人間の心が生みますから、単に静めるだけでは解決しないかもしれぬのう」

六合は、やや心配そうな顔で言った。

「では、六合、天后、探索を頼む。その糸口は、五年前に死んだ山辺という人かもしれない。文房具屋の人と筆職人の話に食い違いのあるのが気になる」

「分かりました、晴茂様。では、行くぞ、天后」

六合、天后は姿を消した。


「あーあ、この二日間、疲れたなあ、琥珀」

琥珀は、晴茂にしてはめずらしく弱さを見せる言葉なので、いつもと違うと思った。

「真弓さんが一緒だったからな。気を使ったよ」

そういう事か、『晴茂様は、真弓さんに気を使ってたんだ』 と琥珀は合点した。


「晴茂様、真弓さんを誘ってしまって、申し訳ありません」

「いやいや、それはいいんだがなあ。琥珀と二人なら気を使わないけれど、いやあ参ったよ」

「でも、晴茂様、琥珀は随分と勉強になりました」

「それは良かった。僕も疲れ甲斐があったんだな。今日の琥珀は、昨日までと違うと感じたのだけど、どんな勉強ができた?」


「あっ、それは、色々と…」

琥珀は、顔を伏せた。真弓に嫉妬したとは言えない。『晴茂様のことだから、琥珀の心はお見通しなのかもしれない』と、上目づかいで琥珀は晴茂を見た。晴茂は、にやにやしながら、琥珀を見ていた。


 琥珀は、そんな晴茂と視線が合うと、『やはり』、と感じた。

「晴茂様!そんなに琥珀をいじめないでください!」

そして二人は同時に吹き出すと、声を出して笑った。琥珀はその時、自分が晴茂の式神であることを忘れていた。

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