047 男爵
異世界『潮かけ鯛祭』のどんちゃん騒ぎから数日後。
俺は、あのオーダーメイドのスーツに身を包み、王宮の一室で直立不動の姿勢をとっていた。隣には、鮮やかな赤のチャイナドレスを着た仏頂面のリンがいる。
「どうしてこうなった?」
「……私が聞きたいわよ」
俺たちは先ほどから、王宮の儀式や作法を司る『典礼官』による、王様への謁見に向けた礼儀作法のスパルタ指導をみっちり叩き込まれていたのだ。
「はい、お二人とも私語は慎むように。姿勢と礼の角度は、とりあえず合格点です。時間ですので、謁見の間へ移動しましょう」
豪奢な両開きの扉が開かれる。
赤絨毯の敷かれた広大な玉座の間。その最奥で玉座に腰を下ろしている威厳ある王様の前に進み出ると、俺とリンは教えられた通りに膝をつき、深く頭を垂れた。
「冒険者のゲンとリンよ。この度の食糧危機の解決、見事であった。その多大なる功績を讃え、ゲンには男爵の位を、リンには余の直属である『経済特別顧問』の役職を与える。これよりは余の臣下として、王国に忠誠を尽くせ」
荘厳な声が響き渡る。俺は内心の動揺を必死に押し殺し、典礼官と練習した通りのセリフを絞り出した。
「ははっ! 身に余る光栄に存じます。この身と命ある限り、陛下と王国に忠誠を捧げます」
「も、もったいなきお言葉……。微力ながら、誠心誠意、王国に貢献させていただきます」
リンも少し声が震えていたが、なんとか乗り切った。
儀式が終わり、緊張でドッと疲れた体を引きずって控室に戻ると、ヴァルテン伯爵が上機嫌で待っていた。
「男爵叙爵、おめでとう。これでゲン殿も我ら貴族の一員だな」
「勘弁してください。私に貴族の務めなど絶対に務まりませんよ」
「案ずるな。ゲン殿は男爵と言っても、冒険者の特別枠だ。生活は今までどおりで問題ない。もし、どうしても貴族の世界が知りたいというのなら、私が喜んで世話をするが?」
「……今までどおり、大人しく農業をします」
「ふふ、そうしてくれるとこちらも大いに助かる。それにしても……」
伯爵は隣のリンを見て、少し面白そうに目を細めた。
「リン殿が、王直属の特別顧問とはな。男爵辺りに叙されると思っていたが……これでは、おいそれと私から仕事を頼めなくなってしまったな」
「……あの、その特別顧問とは、具体的に何をするんですか?」
リンがすがるような目を伯爵に向ける。
「なに、案ずることはない。国に困りごとが起きたら、王に直々に呼び出されて、相談に乗る程度のものだ」
大したことない、とばかりに笑って答える伯爵。
しかし、その言葉を聞いた瞬間、リンの顔からスッと血の気が引いて真っ青になった。
声に出さずとも、彼女が心の中で神に全力で祈っているのが痛いほど伝わってくる。国の困りごとを一介の冒険者が背負っていいレベルのはずがないのだから。
俺は突如として降りかかった男爵という肩書きの重さと、隣の友人のあまりにも過酷な運命を思い、本日何度目かわからない深いため息をこぼした。
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