044 七夕
7月7日。今日は七夕だ。
「おーい、ゲンのおっさん! 葉っぱの水を集めたぞー!」
元気な子供たちの声が農園に響く。里芋が植わった畑を無邪気に駆け回り、葉っぱに溜まった朝露を小鉢に集めていた。
7月に入り、俺たちが神社の前の広場に大きな竹を立てて七夕飾りを準備していたところ、王都の子供たちが珍しそうに様子を見にやってきたのだ。どうせならちゃんとした日本の七夕を経験してもらおうと、招待したというわけだ。
「よーし、それじゃあ集めた朝露を使って墨をすろうか」
里芋の葉に溜まった朝露は天のしずくとも呼ばれ、これで墨をすって願い事を書くと字が上達し、願いが叶うと言われている。
俺は硯に朝露を注ぎ、墨を静かにすっていく。墨の独特の香りが周囲に漂う。
「そして、この墨で短冊に願い事を書くんだ」
筆を渡すと、子供たちは「冒険者になれますように」「美味しいお菓子がいっぱい食べたい」と、思い思いの願い事を短冊に書き込んで竹に結びつけていった。
「ゲン殿、私も短冊書けました!」
「ん? どれどれ……」
アザミが嬉々として見せてきた短冊には、達筆な字でこう書かれていた。
『ゲン殿と結婚できますように』
「……」
「ゲン殿、私たちも彦星と織姫みたいに、激しく愛し合っちゃいますか! 年に一度と言わず毎日!」
「やめい! 日本の文化が変な風に伝わるだろうが!」
俺がアザミの頭に軽くチョップを入れていると、神社の境内にふらふらとした足取りで歩いてくる人影があった。目の下にひどいクマを作ったリンだ。
「お、おう。リン、久しぶりだな……」
「あ、あんたたち、元気そうね……」
生気のない声で呟いたかと思うと、リンはそのまま机にバタンと突っ伏した。
「大丈夫か?」
「……これが大丈夫に見えるの?」
「そんなに伯爵の仕事がきついか?」
俺が労うと、リンは顔を半分だけ上げて怨嗟の声を漏らした。
「キツイってもんじゃないわよ! 伯爵自身は『多少の失敗はいいから、とにかく早く市場を安定させろ』って言うんだけど、周りの取り巻きの貴族たちからのプレッシャーがエグいのよ……! それに、高値で小麦を買い占めてた強欲商人たちの抵抗も激しくて……」
「……大変だな」
地方都市の市場価格を元に戻す調整は、想像以上にドロドロの泥沼作業になっているらしい。
「どうします? 抵抗する商人に一服盛りますか?」
物騒な提案するアザミ。くノ一の物騒な発想にリンは力なく手を振った。
「はぁー……近いうちに、なんとかなりそうだからいいわよ。ちょっと、私にも短冊ちょうだい」
俺から短冊と筆を受け取ったリンは、怨念のこもった手つきで一気に走り書きし、竹の枝に結びつけた。
『貴族から仕事が来ませんように! カードゲームのパックから帰還チケットが出ますように!』
前半の切実すぎる願いと後半の現実逃避がメンタルが限界突破しているのがよく分かる。
「さて、俺も短冊を書くかな」
俺は新しい短冊を取り、墨を含ませた筆でスラスラと自分の願いを書き込んだ。
『世界平和! スローライフ!』
「……なんか、普通ね」
「ゲン殿、『私と結婚したい』じゃないんですか? 私ならいつでもOKですよ!」
外野の声をスルーし、俺は短冊を笹の葉に結びつけると、七夕飾りの周りで遊んでいる子供たちに向かってパンパンと手を叩いた。
「さあ、子供たち! 七夕飾りはこれくらいにして、流しそうめんをするからあっちに行こうか!」
「「「はーい!!」」」
歓声を上げて流しそうめん会場の方へ駆け出していく子供たちの背中を追いかけながら、今日くらいは面倒なことを忘れて、のんびりと七夕を満喫しようと心に決めたのだった。
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