041 手紙
夏越の祓も終わり、クランハウスのリビングでこれといった目的もなくグダグダとくつろいでいた時のことだ。
「ゲン殿、ヴァルテン伯爵様からお届け物でござる」
いつの間にか部屋にいたアザミが、恭しい手つきで一通の手紙を差し出してきた。見れば、上質な紙の封筒に、赤い蝋で重厚な紋章が型押しされている。いかにも、といった代物だ。
「なんだこれ?」
蝋封の盾に小麦の束を握りしめる拳の印章を見て、俺は首を傾げた。
「ヴァルテン伯爵? なあシュウ、テツ。知ってるか?」
「いいや? 俺はメインストーリーを途中までしかやってないからな……」
「メインストーリーに出てくる貴族は、この国の貴族とは関係ないはずだぞ」
シュウもテツも心当たりがないらしい。ゲーム時代の知識が通用しないとなると、厄介だ。俺が手紙と睨めっこしていると、アザミが少し得意げに胸を張った。
「私はゲーム時代、クエストで知り合いまして、アップデート後も依頼を貰ったりしてました」
「へえ。で、その伯爵様が俺になんの用だ?」
「それは、会ってから直接話すそうです」
「はぁ……なんか面倒臭いことに巻き込まれないといいけど」
俺が露骨に嫌そうな顔をすると、アザミはパタパタと手を振ってフォローを入れた。
「大丈夫ですよ。今まで伯爵様から色々仕事を受けましたけど、どれもビジネスライクな感じでしたから」
「……なぁ、そういえばアザミは初めて会った時から俺のこと知ってたみたいだけど、何処かで会ったか?」
ふと思い出した、気になっていた疑問を口にすると、アザミはあっけらかんと答えた。
「直接会ったのは、くも合戦の時が初めてです。実は、ヴァルテン伯爵からの依頼で『王都の食料問題を解決した人物』を調査しまして、それでゲン殿のことを知ったのです。ゲン殿は今や、王族や貴族から注目の的ですよ!」
「うへぇー……権力争いは勘弁してくれ……」
思わず頭を抱える。
日本で社畜をしていた頃の嫌な記憶がフラッシュバックした。
中小企業から依頼された簡単なシステム開発のはずが、いつの間にか権力争いの代理戦争に利用され、仕様が二転三転して地獄を見たあのトラウマ。
今回は相手が王族や貴族なのだ。規模がダンチすぎる。
重いため息をつきながら、俺は手紙の封を慎重に切った。
「ふむふむ……前半というか、ほとんどが回りくどい挨拶文だな。で、最後に『この日に邸宅まで来い』と。……おいおい、こんな場所に行くなら、まともな服を用意しないといけないじゃないか」
戦闘服や作業着、コラボとかで貰ったTシャツで貴族の館に乗り込むわけにはいかないだろう。俺がボヤくと、アザミがパッと顔を輝かせた。
「服なら、腕のいいプレーヤーのお店を知っていますよ! この服もそこで作ってもらったんです」
そう言って、アザミはその場でクルリと回ってみせた。
黒と紫を基調とした、ボディラインがくっきりと出るセクシーなくノ一衣装。太ももや胸元が大胆に露出しており、どう贔屓目に見ても貴族の館にふさわしいフォーマルな装いからは程遠い。
俺はアザミのその過激な衣装をジト目で見つめ、ポツリとこぼした。
「……その人、ちゃんとした服も作れる?」
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