030 メインストーリー
産直市場に併設されたシュウの店で俺たちは、次の祭りの相談をしていた。
「で、次の祭りは『チャグチャグ馬コ』?」
俺が尋ねると、向かいで資料を広げていたテツが頷いた。
「ああ、岩手県の伝統行事だな。馬に色鮮やかな綺麗な衣装を着せて、たくさんの鈴をつけて街を歩く祭りらしい」
「馬ってことは、俺が飼ってるレッドホースたちも参加するか?」
最近移動ですっかりお世話になっている赤毛の馬たち。出番があるなら出してやりたい。
「頼む。明日、祭りの提案者と参加希望者、衣装の生産者を集めて会議をする予定なんだが、もしかしたら馬以外のテイムモンスターも参加するかもしれないな」
「なんだそれ、百鬼夜行みたいになりそうだな」
俺たちが笑っていると、厨房で大きな鍋に入ったスパイスカレーをかき混ぜていたシュウが、呆れたように口を挟んできた。
「それにしても忙しいな。どこの祭りも準備期間がほとんどないじゃないか」
「初めのうちだけさ。準備期間無しで『ねぶた祭』をやらされるよりはマシさ」
テツが真顔で恐ろしいことを言うので、俺は思わず吹き出しそうになった。
「ねぶた祭をやるのか!?」
「ああ。建築クランの連中が、あの巨大な山車を作るんだって張り切っててな……」
面倒な事務仕事をサエさんに押し付けて、建築クランのメンバーが嬉々として山車を作っている姿を想像して、俺は遠い目をした。
「祭りの手伝いもいいが、本来の目的である『日本への帰還方法』も探さなきゃならんってのにな。まさに猫の手も借りたい気分だよ」
「帰還方法か……」
シュウがカレーを混ぜながら、小さくため息をつく。
「あれから、誰もダンジョンを攻略できたって聞かないな」
「やっぱり、ダンジョンボス討伐以外にも帰還方法があると思うんだよ。例えば……『メインストーリー』を攻略するとかな」
俺がふと口にしたその単語に、テツとシュウの動きがピタリと止まった。
「メインストーリーか……」
「あの、トラウマ製造機をやれと……?」
二人の顔に、明らかな拒絶反応が浮かぶ。
『AWO』のメインストーリー。それは、全12章、想定プレイ時間120時間という超特大ボリュームの重厚かつ壮大なストーリーだった。
シュウが顔を引きつらせながら言う。
「メインストーリーって、ゲーム時代はプレイヤーごとに個別空間が用意されてたよな? この世界でも、あのシステムが生きてるのか?」
「検証してみたい気はするが……ちょっと怖いな」
テツが腕を組んで唸る。
「それに、クリア人数が『0人』だからな」
俺の言葉に、二人は深く頷いた。
あまりにも誰もクリアしないため、公式配信のたびに開発ディレクターが「お願いですからメインストーリーをクリアしてください!」と懇願していたのは、プレイヤーの間では笑い話になっている。
「難易度緩和のアップデートが入って、戦闘はNPCが全部してくれるようになったんだよな。プレイヤーは映画感覚で見てればいいだけになったのに、それでも誰もやらなかった」
テツが忌々しそうに言うと、シュウが深く頷いた。
「そりゃそうさ。選択肢がエグすぎるんだよ。仲良くなった二人のNPCの、どちらか一人しか助けられないとか。ちょっと不用意な発言をしただけで、恩人だった貴族の首が物理的に飛んだりとか……」
「結果として、san値直葬のメインストーリーを放置して、ミニゲームとか、スローライフとか、ダンジョン攻略に逃げたんだよな」
三人揃って重いため息をついた。
こんなリアル世界で、精神を削るトラウマストーリーを体験したいドMはそうそういない。
「……で、どうする? やってみるか?」
俺が恐る恐る提案する。
「公式がヤケクソになって全プレイヤーに無料配布した『メインストーリー完全攻略本』があるから、これの通りに選択肢を選べば、クリア自体はできるだろ」
「何も知らないリンも巻き込んで、一から始めてみるか……?」
シュウの提案に、俺たちは一瞬その光景を想像した。
テツが疲れたように首を横に振る。
「あの重苦しいストーリーが120時間。やっぱり……長すぎるよな」
スパイスカレーの香りに包まれながら、俺たちは未だ見ぬ日本への帰還方法に、ただ黙り込むしかなかった。
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7:00・12:00・18:00に投稿予定。




