029 蛇も蚊も
俺たちは、日本人街開発組合の事務所から渡された資料を、産直市場に併設されたシュウの店で確認していた。
「で、サエさんにまずやってくれって言われたのが……『蛇も蚊も(じゃもかも)祭り』?」
俺が資料の束から一枚の紙を引っ張り出して首を傾げると、テツが頷いた。
「サエさんの地元の祭りらしい。なんでも、六月の第一日曜にやる祭りらしいんだ」
『蛇も蚊も祭』
茅で編み上げた数メートルにも及ぶ巨大な大蛇を、町衆が担ぎ出し通りを練り歩く、神奈川県横浜市に伝わる祭りである。
「蛇も蚊も出たけい、日和の雨けい(じゃもかもでたけい、ひよりのあめけい)」
そんな独特の囃子言葉とともに、悪疫を運ぶ蚊やその年の災厄を大蛇に飲み込ませ、町から追い払っていく。熱気に満ちたその光景は、古くから続く人々の力強い祈りそのものだった。
「第一日曜って……明後日じゃないか!」
横から資料を覗き込んだシュウが、思わず声を荒げた。
「とりあえず、明日、祭りで使う茅で作った巨大なヘビを作ってみよう。どんなものかはサエさんから設計図をもらったから、なんとかなるだろう」
テツがテーブルの上に広げたのは、サエさんが描いたと思われる一枚の紙。
だが、そこに描かれていたのは、お世辞にも上手いとは言えない、うねうねとした謎の生命体のイラストだった。
「……いざとなったら、サエさんを呼び出して直接手伝ってもらえればいいだろう」
イラストの解読を早々に諦め、俺は肩をすくめた。
翌日。
俺たちは朝早くから、大量の茅を使ってヘビ作りを開始した。
「おい、もっとしっかり編み込まないと胴体が崩れるぞ!」
「頭の部分はもっとこう、迫力を持たせてだな……」
最初は俺たち三人で悪戦苦闘していたのだが、どこからか噂を聞きつけたのか、「事務仕事は嫌いだがモノづくりは大好き」という建築クランのメンバーたちがわらわらと集まってきた。
彼らは俺達の作業を見て、「これじゃ駄目だ、俺たちがやる!」と職人魂に火をつけ、なんだかんだと騒ぎながら作業を始めた。
結果として、プロのクラフターたちの手によって、見事に編み上げられた巨大な三匹の茅のヘビを完成させることができた。
そして迎えた、祭り当日。
日本人街の神社の前には、完成した三匹の巨大な茅のヘビが並べられていた。
その前に立つのは、神主姿が板についてきたテツだ。厳かな祝詞が朗々と詠み上げられ、周囲には独特の緊張感と期待感が漂っている。
神事が終わると、いよいよ練り歩きのスタートだ。
集まったプレイヤーたちが、数人がかりで巨大な茅のヘビを担ぎ上げる。
「蛇も蚊も出たけい、日和の雨けい!」
独特の軽快な掛け声と共に、一行は日本人街へと繰り出した。
茅のヘビが生き物のようにうねりながら進んでいく。建物の玄関先まで来ると、担ぎ手たちが一斉に声を上げた。
「わっしょい! わっしょい!」
掛け声に合わせて巨大なヘビが高く持ち上げられ、上下に大きく揺れる。
その威勢の良さと珍しい光景に、見物に来ていた王都の住民たちも目を輝かせた。見物していた彼らも、ノリのいいプレイヤーたちに手招きされ、次々と飛び入り参加して一緒にヘビを担ぎ始めた。
異世界人と地球人が入り乱れ、街中が笑顔と熱気で包まれていく。
街を隅々まで練り歩き、再び神社に戻ってきた。
最後にこの茅のヘビをお焚き上げをするのだ。
本当なら川に流すらしいのだが近所にちょうどいい川がないため、サエさんと話し合いの結果お焚き上げとなった。
神社の境内で、三匹の茅のヘビがパチパチと音を立てて勢いよく燃え上がっていた。
煙が真っ直ぐに空へと立ち昇っていくのを眺めていると、隣に立っていたサエさんが、スッキリとした顔で口を開いた。
「急だったのに、ちゃんとした祭りをしてくれてありがとね。蛇も蚊も祭りをこの世界で見られるなんて思ってなかったわ」
「まあ、ほとんど建築クランの連中がノリノリで作ってくれたんですけどね」
テツが苦笑交じりに答えると、サエさんは満足そうに頷いた。
「あなた達を『お祭り実行委員会』に任命して大正解だったわ。これからも、しっかり頼んだわよ」
「……お手柔らかにお願いしますよ」
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