023 茅の輪
五月末日のお田植え祭から一夜明けた、六月一日。
俺たちおじさん三人組は、朝から日本人街にある神社の境内に集まっていた。
「よし、茅の束はこれで全部だ。足りるか、テツ?」
「ああ、十分だ。流石、仕事が早い!」
俺が王都郊外の平原から刈り取ってきた大量の茅をドサリと下ろすと、テツが腕まくりをしながら頷いた。
今日、作るのは『茅の輪』だ。
日本の神社では、正月から半年間の罪や穢れ(けがれ)を祓い落とし、残り半年の無病息災を祈る『夏越の祓』という行事がある。本来は六月の晦日――つまり月末に行うものだが、六月に入った今日から設置して、みんなに自由に参拝してもらおうということになったのだ。
「芯になる骨組みに茅を縛っていけばいいのか?」
「解けないようにしっかり縛ってくれよ」
慣れない茅の輪作りに悪戦苦闘しながらなんとか、大人が余裕でくぐれる茅の輪が完成した。早速、鳥居に設置する。
「おおーっ、すげえ!」
「なんだあれ、大きな草の輪っか?」
完成した茅の輪に日本人街で生活しているプレイヤーたちや、物珍しそうにやってきた王都の住人たちが、わらわらと神社の境内に集まってきた。
日本人外に遊びに来ていたリンも、群衆の先頭で目を輝かせている。
「ねえゲンさん、これなあに? お祭りの飾り?」
「そんなとこ。今から説明するな」
リンの問いかけに、俺は集まった見物人たちに向かって声を張り上げた。
「みんな、集まってくれてありがとう! これは『茅の輪』といって、日本の神社にある伝統的なものなんだ。ここを正しくくぐることで、半年間に溜まった厄や穢れ、つまり嫌な気分や悪いものを祓い落として、これからの無病息災を祈る意味があるんだよ」
異世界転移という理不尽な状況に巻き込まれ、不安やストレスを抱えているプレイヤーたちにとって、「穢れを祓う」という言葉は思いのほか響いたようだ。見物人たちは「おお……」「なんかご利益ありそう」とざわめき始めた。
「ただくぐればいいってわけじゃない。正しい『作法』があるから、今から俺が手本を見せるぞ」
俺は茅の輪の正面に立ち、集まった人々に見えるようにゆっくりと実演を始めた。
「まず、茅の輪の正面で一礼する。次に、左足から輪をまたいでくぐり、左側に回って元の位置に戻る」
説明しながら、ぐるりと左回りに円を描いて正面に戻る。
「正面に戻ったら、もう一度一礼。今度は右足からくぐって、右側に回って正面に戻る」
次は右回りに円を描く。見物人たちは真剣な顔で俺の足運びを見つめていた。
「最後に、もう一度一礼して、左足からくぐり抜けて、そのまま神様のいるお社へ進んで参拝する。つまり、左・右・左と、八の字を描くようにくぐるのが正しい作法だ」
「なるほど、八の字ね! よーし!」
レクチャーが終わるや否や、リンが元気よく飛び出し、俺が教えた通りに「左、右、左」と器用に茅の輪をくぐって神殿へと向かっていった。
それを皮切りに、集まっていたプレイヤーたちも次々と列を作り、八の字を描きながら茅の輪をくぐっていく。王都の住人たちも「冒険者の不思議な儀式だ」と面白がりながら見よう見まねで参加し始め、境内はちょっとした賑わいを見せた。
「なんだか、みんな憑き物が落ちたみたいにスッキリした顔してるな」
横で見ていたシュウが、目を細めて呟く。
「病は気から、ってやつだな。作った甲斐があるってもんだ」
テツも満足そうに頷いた。
青々とした茅の爽やかな香りが風に乗って境内を吹き抜けていく。
異世界の空の下、巨大な茅の輪をくぐる人々の笑顔を見ながら、俺は平穏なスローライフを、心の中で神様に祈るのだった。
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