主人公を瞬間移動させるな
さらに読み進めると、宏太は登場人物の移動にも意味があることに気づいた。
主人公は、ただ次の場所へ行くのではない。
食堂から駅へ向かう場面では、昔の知人に似た男を見かけ、そのあとを追っている。
駅から病院へ移るときには、店主が倒れたという電話が入る。
場所が変わるたびに、必ず何かが起きていた。
誰かに呼ばれる。
何かを見つける。
逃げる。
追いかける。
登場人物は目的を持って歩き、その途中で新しい出来事に巻き込まれていた。
「なるほど、場面って、勝手に変わってるわけじゃないんだな」
宏太は、自分の原稿を開いた。
> コータは草原を歩き、町へ向かった。
その次の行では、コータはすでに町の道具屋へ入っていた。
どれほどの距離を歩いたのか。
なぜ、その町を目指したのか。
道具屋へ入る必要があったのか。
何も書かれていない。
書いた宏太には分かっている。
だが、初めて読む人間にとって、コータは草原から町へ瞬間移動したようなものだった。
「そうか。瞬間移動の魔法や乗り物も、ただ使ってるんじゃないのか」
ファンタジー小説なら、魔法を使って遠くの町へ移動できる。
現代小説なら、電車や車に乗って別の場所へ向かう。
瞬間移動を使えば、長い道のりを省いて、すぐに次の出来事を始められる。転移に失敗すれば、予定とは違う場所から新しい展開を作ることもできる。
電車や車の中なら、目的地へ向かいながら登場人物同士に会話をさせられる。窓の外の景色を使って、時間の経過や季節の変化も見せられる。
どれも単なる移動手段ではない。
今の場面と次の場面を、物語を止めずにつなぐために使われているのだ。
「場面と場面の継ぎ目を、見えなくしてたんだな」
宏太は、先ほどの一文を見つめた。
> コータは草原を歩き、町へ向かった。
どうすれば、自然に町まで移動させられるのか。
魔物に追われ、逃げ込んだ先を町にする。
道に迷っているところを旅人に助けられ、一緒に向かう。
遠くに煙が上がるのを見つけ、何が起きたのか確かめに行く。
どれを選ぶかによって、主人公の見せ方も変わる。
魔物から逃げれば、まだ能力を使いこなせていないことが伝わる。
旅人と歩けば、会話の中で異世界の仕組みを説明できる。
煙を見て自分から向かうなら、困っている人間を放っておけない性格を表せる。
「魔物にするか」
せっかくの異世界なのだから、最初から安全に歩かせる必要はない。
宏太は、町へ向かう一文を削除した。
代わりに、草むらの奥から三つの目を持つ狼が現れる場面を書いた。
コータは剣を抜こうとするが、手が震えてうまく握れない。最強の能力を与えられても、戦った経験はない。
狼が飛びかかってくる。
コータは背を向け、草原を走った。
必死に逃げた先で、高い城壁に囲まれた町を見つける。
門番へ助けを求め、転がり込むように門をくぐった。
「こっちのほうが、全然いいじゃないか」
町へ移動しただけなのに、場面が一つ増えた。
主人公が戦いに慣れていないことも分かり、魔物が存在する危険な世界だとも伝えられた。
宏太は、新しい文書を開いた。
ファイル名を「小説を書くためのルール」とする。
そこへ、最初の一文を打ち込んだ。
> 主人公を、作者の都合で瞬間移動させない。
異世界へ転生してから初めて、コータは自分の足で次の場面へたどり着いた。




