受賞作を攻略せよ。
宏太は、自分の原稿を前に腕を組んだ。
陳腐なのは分かった。
だが、何をどう直せば小説らしくなるのかが分からない。
文章を長くすればいいのか。
登場人物を増やせばいいのか。
戦うまでの出来事をもっと細かく書けばいいのか。
思いつくまま原稿を直してみたが、文章が増えるだけで、面白くなった気はしなかった。
「そもそも、受賞する小説って何が違うんだ?」
宏太は黎明小説大賞の公式サイトを開いた。
過去の受賞作が、表紙画像とともに並んでいる。
営業をしていた頃も、新しい製品を売る前には競合製品を調べた。性能や価格を比較し、どこが評価されているのかを知らなければ、対策の立てようがない。
小説も同じかもしれない。
自分に何が足りないのか分からないなら、評価された作品と比べればいい。
「まずは、受賞作のリサーチだ」
宏太は公式サイトに並ぶ作品名を、一冊ずつメモしていった。
宏太は財布を持ち、近所の本屋へ向かった。
駅前にある小さな店だった。
大型書店のように広くはない。入口の横には雑誌が並び、奥へ進むと文庫本と単行本の棚がある。宏太が子供の頃から営業している店だが、中へ入るのは何年ぶりか分からなかった。
店内を一周すると、文芸書の棚に「歴代受賞作」と書かれた小さな札を見つけた。
黎明小説大賞の受賞作だけではない。
ミステリー、恋愛、家族小説。さまざまな文学賞を取った作品が、赤や金色の帯を巻かれて並んでいる。
宏太は、その中から五冊を選んだ。
黎明小説大賞の過去の受賞作を三冊。それに、別の新人賞を取った警察小説と、書店員の推薦コメントがついた家族小説を一冊ずつ加えた。
合計、七千八百四十円。
値段を見た瞬間、一冊だけ棚へ戻そうかと思った。
だが、一千万円を手に入れるための資料だと考えれば安いものだ。
「袋は大丈夫です」
宏太は持参した買い物袋へ本を入れ、両手で抱えて店を出た。
家へ帰ると、五冊を机の上に積み上げた。
最初に手に取ったのは、三年前の黎明小説大賞受賞作だった。
地方都市の古い食堂を舞台に、店主と、そこへ通う客たちの人生を描いた物語らしい。
「まずは、こいつからだな」
宏太は表紙を開いた。
小説を初めて読むわけではない。
学生時代には課題で読んだことがある。社会人になってからも、話題になった作品を何冊か買った。動画配信サービスで見たドラマの原作を読んだこともあった。
ただ、これまでは物語の筋だけを追っていた。
主人公が何をするのか。
事件はどのように解決するのか。
最後に誰と誰が結ばれるのか。
その物語が、どのような言葉で描かれているのかまで意識したことはなかった。
自分で小説を書いたあとに読むと、同じ本がまるで違って見えた。
主人公が食堂の扉を開ける。
たったそれだけの場面に、いくつもの描写が重ねられている。
扉を押したときの重さ。
頭上で鳴った鈴の乾いた音。
店内に残る油のにおい。
午後の光を受けて、白く浮かび上がるテーブルの傷。
客が一人もいない店の奥で、店主が新聞を折り畳む音。
物語としては、まだ何も起きていない。
それなのに、宏太の頭には古びた食堂の姿がはっきりと浮かんだ。
「こんなに細かく書いてたのか」
宏太は、思わずページを戻した。
自分の異世界小説では、主人公が目を開けると草原にいて、次の場面ではすでに町へ着いていた。
草原にどんな花が咲き、どんな風が吹いていたのか。
町にはどのような建物が並び、どんな人々が暮らしていたのか。
ほとんど何も書いていない。
宏太の頭の中には景色があった。
しかし、読者には見えるはずがなかった。
書かなければ、伝わらない。
その当たり前のことが、受賞作を読んで初めて分かった。




