表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無職が一攫千金を夢見て小説を書き始めたが、これがなかなか思うようにいかない話  作者: 南 春


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/14

受賞作を攻略せよ。


  宏太は、自分の原稿を前に腕を組んだ。


 陳腐なのは分かった。


 だが、何をどう直せば小説らしくなるのかが分からない。


 文章を長くすればいいのか。


 登場人物を増やせばいいのか。


 戦うまでの出来事をもっと細かく書けばいいのか。


 思いつくまま原稿を直してみたが、文章が増えるだけで、面白くなった気はしなかった。


「そもそも、受賞する小説って何が違うんだ?」


 宏太は黎明小説大賞の公式サイトを開いた。


 過去の受賞作が、表紙画像とともに並んでいる。


 営業をしていた頃も、新しい製品を売る前には競合製品を調べた。性能や価格を比較し、どこが評価されているのかを知らなければ、対策の立てようがない。


 小説も同じかもしれない。


 自分に何が足りないのか分からないなら、評価された作品と比べればいい。


「まずは、受賞作のリサーチだ」


 宏太は公式サイトに並ぶ作品名を、一冊ずつメモしていった。


 宏太は財布を持ち、近所の本屋へ向かった。


 駅前にある小さな店だった。


 大型書店のように広くはない。入口の横には雑誌が並び、奥へ進むと文庫本と単行本の棚がある。宏太が子供の頃から営業している店だが、中へ入るのは何年ぶりか分からなかった。


 店内を一周すると、文芸書の棚に「歴代受賞作」と書かれた小さな札を見つけた。


 黎明小説大賞の受賞作だけではない。


 ミステリー、恋愛、家族小説。さまざまな文学賞を取った作品が、赤や金色の帯を巻かれて並んでいる。


 宏太は、その中から五冊を選んだ。


 黎明小説大賞の過去の受賞作を三冊。それに、別の新人賞を取った警察小説と、書店員の推薦コメントがついた家族小説を一冊ずつ加えた。


 合計、七千八百四十円。


 値段を見た瞬間、一冊だけ棚へ戻そうかと思った。


 だが、一千万円を手に入れるための資料だと考えれば安いものだ。


「袋は大丈夫です」


 宏太は持参した買い物袋へ本を入れ、両手で抱えて店を出た。


 家へ帰ると、五冊を机の上に積み上げた。


 最初に手に取ったのは、三年前の黎明小説大賞受賞作だった。


 地方都市の古い食堂を舞台に、店主と、そこへ通う客たちの人生を描いた物語らしい。


「まずは、こいつからだな」


 宏太は表紙を開いた。


 小説を初めて読むわけではない。


 学生時代には課題で読んだことがある。社会人になってからも、話題になった作品を何冊か買った。動画配信サービスで見たドラマの原作を読んだこともあった。


 ただ、これまでは物語の筋だけを追っていた。


 主人公が何をするのか。


 事件はどのように解決するのか。


 最後に誰と誰が結ばれるのか。


 その物語が、どのような言葉で描かれているのかまで意識したことはなかった。


 自分で小説を書いたあとに読むと、同じ本がまるで違って見えた。


 主人公が食堂の扉を開ける。


 たったそれだけの場面に、いくつもの描写が重ねられている。


 扉を押したときの重さ。


 頭上で鳴った鈴の乾いた音。


 店内に残る油のにおい。


 午後の光を受けて、白く浮かび上がるテーブルの傷。


 客が一人もいない店の奥で、店主が新聞を折り畳む音。


 物語としては、まだ何も起きていない。


 それなのに、宏太の頭には古びた食堂の姿がはっきりと浮かんだ。


「こんなに細かく書いてたのか」


 宏太は、思わずページを戻した。


 自分の異世界小説では、主人公が目を開けると草原にいて、次の場面ではすでに町へ着いていた。


 草原にどんな花が咲き、どんな風が吹いていたのか。


 町にはどのような建物が並び、どんな人々が暮らしていたのか。


 ほとんど何も書いていない。


 宏太の頭の中には景色があった。


 しかし、読者には見えるはずがなかった。


 書かなければ、伝わらない。


 その当たり前のことが、受賞作を読んで初めて分かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ