どうして悪人にならない。(2)
パソコンを開き、エージへ指示を出す。
〈新しい登場人物を追加します。町の道具屋の店主です。店主は無愛想で、客に挨拶もせず、粗悪な武器を高値で売りつけています。主人公はその悪事を暴き、最後には店を追い出してください〉
『承知しました。道具屋の店主を物語へ加えます』
エージが作った文章には、ガントという名の道具屋が登場した。
ガントは客が店へ入っても挨拶をしない。笑顔を見せることもなく、必要な言葉しか口にしなかった。店内に並ぶ武器は、ほかの店よりも高い値段がつけられている。
「そうそう。こんな感じ」
町の人々は、そんなガントを嫌っていた。
コータも最初は、客を金としか見ていない卑しい商人だと思う。
しかし、ある夜。
コータは、ガントが店の裏口から出ていくところを目撃する。不審に思ってあとを追うと、ガントは町外れの小さな家へ入っていった。
そこには、魔物との戦いで親を失った子供たちが暮らしていた。
ガントは店で得た利益を使い、身寄りのない子供たちへ食事と薬を届けていたのだ。武器の値段が高かったのも、売り上げの一部を子供たちの生活費に充てていたからだった。
「おい」
さらに、ガントが無愛想になった理由も明かされた。
かつてガントは、誰に対しても笑顔を絶やさない商人だった。しかし、自分が売った剣で親友が命を落としたことをきっかけに、武器を売る仕事へ疑問を抱くようになった。それ以来、客と必要以上に親しくなることを避けていた。
事情を知ったコータは、ガントへ謝罪する。
二人は協力し、孤児たちが安心して暮らせる施設を作ることになった。
「なんで、いい人になってるんだよ」
宏太は弁当をテーブルへ置いた。
エージに指示を打ち込む。
〈ガントは孤児を助けません。悲しい過去もありません。ただの無愛想で金に汚い店主です〉
『承知しました。ただし、無愛想であることだけを理由に悪人として描くと、読者が主人公の行動を過剰だと感じる可能性があります』
宏太の指が止まった。
『また、商品を高く販売することにも、仕入れ価格や品質、店の経営状況などの事情が考えられます。店主を追放するのであれば、読者が納得できる明確な不正を設定すると効果的です』
「違うんだよ」
宏太は、画面の中のガントを見た。
自分が書きたかったのは、嫌な人間がひどい目に遭う話だった。
ところがエージにかかると、どんな人間にも事情が生まれる。嫌な医師は国を救いたかった王になり、無愛想な店員は孤児を助ける道具屋になった。
宏太の小説には、悪人が一人も残らなかった。
「お前、悪人が嫌いなのか?」
『私は個人的な好き嫌いを持ちません』
「じゃあ、どうして俺の嫌いなやつを、みんないい人にするんだよ」
『人物に複数の側面を与えることで、物語に深みが生まれるためです』
「深み、深みって……」
宏太は、冷め始めた弁当のふたを開けた。
自分が注文したのは、胸のすくような痛快活劇だったはずだ。
それなのに出来上がったのは、すべての人間に事情があり、最後には互いを理解し合う物語だった。
誰も倒されない。
誰も報いを受けない。
そして、誰を応援すればいいのかも分からない。
宏太は箸を置き、画面いっぱいに表示された異世界を眺めた。
「これ、誰が書きたい小説なんだよ」
エージから答えは返ってこなかった。
質問を入力していないのだから、当然だった。




