どうして悪人にならない。(1)
『王は最後まで自らの過ちを認めず、コータへ剣を振り下ろしました。コータはその攻撃を受け止め、王を討ち果たします。圧政から解放された民衆は歓声を上げ、コータを新たな英雄として迎えました』
「そう。これだよ」
宏太は満足して、先を読み進めた。
『しかし、王が最期に残した手記から、彼が国を支配した本当の理由が明らかになります』
「ん?」
『かつて疫病によって多くの国民を失った王は、二度と同じ悲劇を繰り返さないため、すべての医療を自らの管理下へ置こうとしていました。その方法は間違っていましたが、彼もまた国を救おうとしていたのです』
「だから、事情はいらないって言ってるだろ」
宏太はすぐに修正を指示した。
エージは素直に応じた。
今度の王は、金と権力だけを求めて民衆を支配した。病人から薬を取り上げ、逆らう者を牢へ入れ、自分だけが豪華な食事を楽しんでいる。
しかし物語の終盤、王が幼い頃に貧しい暮らしを送り、富と権力がなければ誰も守れないと思うようになった過去が明かされた。
「違う」
書き直させた。
次の王は、生まれついて他人の苦しみを理解できない人間だった。
だが、誰かの痛みを感じられない自分自身に苦悩していた。
「そうじゃない」
もう一度、書き直させた。
今度こそ、王は最後まで悪人だった。
ところが主人公のコータが王を倒したあと、残された王妃と幼い王子が泣き崩れた。民衆の中からも「王のおかげで救われた者もいる」という声が上がり、国は王を支持していた者と憎んでいた者に分かれて争い始めた。
「なんで倒したあとまで面倒を起こすんだよ」
宏太は頭をかきむしった。
善が悪を倒す。
たったそれだけの話が、なぜ書けないのか。
気づけば、窓の外は暗くなっていた。
昼から何も食べていない。テーブルに残っていたポテトチップスの袋も、いつの間にか空になっている。
「ちょっと休憩するか」
宏太は財布をつかみ、近所のコンビニへ向かった。
外へ出るのは三日ぶりだった。
夜の空気は思ったより冷たかった。すれ違う人々は仕事帰りらしく、スーツ姿の男も、買い物袋を提げた女も、どこか目的のある足取りで歩いている。
宏太だけが、何の用事もない人間に思えた。
コンビニへ入ると、若い男の店員がレジに立っていた。
宏太が店内へ入っても、「いらっしゃいませ」の一言もない。顔を上げることさえせず、手元の画面を眺めている。
宏太は弁当と缶ビールを籠に入れ、レジへ持っていった。
店員は無言で商品を受け取った。
弁当のバーコードを読み取る。
缶ビールのバーコードを読み取る。
それだけだった。
「温めてもらえますか」
宏太が言うと、店員は明らかに嫌な顔をしてうなずいた。
返事もない。
弁当を電子レンジへ入れ、ボタンを押す。待っている間も、店員は宏太の顔を見ようとしなかった。
宏太は名札を見た。
山野。
電子レンジが鳴ると、山野は弁当を袋へ入れた。
「千二十八円です」
初めて聞いた声だった。
宏太が千百円を出すと、山野は釣り銭をトレーに置いた。
ありがとうございました、はなかった。
宏太が店を出るときにも、山野はすでに次の作業を始めていた。
「なんだ、あいつ」
自動ドアが閉まってから、宏太は振り返った。
客商売なのだから、挨拶くらいするべきだろう。自分は十一年間、どれほど理不尽な相手にも頭を下げてきた。それなのに、弁当を買った客へ礼の一つも言えない人間が、平然と給料をもらっている。
「そうだ」
宏太の中に、一つの考えが浮かんだ。
「あいつも出してやろう」
小説なら、現実で言えなかったことを言える。
あの無愛想な店員を、異世界の道具屋の店主にする。客を見下し、法外な値段で武器を売りつける卑しい男だ。
そして最後には、コータが悪事を暴く。
店主は町の人々から責められ、店を追い出される。接客をないがしろにした人間にふさわしい末路だった。
宏太は弁当が冷めないよう、足早にアパートへ戻った。




