無職こそ、異世界で無双する。(1)
「さてと、始めますか」
宏太は指を組み、前へ伸ばした。
久しぶりに仕事らしいことを始める気分だった。
まずは、どんな小説を書くか。
黎明小説大賞はジャンル不問と言っていた。恋愛、青春、ミステリー、歴史。選択肢はいくらでもある。
だが、今売れているものといえば、やはり転生ものだろう。
宏太は動画配信サービスで、何作も見たことがあった。現実の世界では冴えなかった男が異世界へ転生し、特別な能力を手に入れる。魔物を倒し、美女に慕われ、自分を馬鹿にした者たちを圧倒する。
細かな違いはあっても、だいたい同じだ。
そして、同じような作品がいくつも作られているということは、それだけ人気があるということでもある。
「やっぱり、ここは転生ものだよね」
宏太はひとりでうなずいた。
主人公については、考えるまでもなかった。
「俺をモデルにすればいいか」
性格も経歴も分かっている。わざわざ一から人物を作る必要がない。四十歳で会社を辞め、再就職に苦戦している元医療機器営業。現実の世界では評価されなかった男が、異世界で隠された才能を開花させる。
完璧だった。
そもそも転生ものとは、今の人生がうまくいっていない人間が、別の世界でやり直す物語だ。
それなら、現役の会社員より無職のほうが都合がいい。元の世界に未練がないぶん、異世界で思う存分活躍できる。
「俺みたいな無職が、一番向いてるだろ」
宏太は入力欄に指を置いた。
〈四十歳、独身、無職の男が異世界へ転生し、圧倒的な力を手に入れて無双する小説を書いてください。主人公は元医療機器メーカーの営業マンで、私をモデルにします〉
そこまで打って、手を止めた。
これだけでは、ほかの転生ものと同じになってしまう。
黎明小説大賞へは、五千作近い応募がある。その頂点に立つには、自分にしか書けない要素が必要だ。
宏太は少し考え、続きを加えた。
〈主人公は営業で培った交渉力と、医療機器の知識を使って異世界の人々を救います。さらに、どんな敵にも負けない剣と魔法の力を与えてください。悪人は徹底的に悪く描き、最後には主人公が痛快に倒します〉
読み返してみる。
悪くない。
いや、かなりいい。
医療機器営業と異世界を組み合わせた作品など、これまでにないのではないか。少なくとも、宏太は見たことがなかった。
送信ボタンを押すと、エージはすぐに文字を返してきた。
『面白い設定です。元医療機器営業の経験を異世界で活用することで、既存の転生作品との差別化が期待できます』
「そうだろ。これが人生経験だよ。」
まだ一行も書いていないのに、才能を認められたような気がした。
エージの文章は続いた。
『より魅力的な物語にするため、いくつか確認させてください。主人公が異世界へ転生するきっかけと、そこで立ち向かう敵について、現時点で構想はありますか』
「きっかけ?」
宏太は腕を組んだ。
転生するのだから、最初に死ななければならない。
事故。病気。誰かを助けて命を落とす。
いくつか考えたが、どれも見たことがあるような気がした。
「そこを考えるのが、お前の仕事じゃないのか」
宏太はそう言いながら、一応考えてみる。
「転生するきっかけは……テレビでいいか」
宏太は、先ほどまで黎明小説大賞が映っていた画面を見た。
無職の男が、いつものようにソファでテレビを眺めている。すると画面が突然光り、体ごと吸い込まれる。目を覚ますと、そこは剣と魔法が支配する異世界だった。
「うん。悪くない」
事故で死ぬよりも意外性がある。何より、今の自分をそのまま物語にできる。
問題は、主人公が倒す敵だ。
魔王ではありきたりすぎる。
凶暴な竜や魔物では、倒したときの爽快感が足りない。読者が心の底から憎み、主人公に倒されることを願うような悪人が必要だった。
そのとき、宏太の頭に一人の男が浮かんだ。




