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無職が一攫千金を夢見て小説を書き始めたが、これがなかなか思うようにいかない話  作者: 南 春


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17/19

最初の任務は、園児とダンスでした。

 のぞみ保育園では、夏祭りの準備が本格的に始まっていた。


 一年に一度、保護者も参加する大きな行事だった。


 園庭には焼きそばやかき氷、輪投げなどの屋台が並び、最後には年長組の園児たちが練習してきたダンスを披露する。


 当然、男性職員である宏太の仕事も増えた。


 倉庫から長机やテントを運び出し、屋台に使う電源コードを引く。音響機器の配線を確認し、保護者へ配る案内文や会場図も作った。


「こうた先生、こっちの机もお願いします」


「これで何台目ですか?」


「あと六台です」


「まだあるんですか」


 事務職として採用されたはずなのに、気づけば毎日のように園内を動き回っていた。


 準備が遅れた日は、残業になることも増えた。

 その日も、時計の針は午後六時半に近づいていた。

 ほとんどの園児は帰り、昼間のにぎやかさが嘘のように園内は静かだった。

 宏太が事務室で夏祭りの会場図を修正していると、廊下の向こうから音楽が聞こえてきた。

 同じ部分が、何度も繰り返されている。

 気になって年長組の教室をのぞくと、一人の女の子が踊っていた。


 サナだった。


 音楽に合わせて右へ二歩。


 両手を上げて、一回転する。


 次の動きに入るところで足が止まり、サナは音楽を最初まで戻した。


 また右へ二歩。


 両手を上げて、一回転。


 今度は最後まで踊れたが、納得できなかったらしい。首を横に振り、もう一度音楽を戻す。

 宏太が足を止めてその様子を見ていると、後ろから保育士が声をかけてきた。


「あの子、ダンスのリーダーになったんですよ」


「リーダー?」


「一番前で、みんなのお手本になる役です。夏祭りでいいところを見せるんだって、すごく張り切ってて」


 サナは、また最初から踊り始めた。

 小さな体が音楽に合わせて動く。

 誰も見ていない教室で、本番と同じように笑顔まで作っていた。


「あの子母子家庭で、お母さんも仕事が忙しくて。行事にも、なかなか参加できないんです」


「それで、いつも迎えが遅いんですか?」


「ええ。でも、今度の夏祭りには来てくれるみたいです。だから、リーダーになって、お母さんに見てもらうんだって」


 宏太は教室の時計を見た。


 午後六時二十八分。


 サナは迎えが来るまでの時間を、一人で練習に使っている。


「こうた先生!」


 見られていることに気づいたサナが、踊るのをやめた。


「今の、ちゃんとできてた?」


「ああ。できてたよ」


「どこがよかった?」


 宏太は言葉に詰まった。


 以前、折り紙の犬を見せられたときと同じだった。


「全体的に」と答えれば、きっと納得しない。


「最後に回るところ」


「そこ、一番むずかしいんだよ」


 サナの顔が明るくなった。


「もう一回やるから、見てて」


 音楽が、再び最初から流れ始めた。


 宏太は事務室へ戻らず、教室の入口でサナのダンスを見ることにした。


 サナのダンスを眺めていると、園長が事務室から出てきた。


「あら、今日も練習してるのね」


 サナは踊るのをやめ、大きくうなずいた。


「おまつりまでに、ぜんぶできるようになるの」


「偉いわねえ」


 園長は笑い、それから宏太へ顔を向けた。


「そうだ、湊川さん。職員の出し物もあるんですけど、一緒にどうですか?」


「出し物?」


「ダンスです」


 まるで書類のコピーでも頼むような口調だった。


「一応、振りつけを教えてくれる先生もいますから。覚えて踊るだけですよ」


「いやいや、覚えて踊るのがダンスでしょう」


 宏太はすぐに首を振った。


「四十過ぎた男が、子供たちの前で踊っても誰も喜びませんよ」


「そんなことないと思いますけど」


「見ている側で十分です。裏方なら、いくらでも手伝いますから」


 屋台を組み立てる。机を運ぶ。音響機器を設定する。

 そういう仕事なら分かる。

 だが、大勢の保護者が見ている前で踊るなど、仕事の範囲を明らかに超えている。


「ぼくは事務員ですから」


 宏太が逃げ道をふさぐように言うと、サナが近づいてきた。


「こうた先生、踊らないの?」


「先生じゃない。それと、踊らない」


「どうして?」


「踊れないからだ」


 サナは少し考え、当たり前のように言った。


「じゃあ、いっしょに練習しようよ」


「いや、練習すれば踊れるという問題では――」


「サナが教えてあげる」


 サナは宏太の手をつかんだ。


「いっしょに踊ったら、ぜったい楽しいよ」


 宏太は返事に詰まった。


 あれほど一人で練習していたサナが、目を輝かせて自分を誘っている。

 ここで断れば、傷つくだろうか。

 いや、子供は意外と気にしないかもしれない。

 そもそも、自分が踊ったところで何が変わる。

 頭の中で断る理由を並べていると、園長が笑顔でとどめを刺した。


「では、湊川さんも参加ということで」


「まだ返事してませんけど」


「やった!」


 サナが飛び跳ねた。


 その姿を見た瞬間、宏太の反論は行き場を失った。

 どうやら異世界へ転生した主人公は、最初の任務として、大勢の園児と保護者の前で踊らなければならないらしい。


 剣も魔法も役に立たない。


 必要なのは、リズム感だった。


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