表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

第1話 反逆者にされたので、祖国を捨てることにした[挿絵有]

新作です。


妾腹の三男として異世界に転生した主人公が、のんびり領地経営をしていたはずなのに、気づけば反逆者にされ、領地ごと隣国に寝返ることになる話です。


第一部は、序盤は軽めの内政、後半は戦争と政治寄りで進みます。

よろしくお願いします。

※本文及び、プロットの一部に補助的にAIを用いています。AIの補助部分に関しては全て作者による確認、修正が行われています

第1話 反逆者にされたので、祖国を捨てることにした


目の前に、一枚の羊皮紙がある。


上等な紙だ。

白くなめされていて、青い封蝋が押されている。

隅にはアヌール王国の紋章。

字もやたら綺麗だ。


たぶん、書いた文官は字に自信があるタイプだ。

絶対にいる。

「私の筆跡、品がありますよね?」みたいな顔をする文官が。


だが、問題はそこではない。


中身だ。


簡単に言うと、こうである。


この書類に署名すれば、俺、ベルク・トルガ・リストレインは、今日からヴァルマ王国をやめて、アヌール王国の貴族になります。


つまり。


祖国を裏切ります。


「……人生、分からんな」


俺は椅子にもたれて、天井を見た。


領主館の天井には、ひびが入っている。

この前、敵の投石器から飛んできた石が、城壁を越えて別棟に直撃したせいだ。


あれは本当にひどかった。


ドン、ガラガラ、悲鳴。

そしてセリカが「角度と飛距離から逆算すると、あの投石器の性能はですね」と言い始めた。


そこじゃない。

まず心配しろ。

建物と人を。


窓の外からは、槌の音が聞こえる。


壊れた家を直す音。

焼けた倉庫を片づける音。

荷車が軋む音。

たまに、泣き声。


勝った。


……と言えれば格好いいのだが、実際は違う。


生き残った。


こっちのほうが正しい。


というか、三回くらい完全に詰んだと思った。


詰んだと思ったし、なんなら二回くらい「もう領主やめて漁師になろうかな」と思った。

ただ、残念なことに俺は魚の捌き方より防衛線の引き方のほうが少しだけ詳しかった。


向いている仕事が、人生の希望と一致しない。


世の中は不親切である。


「軌道に乗って領地経営していたはずなんだがな」


俺は書類を見下ろした。


「どうして今、俺は戦後処理みたいな真似をしているんだろうな。いや、戦後処理そのものなんだが」


俺が呟くと、隣に立っていた少女が、少しだけ顔を上げた。


ミュレである。


深い灰色を帯びた銀髪。

猫みたいな青い目。

メイド服。

そして、俺が少しでも弱音を吐くと、すぐそばに寄ってくる筆頭従者。


「ベルク様が悪いわけではありません」


「そう言ってくれるのはありがたいな」


「塞がれたのです」


「何が」


「道です」


「だいぶ物騒な慰め方だな」


「でも、塞がれたなら、どかすしかありません」


「もっと物騒になった」


ミュレは俺の椅子の横に膝をついた。


頭をすり寄せてくる、というより、そこにいることを確かめるみたいな近さだった。


彼女の髪が、俺の手の甲に触れた。


柔らかい。

あと、いい匂いがする。


戦後処理。

臣従文書。

祖国への裏切り。


そんな歴史的な場面で、俺は一瞬だけ「この髪、ずっと触っていたいな」と思った。


まあ、男なんてそんなものである。


俺は悪くない。

悪いのは本能だ。


あと、距離感を明らかに間違えているミュレも少し悪い。

いや、かなり悪い。


ただ、今日は怒れない。


ミュレは朝俺をおこしにくるとき、よく呼吸を確かめる。


本人は隠しているつもりらしい。


だが、寝ている人間の顔の近くで、あそこまで息を殺されると逆に気づく。


生きているかどうかを確かめている。


そういう時の近さだった。


普段はわきまえているのだが、生きる死ぬの境界をこえてからはそのわきまえていた部分がなくなったように感じる。


「ミュレ」


「はい」


「客人がいる」


「知っています」


「知っていてその距離か」


「はい」


「強いな、お前」


「ベルク様が生きているか、近い方が分かりやすいので」


「今、かなり重いことを言ったぞ」


「そうでしょうか」


「そうだよ」


「では、少し離れます」


ミュレは、ほんの少しだけ身を引いた。


ほんの少しだけである。


誤差みたいな距離だった。


まあ、いい。


正面の長椅子に座っている女騎士が、困ったように視線を伏せた。


リディーヌ・ヴァレーヌ。


アヌール王国の貴族令嬢。

今回の交渉役。

金色の髪を後ろで束ね、白と青の騎士服を着ている。


見た目だけなら、聖女騎士だ。


背筋はまっすぐ。

顔立ちは整っている。

腰の剣もよく似合っている。

騎士服の上からでも、鍛えられた身体の線が分かる。


……分かる。


いや、分かるな。


今は国の話をしている。

国の話だ。

胸元の革紐の締まり具合を見る場面ではない。


俺は視線を羊皮紙に戻した。


危ない。

祖国を裏切る前に、人として負けるところだった。


なお、リディーヌは先ほど茶を飲もうとして、受け皿ごと傾けた。

危うく臣従文書が紅茶味になるところだった。


聖女騎士、茶器に敗北。


「い、いえ。私は気にしておりません。戦が終わったばかりです。親しい者の無事を確かめたくなるのは、当然のことかと」


リディーヌは真面目な顔で言った。


多分、本気で言っている。

初対面で決めつけるのもどうかと思うが、この人は嘘が下手そうだ。


嘘をついたら、まず目が泳ぐ。

次に背筋が伸びる。

最後に「申し訳ありません、嘘をつきました」と自白する。


そんな気配がある。


信用できる部分はある。

だが、利用されていないかどうかは別問題だ。


「ベルク卿」


リディーヌが姿勢を正した。


その瞬間、空気が変わる。


挿絵(By みてみん)


さっきまでミュレの距離感と紅茶事故でふわついていた部屋が、急に戦後処理の場に戻った。


「アヌール王国は、貴殿の領地、リストレイン領の安堵を保証します。ベルグハーフェンの自治、現行の領内の法権の維持。これらはすべて、正式な条項に含まれています」


俺は羊皮紙を見る。


書いてある。


リストレイン領は、俺の統治を継続。

五年間、王国税を軽減。

アヌール王国の爵位を授与。

希望すれば、貴族として王立学園に通う権利もある。


アヌールでは俺ぐらいの年の貴族は少なくとも1年間、王立学園へ通うのが通例らしい。


学園。


この状況で学園。


街は壊れ、兵は疲れ、俺は祖国を裏切るかどうかの書類を前にしている。

そこへ突然の学園要素である。


人生二周目、ジャンル変更が激しい。


「学園って、今ここで出す単語か?」


「はい。アヌール貴族としての権利ですので」


「俺、今から学生になれるの?」


「条件上は可能です」


「領主で、反逆者で、戦争経験者で、学生」


「はい」


「属性が渋滞してるな」


リディーヌは真面目に頷いた。


頷くな。

そこは少し笑ってくれ。

俺が自分で言って少し悲しくなっている。


強制ではないらしいので、謹んで辞退しよう。


まあ、条件としては破格だ。


俺は戦が終わってから慌てて尻尾を振ったわけではない。

ヴァルマ王国の軍が攻めてきた時点で、もう選んでいた。


徹底抗戦する。

そして、アヌール側に立つ。


その結果、ヴァルマ軍はこの領地の前で足止めされた。

アヌールはその隙に勝機を掴んだ。


つまり俺は、負けた側の哀れな地方領主ではない。


勝った側に寝返った、面倒くさい功労者である。


最悪の肩書きだ。

名刺に刷りたくない。


「ずいぶん親切だな」


「アヌール王国は、功ある者には報いる国です」


「俺が功を立てた相手は、昨日までの祖国なんだが」


「ヴァルマ王国は、貴殿を反逆者として討伐しようとしました」


リディーヌは、まっすぐにそう言った。


「貴殿は、領地と領民を守るために戦った。アヌール王国は、その事実を評価します」


「評価ね」


便利な言葉だ。


評価。

保護。

臣従。

安堵。


こういう綺麗な言葉をかぶせると、だいたいの血なまぐさい話は見た目だけ整う。


今回もそうだ。


俺は、反逆したかったわけではない。

兄たちに喧嘩を売りたかったわけでもない。

宰相と政治バトルをしたかったわけでもない。


ただ、静かに暮らしたかった。


父から任されたリストレインを、少し便利にする。

飯をうまくする。

病気を減らす。

畑の収穫を増やす。

港の倉庫を広げる。

ほどほどに儲けて、ほどほどに怠ける。


完璧な計画だった。


完璧な計画だったはずだ。


リストレイン領は、もともとトルガ家の領地である。


そこは間違いない。


だが、俺に任された時点で、かなり特殊な扱いになっていた。


トルガ家への納税は、発展前の水準で固定。


本家からの日常的な命令を聞く義務はなし。


領内の人事、税、治水、港の整備、交易の扱いについては、俺の裁量が認められる。


要するに、トルガ家の副領ではあるが、俺が実質的に切り回していい土地だった。


これは父が考えてくれたことだ。


リストレインには山があり、川があり、小さな港がある。


すぐに金を生む土地ではなかったが、立地は悪くない。


父は、そこに目をつけていた。


そして、俺に何かを残そうとしてくれた。


だから、発展前の水準で本家への納税額を固定し、日常的な命令を受けない形で、俺に統治を任せた。


そのおかげで、俺はリストレインを動かせた。


水路を引いた。

倉庫を増やした。

港を広げた。

病気を減らすために、井戸と排水に口を出した。


のんびり暮らすためだ。


本当である。


領地を強くしようとしたのではない。

少なくとも、最初はそうではなかった。


自分なりの不便を解消しようとしたり。


リスクに備えただけだ。


結果的に領地は強く豊になった。


そして父が倒れた。


知らせを受けて、本家へ戻った時には、父はもうかなり弱っていた。


父は俺を見て、少しだけ笑った。


「リストレインは、うまくやっているようだな」


それが、俺が聞いた父の最後のまともな言葉だったと思う。


何か立派な遺言をもらったわけではない。


父はただ、俺の顔を見て、少し安心したような顔をした。


しばらくして、父は死んだ。


葬儀にも出た。


トルガ家の当主の葬儀だ。


人は多かった。

声は低かった。

黒い服ばかりだった。

誰もが父の功績を語った。


俺はその場で、妾腹の三男として並んでいた。


泣いたかどうかは、よく覚えていない。


母の時ほど、何もかもが壊れる感じではなかった。


ただ、胸の中に大きな穴が開いた。


穴というより、支柱が一本抜けた感じに近い。


建物はすぐには崩れない。


だが、きしむ。


父がいなくなったことで、俺とリストレインを守っていたものが一つ消えた。


そのことは分かっていた。


分かっていたが、すぐに何かが起きたわけではない。


葬儀が終わり、弔問客が去り、書類が整理され、季節が少し進んだ。


俺もリストレインに戻った。


領地は、悲しみに合わせて止まってはくれなかった。


だから俺も、動くしかなかった。


そして、しばらく時間が経ってから。


兄たちが、リストレインの統治権と権益を本家に戻せと言ってきた。


戻せ。


まあ、言葉だけなら分かる。


リストレインは、もともとトルガ家の領地だ。

そこを俺が任されていただけ、という理屈も通る。


ただし、話はそこまで単純ではない。


父は、ただ土地を俺に預けたわけではない。


納税額を固定し、本家からの日常命令を受けない裁量を認め、その条件で俺にリストレインを任せた。


領内の人事。

税の使い道。

治水。

港の整備。

交易の扱い。


そのあたりは、俺の判断で動かしていい。


そういう約束だった。


実質的な独立領だ。


俺はその条件でリストレインを回してきた。


それが少し金を生むようになった途端、急に「本家の権益を回復する」と言い出す。


言葉だけは立派だ。


だが、それは父が俺に残した形を、父がいなくなったあとで崩す話でもあった。


そこが、一番腹立たしかった。


土地を欲しがるだけなら、まだ分かる。


貴族とはそういう生き物だ。


だが、父の約束ごと、なかったことにされるのは別だ。


もちろん、俺は断った。


王都からは「五等書記官にしてやるから王都へ来い」という、栄転の皮をかぶった首輪が届いた。


領地の統治は実家へ返せ、とも書いてあった。


断った。


すると嫌がらせが始まった。


関所で荷が止まる。

商人が足止めされる。

鉱石の輸送許可が急に消える。

塩の取引に妙な検査が入る。

王都向けの納品書には、昨日まで存在しなかった不備が元気に生えてくる。


書類に足があるなら、あれは王都から歩いてきた嫌がらせだ。


ちなみに、うちの干物は関所で二週間ほど熟成された。


ありがたくない発酵文化である。


そして王都に派遣していた諜報員から、俺が反乱を企てているという風説が流布されているとの連絡がきた。


びっくりした。


俺の知らないところで、俺の反乱計画が完成していたのだ。


主犯の俺に連絡がない。

社会人として、報連相がなっていない。


完全に詰んだと思った。


王都に行けば捕まる。

領地を渡せば殺される。

抵抗すれば反逆者。


選択肢が全部毒入りである。


救いは、少しだけ遅れて、ちょっとだけマシな毒が薄い杯で出てきたことだろうか。


アヌールだ。


薄いだけで、毒は入っていた。


その後のことは、あまり思い出したくない。


谷門。

ラウゼ関。

ベルグハーフェンの城壁。


石。

土嚢。

矢。

泥。

血。

眠らない兵士。

毎朝、少しずつ減っていく顔ぶれ。


敵が撤退した時、勝ったのかと思った。


違った。


俺たちの戦いは、もっと大きな戦の一部にされていた。


アヌールの援軍とは、俺の領地に来る軍ではなかった。

ヴァルマ王国そのものを殴ることで、討伐軍を引き剥がす。


そういう意味の援軍だった。


嘘ではない。

嘘ではないが、説明不足にもほどがある。


料理名を「魚料理」とだけ聞いていたら、丸焼きの鮫が出てきた気分だ。

しかも店員が真顔で「魚です」と言う。


まあ、魚ではある。


俺は助かった。

領地も残った。

領民も、全滅はしなかった。


恩か。

利用されたのか。


立場によって言い方は変わる。


俺の立場から言えば。


どっちでもいい。


生き残ったのだから。


「ベルク様」


ミュレが小さく俺を呼んだ。


いつの間にか、俺の手に指を添えていた。


握っているわけではない。


ただ、そこにあることを確かめるみたいに触れている。


「私は、ベルク様が決めたことなら従います」


「判断が雑だな」


「はい。私はベルク様を信じていますので」


「それは判断材料として危険すぎる」


「危険でも、捨てません」


声は静かだった。


いつもの甘えた猫みたいな感じではない。

まっすぐで、少し怖いくらいだった。


「ベルク様がヴァルマを選ぶなら、私はヴァルマに残ります。アヌールを選ぶなら、アヌールへ行きます。海へ逃げるなら、船に乗ります。山へ逃げるなら、山道を歩きます」


「船は足りないし、山道はたぶん途中で死ぬぞ」


「なら、死ぬまで一緒にいます」


「重い」


「はい」


「そこは否定してほしかった」


ミュレは少しだけ笑った。



重い。


だが、温かい。


祖国を裏切るかどうかの場面で何を考えているんだ俺は。


いや、違う。

これは生存本能だ。

戦争が終わった直後の人間は、生命を実感したがる。

たぶんそういうやつだ。


俺は悪くない。

悪いのは距離感だ。


人間関係、戦争より難しい説がある。


「……ガルムはどう思う」


部屋の隅に立っていた老騎士が、一歩前に出た。


ガルム・ヴォルフェン。


かつてはトルガ家の軍務を取り仕切っていた男。

今は、俺の領地軍の支柱だ。


白髪混じりの髪。

傷だらけの顔。

背筋はまだ曲がっていない。


この老人が立っているだけで、兵たちの背筋も少し伸びる。

俺の背筋も少し伸びる。

腰痛にも効きそうだ。


「私に政治は分かりませぬ」


「嘘つけ」


「では、多少は分かります」


「急に正直になるな」


ガルムは口元だけで笑った。


「ヴァルマ王国は、若を守りませなんだ。トルガ家も同じです。ならば、若が守るべきは、王でも家でもなく、この地に暮らす者たちでしょう」


「俺は、もう十分に反逆者だと思うんだが」


「はい。今さら看板を掛け替えるだけです」


「その言い方だと、店の改装みたいだな」


「実際、旗を替えるだけなら半日で済みます」


「すごく嫌な現実感を出すな」


「兵に命じれば、夕方には終わります」


「やめろ。手際が良すぎて泣けてくる」


リディーヌが小さく息を吐いた。


少しだけ安心した顔だった。


たぶん、俺が怒鳴ると思っていたのだろう。

恨み言を言うと思っていたのだろう。


言いたいことなら山ほどある。


お前たちは俺を利用したな。

俺が粘らなければ、見捨てるつもりだったんだろう。

援軍とはよく言ったな。


アヌールは俺が領地で必死でもう営している間に、ヴァルマへの侵略軍を派遣した。


結果、俺の領地を襲っていた反乱者討伐の軍隊とやらは泡を食って引き返したわけだ。


だが、それを言ってどうなる。


アヌールはアヌールの国益で動いた。

俺は俺と俺の領地の都合でそれに乗った。


国家とはそういうものだ。


綺麗な話ではない。

だが、綺麗な話だけで守れるものは少ない。


「ベルク卿」


リディーヌが言った。


「返答を、お願いできますか」


俺は羽ペンを見た。


名前を書く。

たったそれだけ。


それだけで、曖昧だった立場がはっきりする。


ヴァルマから見れば、濡れ衣にせよ俺はもともと反逆者だ。

結果だけ見れば、アヌールと結託して国を売ったとみなされるだろう。

嘘から出た実である。


書かなければどうなる。


裏切りに激怒したヴァルマ王国の大軍にすりつぶされて終わりだろう、今度は政治闘争で派遣された軍でなくて、大逆人征伐の大軍が押し寄せること請け合いだ。


馬鹿な話だ、選択肢はない。


「条件を確認する」


俺は羊皮紙に指を置いた。


「アヌール王国への臣従と引き換えに、リストレイン領の安堵。領民への報復なし。戦後五年間の税軽減。俺への爵位。学園への通学権。現行の領内制度の維持。ここまでは書面通りだな」


「はい。アヌール王国の名において保証します」


「追加だ」


リディーヌの背筋が伸びた。

伸びすぎて、椅子がきしんだ。


真面目だ。

あと椅子に悪い。


「アヌールが侵略した、トルガ領の一部に関してリストレインへ編入させろ」


今回の侵攻で、アヌールはリストレインに隣接するトルガ領の一部を支配下に置いた。大した広さではない。だが、父が考えてくれた土地の隣が、敵国のものになったままでは収まりが悪い。


「……確認が必要ですが、おそらく可能です」


「それと、アヌール軍の駐屯は最小限にしてくれ。領民が怯える。必要ならこちらで宿営地を用意するが、街中に大勢入れられると困る」


「それも、交渉可能です」


「最後に」


俺は少しだけ間を置いた。


「俺がアヌールに臣従するのは、俺がアヌールを愛しているからじゃない」


リディーヌの表情が、わずかに強張る。


「この領地を守るためだ。そこを勘違いするな」


「……経緯を考えれば当然でしょう、しかし忠誠は誓ってもらわなければこまります、これは大前提です」


彼女は真っ直ぐに言った。


「誓おう」


俺は羽ペンを取った。


手が少し重い。

恐怖ではない。

後悔でもない。


たぶん、これから背負うものの重さだ。


俺はヴァルマ王国を愛していたわけではない。

ヴァルマの民に、特別な感情があるわけでもない。


遠い。

別に嫌いではない。

でも普段はそこまで考えない。


だが、それでも祖国だった。


父が仕えた国。

俺が生まれた国。

俺を殺そうとした国。


全部、同じ国だ。


俺は署名欄にペン先を置いた。


ベルク・トルガ・リストレイン。


一文字ずつ書く。


インクが羊皮紙に染みていく。


これで終わりだ。


いや、違う。


これで始まる。


「これでいいか」


俺が顔を上げると、リディーヌは深く頭を下げた。


「アヌール王国は、ベルク・トルガ・リストレイン卿の臣従を受け入れます」


ガルムが静かに膝をついた。

ミュレも、俺の横で頭を下げる。


窓の外では、まだ槌の音が続いていた。


壊れた街を直す音だ。


俺はその音を聞きながら、少しだけ笑った。


反逆者にされたので、祖国を捨てることにした。


ここで終わるつもりはない。


だが俺はもう、ただの田舎領主ではいられないらしい。


なら、せめてうまくやる。


領地を守るために。

仲間を守るために。

俺自身が、二度目の人生を失わないために。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


少しでも「続きが気になる」「ベルクの行く末を見てみたい」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。


感想も大歓迎です。

今後の執筆の参考にさせていただきます。


引き続き、ベルクたちの物語を楽しんでいただければ嬉しいです。


「ちょっと続きが気になるかも」と思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ