第9.5話 第一次リストレイン開拓団
二月下旬――
長く街を覆っていた刺すような寒気も、ようやく幾分か和らぎ始めていた。
吐く息はまだ白い。だが、石畳を渡る風には、冬の終わりを思わせる湿り気が混じっている。
飢饉の最中には、日暮れと共に人影を失っていた街路にも、少しずつ声が戻り始めていた。
市場には空のままだった露店がぽつぽつと再開し、薪を積んだ荷車が往来を行き交う。
その変化の中心にいたのは、誰の目にも明らかだった。
ベルク・トルガ。
各地で続けられている炊き出しによって、少なくとも「今日食えずに死ぬ」という恐怖だけは薄れ始めていた。
そして、その炊き出しが行われている配給拠点の壁や掲示板に、新たな紙が貼り出された。
人々は列に並びながら、その内容に目を留める。
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第一次:リストレイン開拓団募集
南部リストレインにて開拓業務に従事する
開拓団員を募集する。
日給:3マルク
食事支給
宿泊地無料
開拓終了後、希望者には
定住用土地および住居を無償提供
期間:二年予定(応相談)
体力のある若者歓迎
募集人数:約二百名
希望者はトー商会まで
事業責任者:ベルク・トルガ
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「……おい、見たかよ、あれ」
炊き出しの椀を抱えた男が、掲示板を顎で示す。
「ああ……ベルク様だ」
「開拓団、だってよ」
「南部って、あのリストレインか?」
ざわめきが静かに広がっていく。
日給三マルク。
決して高給ではない。
だが、今の時代において重要なのはそこではなかった。
食事支給。
宿泊無料。
それだけで、明日を保証される。
炊き出しは三月末まで続く予定だという話は広まっていた。
春になれば多少は食糧事情も改善する――そんな期待もある。
しかし、“多少マシになる”ことと、“自分が食っていける”ことは別問題だった。
四月から仕事がある保証など、どこにもない。
まして今年の冬を越えたばかりの人々は、「先の希望」という言葉を簡単には信じられなくなっていた。
だからこそ、この募集は破格だった。
衣食住が保証される上に、賃金まで出る。
しかも二年間働き切れば、土地と家まで手に入るという。
「……二年で、自分の土地か」
誰かが呟いたその声には、夢を見ることを忘れかけていた者特有の震えが混じっていた。
さらに、人々の期待を後押ししたのは、ベルクの炊き出しそのものだった。
あれだけの食事を配れる男だ。
ならば開拓団の飯も酷いものにはならないだろう。
そんな妙な信頼感が、街には既に生まれていた。
結果として――
募集開始から数日で、トー商会には希望者が殺到した。
若者だけではない。
職を失った職人。
流民同然となった農夫。
元兵士。
家族を養うために必死な男たち。
商会の前には早朝から長蛇の列ができ、簡易の受付所では連日怒号と熱気が飛び交った。
「俺は荷運びを五年やってた!」
「馬の扱いなら任せろ!」
「字が読めます!計算できます!」
生き残るため、人々は必死だった。
そしてトー商会側も、ただ数を集めるつもりはなかった。
体力。
素行。
過去の職歴。
集団行動への適性。
ベルクの指示のもと、商会は想像以上に厳格な選考を行った。
結果――
二百名の定員は、概ね理想的な人材で埋められることとなる。
若く頑健な労働力。
最低限の規律を守れる者。
そして何より、“生きるために本気になれる者たち”。
のちの歴史書にも記載されることになる「第一次リストレイン開拓団」と呼ばれるその集団は、こうして誕生した。
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