74 それぞれの感情
シャンテルが部屋の外に出ると、エドマンドとカールの装いが部屋に入る前と変わっていた。
シャンテルが出掛けると聞いて、交代で着替えを済ませたらしい。いつの間にか、エドマンドの従者であるクレイグもそこに加わっていた。主が外出すると聞いて駆け付けたようだ。
エドマンドやサリーのために外出を決めたものの、クレイグまで振り回してしまったことに、シャンテルは少しだけ申し訳ない気持ちになる。
「では、参りましょうか。お嬢様」
その言葉と共に、エドマンドがシャンテルに恭しく手を差し伸べる。
「え? お嬢様?」
「今から貴女はお忍びで街を出歩いているお嬢様です」
あぁ。とシャンテルは納得する。
確かに、端から見ればシャンテルはお忍びで出歩いているお金持ちのお嬢様に見えるだろう。何しろ、シャンテルの普段着は動きやすくてシンプルな服だが、使われている生地が上質だからだ。
エドマンドとカールは騎士ではなく、私服でお嬢様に付き添う従者として振る舞うつもりのようだ。
その演技に従って、シャンテルは手を取る。
少しドキドキした気がするのは、きっと慣れていないことを言われたからだと思うことにした。
「では、お願いするわ」
シャンテルがエドマンドの手を取ると、彼が微笑む。そして、シャンテルはエスコートを受けながら外に出るため、歩き始めた。すると、前方の廊下からホルストがやってくる。
「シャンテル王女」
「こんにちは。ホルスト王子」
軽く挨拶を交わすと、視察から帰ってきた時とは違う装いのシャンテルに、ホルストが不思議そうな顔をする。
「お出掛け、ですか?」
「えぇ。今出掛けるところです」
「そうでしたか。実は、シャンテル王女を夕方の街にお誘いしようと考えていたのですが、一足遅かったようですね」
「あ……」
それを聞いて、シャンテルは一瞬断るべきか悩んだ。だけど、久しぶりにホルストと話せる機会が巡ってきた。それも、普段はロルフと一緒であることが多いホルストとの交流だ。
これは彼と交流するにあたり、滅多にない機会だった。
「お二人がよければ──」
シャンテルがホルストも一緒にどうかと提案しようとした時、それに被せてエドマンドが言葉を放った。
「ホルスト王子、悪いが遠慮してくれ」
シャンテルはグイッと身体を引かれて、驚いてエドマンドを見上げる。彼はホルストに視線を向けたまま言葉を続けた。
「シャンテル王女は俺と先約している」
シャンテルは驚いて「えっ」と、小さく戸惑いの声を漏らす。
確かに、エドマンドたちが出掛けられるように、シャンテルは外出を決めた。だが、エドマンドと約束をしていたわけではない。
「でしたら、ご一緒しても構いませんか?」
「遠慮してくれと言いましたよね」
エドマンドが胡散臭い笑みを張り付けた。その裏に隠された彼の威圧感に、ホルストがたじろぐ。
「……何故ですか?」
「それは教えられない。では失礼」
そう言ってエドマンドがシャンテルの肩を抱き寄せて歩きだす。
「ちょっ、エドマンド皇子? 待ってください!」
シャンテルの抗議に「待たない」と短く答えて彼は進んでいく。
シャンテルが振り向くと、カールとサリー、そして、クレイグが慌てて追いかけてきて、その後ろでは、ホルストが力なく立ち尽くしていた。そして廊下を曲がると、とうとうホルストが見えなくなった。
「私たち、約束してたわけではありませんよね? どうしてあのようなことを仰ったのですか?」
「シャンテル王女がホイホイ他の男と出掛ける約束を取り付けようとするからだ」
「ですから、ちゃんとお二人の意思を確認しようと──」
「俺の意思はさっき言った通りだ」
……それはつまり、ホルスト王子と一緒に出掛けたくないってこと?
「だからって、少し強引です」
そう言葉を返せば、何故かエドマンドが黙った。
今までそんなことはなかったため、これ以上は何も言わない方がいいのかもしれないと思い、シャンテルは追及しなかった。
エドマンドも自分が普段より感情的だったことは分かっていた。何もあそこまで、必死に拒否することではないのだが、感情を抑えることができなかった。だが、その理由もエドマンドは自分で分かっていた。
そして、普段あまり見ることがない主の様子にクレイグは驚きと戸惑いを抱えていた。
サリーは最初、驚きはしたもののエドマンドの胸の内を察して、エドマンドを推している彼女は顔には出さなかったが、ご機嫌だ。
唯一、カールだけが無意識に少し暗い顔をしていた。




