この日、俺のスキルを聞いた母は開き直った。
思えば両親には大変な苦労をかけた。
生後三か月ですら美赤子すぎて王族をも魅了した俺だ。少し成長した幼児のころは、それこそ危ういどころではなかったらしい。
幼い俺と一定期間を共に過ごすだけで、使用人がみな俺の信者のようになってしまった。
特に俺の傍にいるものはそれが顕著で、侍女たちが俺を風呂に入れる役を取り合い、食事を与える役を取り合い、それがついには暴力沙汰にまで発展。
大の大人が俺という幼児の寵愛を争い、目の色を変えて俺の一挙手一投足に歓喜する異常事態。
それがマックスになった結果、事件が起きた。誘拐だ。
なんと俺は「ウィル様のお世話を全て私がしてあげたい」という意味不明な理由で、何度も世話係に誘拐される羽目になったのである。
公爵家嫡男の誘拐なんてとんでもない事件のはずなのだが……実のところ、誘拐といっても俺を敬愛し溺愛しすぎた結果なので、俺には一切の害が与えられなかった。おまけに「ウィル様の澄んだ瞳に見つめられたら、自分の汚さが嫌になって……」とすぐに全員が全員自ら出頭してきたため大事には至らなかったのである。
念のため言っておくが、公爵家の使用人には幼児に手を出そうとするようなクズは居なかったので、俺の貞操も無事だ。両親にとっても俺にとってもそれだけは救いだった。
俺に入れ込みすぎぬようにと、俺の世話役や俺に付く使用人は定期的に入れ替えられるようになった。
が、それはそれで別の問題が起きた。
世話役を外された者が嘆き悲しみ、しばらくの間使い物にならなくなってしまうのである。
「いくら可愛いとはいえ、幼子でこれなのだ。大人になったらどうなってしまうのだろう」と、多くの世話係を惑わせその未来を奪う息子に、母も父もハゲができるくらい悩んだらしい。
それならいっそ母が世話してくれたらよかったんじゃないかと思うのだが、それはそれ、母も深窓のお嬢様育ち。そういう発想はなかったようだ。
両親は使用人を入れ替え立ち替え、再起不能になった使用人を励ましながら、なんとか五歳まで俺を育ててきた。
レグおじも勿論それに協力してくれ、王宮では「理性の非常に強い護衛」やら「鉄壁の理性を誇る使用人」を俺の周りに揃え、俺を守ってくれた。
そこにきて、洗礼式での俺の「特殊スキル美」である。
俺の家族が無になるのも無理はないし、俺が怒り狂った理由も理解してもらえたと思う。
こうした事情から、この日俺のスキルを聞いた母の精神は、ついに限界に達した。
分かりやすく言おう。開き直ったのだ。
「息子の『美』についてはもう諦めるしかないわ! だって女神のお墨付きだったんだもの! 特殊スキルになってしまっているのだもの! 人間がどうこうできる領分ではなかったんだわ!」と。
開き直った母は思った。
これ以上有能な使用人を使いつぶされるわけにはいかない。悪いのは使用人じゃない。息子の美しさだったのだ。特殊スキルが与えられるほどなのだ。仕方ないのだと。
家族以外に、俺の周りで唯一、同じ子供であるレオ兄とアイスだけは俺とこれだけ一緒にいてもおかしくはならなかった。確かに俺に甘かったが、兄弟を溺愛するレベルに収まっていた。少なくとも周りからはそう見えた。
そこで母は、俺の世話係に、俺と同じ年齢の親戚筋の子爵家の息子を付けることにした。
曰く「子供ならそこまで執着するようなことはないだろうと思った」というのだが、母よ、そもそも五歳の子供に同じ五歳の子供の世話などできるわけがないだろうが!
当然ながら彼は、世話役というよりも単なるお目付役兼遊び相手にしかならなかった。
彼が俺の世話に四苦八苦する姿を見た俺は、「こりゃダメだ」と自ら服を身に着け、顔を洗い、自分の世話を自分でするようになった。普通の世話役なら「私の仕事です」と止めるところなのだが、彼はしれっとこの俺に宣ったのである。
「なんだ。自分でできるなら最初から自分でやってくださいよ」
職務怠慢だ。なんて奴だ。
だがまあそれは置いておこう。
なぜなら、この子供こそが俺にとっては当たりだったのだから。
その職務怠慢な世話係の名は、ヒュンメル。
黒髪に赤い瞳という、金髪碧眼の俺とは正反対の色を持ち、五歳当時から既に年齢に似合わぬ達観した物言いをする子供だった。
そして俺にとって何よりの僥倖は、メルの好みが一般とは少しずれていたことだ。
大事なことなので繰り返す。メルは一般とは美醜の感覚が少しずれていた。
そう、彼は美しいものに興味がない、完全無欠の朴念仁だったのだ。
初めて会ったとき、彼は俺を見ても顔を赤らめることなく淡々とこう言った。
「ウィリアム様の顔って、女みたいですね」
単に見たものをそのまま口にしただけ。「そこの花、赤いですね」というのと同じテンションだった。
初対面で俺にメロメロにならない相手は珍しかったので、俺は思わず外聞もなにもかもを忘れて叫んだ。
「俺だって男らしくなりたいよ! でもしょうがないだろ! どうしたって俺の顔は可愛いんだよ! お前はいいよな、カッコよくてさ! 俺だってそういう風になりたかったのに!」
するとメルは不思議そうに首をかしげ、こう口にしたのである。
「? その長い髪を切ればいいでしょうに。少しはマシになると思いますが?」
当時、高位貴族の子供は男女問わず髪を伸ばすのが流行だった。俺もその例に違わず、母に言われるがまま髪を伸ばしていたのだが……。
メルの言葉で俺の目からポロリと鱗が落ちた。
これぞまさに天啓。正論パンチが俺の心にヒットした瞬間だった。
俺は「それもそうだ!」と意気揚々と立ち上がってそこにあったハサミで長髪をバッサリと切り落とし、直後に部屋に入ってきた母を仰天させ、泣かせた。
そう、なんだかんだ母も俺の顔が好きなのだ。特に柔らかな金の髪が大のお気に入りで、毎晩手ずから手入れをしてくれるほどだったのである。
激高した母により、メルはその場で解雇されそうになった。
が、俺はそれを必死で止めた。メルを気に入ったからだ。
俺を見て顔を赤らめたりしないだけで嬉しかったし、俺に媚びようとしないところも良い。こんなに俺の顔に関心のない人間は初めてだった。そんな人間にまた出会えるなんて思えなかった。俺の勘が「メルを逃すな」と告げていたのである。
めったに頼みごとをしない俺の必死の嘆願により、メルはそのまま俺の世話役に収まった。
世話役といっても自分のことで手一杯な五歳児にできる世話など、たかが知れている。
それでも侍女たちに争われながら世話をされるよりよっぽど楽だったし、一挙一動に感嘆のため息をつかれながら風呂に入るよりよっぽどゆっくりできた。
メルは俺をうっとりした目で見つめないし、俺を膝に乗せたがったりもしない。従者としてやるべきことはやるが、それ以外は適当なもんだ。
俺はメルに「二人だけのときは対等に接するように」と頼んだ。頼まなくても元から無礼なヤツではあったのだが、この気楽さに比べたら、なんということはない。
メルの前では俺はただの子供でいられる。俺はメルと出会ってようやく息が吸えたように感じたのだった。
あれから十二年。
今ではメルは立派な側近となった。俺にとっては唯一気が抜ける家族であり、悪友のような奴だ。
五歳の俺の勘も捨てたもんじゃない。
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