公爵夫人の受難
意識を取り戻した母に俺から改めて状況を説明すると、「婚約した」までは乾いた笑みを浮べて耐えていたが、「外交大使になって連合国をアイスと一緒に回ることにした」というくだりでまた音もなく倒れた。
母をソファに移動しておいて良かった。
用意してあった気付け薬を嗅がせるとすぐに意識を取り戻した母。
しばらく無表情で空を見つめたのちに発した声は、はるか昔、俺のスキル授与のときに聞いた声と同じだった。
そう。12年ぶりにまたキレたのだ。
「隠れていてもどのみちこうなっていたわね、きっと! だって特殊スキルなんですもの! どうしようもないわ!」
すっくと立ちあがると、先ほどまでの弱弱しい態度から一変。アイスに向かって凄みのある笑みを浮べて見せた。
「こうなっては仕方ありません。アイスリード様、失礼ではございますけれど、まずはきちんと公的に婚約を公表してください。早急に! 事実婚、いえ、事実婚約? だなんてもってのほかです! 多くのものに知らしめること。それがウィルの盾となります。早急に、ですよ? いいですわね?」
この有無を言わさぬ感じ。懐かしい。
前回の母の暴走は、ウィルという唯一無二の側近を俺に齎した。だからきっと今回も悪いようにはならないだろう。
母がキレる時。それは息子の俺を守るべく決意新たに立ちあがる時なのだから。
その双眸の鋭さに、アイスが気圧されたように頷く。
「も、もちろんそのつもりだ。ウィルがいいのならば願ってもない」
「あ、ああ。仕方ねえだろ」
隠してはおきたいが、それが無理だということも分かっている。
王族の婚約なのだ。本来ならば、今回のようにその場の勢いで書類にサインしてすますようなものではないのだから。
満足そうに頷いた母が、今度は俺をジロリとねめつける。
「ウィル! 私に相談もなく外交大使だなんて、戻ったら覚えていらっしゃい! でも、行くからには決して手は抜かぬようになさい。あなたは『美」という例のない特殊スキル持ち。他国に利用されていい存在ではありません! 手出ししてはならない存在なのだと知らしめて来なさい!」
いつもは柔らかな眦をキリリと吊り上げたその顔は、さすが筆頭公爵家の当主夫人、騎士団長を支える妻なのだと思わせるもの。
こんな時なのに、あまりのカッコよさにブルリと震えが走った。
俺の母、最強じゃないか? むしろ父上よりもカッコいいぞ!
頷きマシンと化した俺とアイスに、母はスッと目を細め真っ赤な唇をニィと吊り上げた。
「どうせ連合国でも多くの信者を生むのでしょう。ウィル、舐められてはなりません。高値の華。決して触れてはならぬ至高の存在として『特殊スキル美』で向こうを制圧しなさい! それしかあなたが平穏に生きる道はありません!」
うわお! カッコいいぞ母上!
「はい! そのつもりです! このこれまで役に立たなかった美貌を使って、他国を誑し込んで見せます!」
使命感で胸を熱くしながら、母の両手をガシっと握る。
「母上に誓います。連合にウィリアムの名をとどろかせてまいります!」
「よく言ったわ、ウィル!」
自分で言うのもアレだが、今まで監禁同然に育ってきた美貌の令息が己の使命に従うと決めた感動のシーンである。
ぶっちゃけ、俺もその状況に酔っていた。
だから、つい言ってしまった。
最近読んだ冒険譚のせいもあったのかもしれない。後から言っても仕方がないのだが。
「俺はこの特殊スキルで、連合を手中に収めてみせる! 大陸をこの国に併合し、女神の恩恵を大陸全土に行き渡らせてみせる!」
「そうよ! その意気よ、ウィル! やってごらんなさい! さすがは我が息子だわ! あなたならできます!」
母の方は流行りの「ヒーローもの」にかぶれていた。そのせいもあったのかもしれない。
いずれにせよ、俺たちはとんでもない方向に走り出そうとしていた。
「う、ウィル? そこまで望まなくても……」
「ウィル……勢いで言っていいことと悪いことが……」
言っちまったものは仕方がない。
もう取り返しがつかない。
だってほら。
パアアア
俺の身体が、スキル授与式のときと同じ光に包まれた。
脳裏におかしな音が響く。
「うふふふ! あなたにしてよかったわ! あなたが過去私を罵ったことはその顔に免じて許します。私も力を貸しましょう」
能天気な明るい声。まさか、女神か?
【今代の私の愛し子、ウィリアム。よくぞ言ってくれました。あなたに力を授けます】
ピコン
あ。
おれ、勇者になったわ。
お母様の受難は尽きません……




