他国を誑し込もう!
「善は急げ」とばかりに、その日のうちに俺とアイスは婚約した。
とりあえずサインだけしてしまえばこっちのもの。あとはどうとでもなる。
国民への公表は三日後。王太子の婚約としては破格のスピードだが仕方ない。
「国を挙げ盛大に行うべきだろう! 最速で準備させるから!」とレグおじが喚いているが、こう言って黙らせた。
「式典ってことは、この俺が着飾って出るんだよな? ……下手をしたら参加権をめぐって血みどろの争いが起こるぞ?」
皆青ざめて口を閉じたところを見ると、納得して頂けたようだ。
嫌なことは先に済ませてしまうに限る。
サインを済ませた俺は、さっそくアイスを伴ってアイツの所に向かった。そう、あの変態ゼオなんたらのところ。
正直、まだ一人であの変態と対峙する勇気はない。だがアイスがいれば百人力。権力には権力。他国の王子には自国の王子だ。
あいつもまさか、婚約者であるアイスの前で俺にどうこうしようとはするまい。
アイスに「婚約者を連れて挨拶に来た」という体で俺を紹介させ、相手が気を抜いた瞬間を狙ってやるのだ!
というわけで、護衛引き連れアイスと共に王城を進む。
来賓専用の南棟は、アイスの部屋のある王族専用棟の左手だ。
アイスの部屋からそのまま直進すれば、謁見室や大広間のあるメイン棟。メイン棟から右手が文官たちが働く執務棟。そして左手、庭を挟んだその向こうが来賓専用の南棟になる。
さっき俺が迷い込んだのは、まっすぐ進む途中で庭に気を取られ、そのまま左手の南棟に入ってしまったから。
こうして改めてみると、南棟は他の棟とは明らかに違う。何故間違えたのか不思議なくらいだ。
王族専用棟は、レグおじやアイスたちの好みで飾り気のないシンプルな造り。
でも、ここは各国の来賓を迎える為の棟なだけあり、贅を尽くした調度品が並んでいた。
床はピカピカ光る大理石。少しの汚れも許さないといわんばかり。掃除するのも大変そうだ。壁には巨匠と呼ばれる絵師の手による肖像画が幾枚も飾られており、まるで美術館さながら。ところどころにある巨大な花瓶には色とりどりの華やかな花が絶妙な配置で生けられていた。
当たり前に置かれたそのどれもが、値段の付けられないほどの価値のある品で、この国の国力を余すところなく見せつけている。
いや、俺、マジで何で気付かなかった?
それだけ親友だと思っていたアイスの告白で我を失っていたという事だろう。
なんだ、結局俺が怖い思いをしたのは、全部アイスのせいじゃねえか!
変態は、南棟の中でも特別に大きな部屋を使っているようだ。
「一応、ジルべリアは今回の連合の代表ともいえる国だからね。後の二国はあわよくばと漁夫の利を狙っているにすぎない。要するに『王国の一強』を崩したいんだよ」
「まあなあ。その気持ちは分からんでもない。俺がいうのもおかしいが、女神の祝福なんてわけのわからんものに頼りすぎなんだよ。自助だけの国と、第三者による底上げ前提の国とじゃあ、スタートからして違う。ズルと言われたらその通りだろ。まあ、それが抑止力となり世界の平和を保てているのならいいんだけどな。そのせいで余計な争いが生まれるのなら、正していくべきだろう」
口にした途端、アイスの足がピタリと止まった。
「? アイス? どうした?」
アイスが見たこともないような不穏な表情で俺を見る。その瞳のほの暗さに思わず息を吞む。
「……あ、アイ……ス?」
にこ、と笑みのようなものを唇に浮かべるアイス。
見えない刃を突き付けられているような気がして、俺は思わず喉元を庇った。
「君の発言だと……他国に嫁いでもいいと言っているように聞こえるのだけれど?」
ひえ!
無意識に身体を引きながら、必死で首を振る。
「い、いや! それは無い! そもそも、もう婚約しただろう? な? ちょっと落ち漬け!」
「アイス様、ウィルが不用意な発言してすまない。恐らく、自分の発言の意味を理解できていなかったんだろう。この人、意外とアレですから」
さすがにヤバいと思ったのか、メルが俺とアイスの間に割り込んでくれた。
さっきアイスに「普通に話してくれ」と言われたからか、少し口調が砕けている。
庇うにしては酷い言い様だが、氷点下の空気の中でアイスに立ち向かってくれただけでも十分ボーナスに値する働きだ。
俺は全力でメルにのっかった。
「そ、そうだ! あくまでも一般的には、という意味だ! 俺が嫁に行くなんて言ってねえよ! 正直に言えば俺に関係のないところでやってくれって思ってる! アイスとの婚約ギリギリなんだよ! 他の男なんて絶対に無理!!」
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