早速ピンチ!
とりあえず、護衛もアイスたちもいない今、誰かと接触するのはまずいような気がする。
よし! 隠れよう! アイスたちの声が聞こえたら出ればいい。
隠れられそうな場所を探してそっと通路を曲がると……
ドン!
「ふぎゃ!」
痛いっ! なにか硬いものにぶつかった!
鼻を押さえてよろめいた俺を、誰かの腕が支える。
「おっと! 大丈夫?」
どうやら俺はさっそくやらかしたようだ。隠れるより先に誰かと接触してしまった。
顔を見られぬよう鼻を押さえるふりで鼻から下を手のひらで覆う。目元は丸出しだが、顔を全部晒すよりはマシだろう。
「ああ、すまない。ありがとう」
それでも相手が「ハッ」と息を吞んだ気配を感じた。
先ほどのアイスの話を聞いてしまったからには警戒したほうがいいだろう。この国でも同性婚が可能となった今、情けない話、同性だからこそ警戒する必要がある。
念のため顔を上げぬまま、目に見える範囲で相手の情報を仕入れる。
声からするとまだ若い。俺と同年代くらいか?
180cmを超えた俺の目の下あたりに、相手の顎がある。俺の鼻にぶつかったのは恐らくここだろう。大きな手で顎をさすっている。
とても背が高い人物のようだ。同じ男としては少し悔しい。
仕立てのいい服と上質な生地は、高位貴族のもの。おまけに、俺の方がぶつかったのに怒ることもなく逆に俺を気遣ってくれた。身分が高い上に高身長で性格も悪くない。
うーん。同年代の高位貴族か。この俺よりも身長の高いヤツには要注意だな。
俺は無礼だと理解しつつも、名乗ることなくそ知らぬふりでこの場から立ち去ることにした。
「急いでいたのもので……。私は大丈夫だ。では失礼」
素早く踵を返そうとして「待って!」と腕を掴まれた。
「わあ!」
おいおい! 何してくれてんだよ!
「驚かせてすまない。あの、もしかしてあなたはウィリアム様なのでは?」
! ピンポイントで当てて来た! ヤバいぞこいつ!
この国に俺の顔を知らない奴はいない。
俺の名を口にするということは、確信があるのだろう。それなのにあえて確認するということは、この国の人間ではないということだ。それはつまり……アイスが言っていた「俺を狙う他国の輩」!
俺は断固として相手から顔を背け、断言した。
「違います! 急いでおりますので、しつれ……
「私はジルべリア国のゼオライト・レイシス。あなたの名を聞かせて欲しい」
クソ! 名乗られる前に逃げようと思ったのに、名乗られてしまった。
俺は渋々名乗った。
「……フィンメルと申します」
そう。メルの名を。
「……そうなの? うーん……この国の礼儀には詳しくないのだが、顔を見ずに名乗るのがこの国の流儀なのかな?」
そうなの、と言いつつ絶対に俺がフィンメルじゃないと確信している口調だ。分かっていて言ってやがる!
性格も悪くないと言ったのを撤回する! 性格悪すぎるぞコイツ!
俺の中でこの男は完全に敵認定された。
不敬? 知ったことか!
「すみません。人見知りなもので。嫌がる相手の顔を無理に見ようとするのがジルべリア流とは存じませんでした。手をお放しいただいても?」
堂々と嫌味を返してやると、相手は怯むどころか逆に俺の手を自らに向かってぐいっと引いた。
「おい! 何するんだ!」
思わず素で怒る俺の耳元にその唇を寄せる。
「ごめんね? でも放したらあなたは逃げてしまうだろう?」
耳に吹き込まれた甘い声に、背筋がゾワッとして鳥肌が立った。
ダメだ。どう考えてもコイツ、俺に《《そういう意味での》》興味を持っていやがる!
我慢の限界だ。
「この変態がっ!」
渾身の力を込めてガンッと相手の足を踏みつけてやれば、「うわっ!」と相手から悲鳴が上がり、その手の力が緩んだ。股間を蹴らなかったことに感謝しろよな!
今だ!
その隙を逃さず、俺は脱兎のごとく逃げ出した。
「ねえ! 待ってっ! 話を……っ」
「知るかっ! 変態に待てと言われて待つ奴はいねえんだよっ!」
こう見えて俺は運動神経抜群だ。親父に鍛えられていた甲斐があった。
全力で走る俺についてこれる奴はめったにいない。
特に足を負傷したヤツなら猶更だ。
もと来た道を全力で突っ走り、たまたま開いていた扉の一つに飛び込んだ。灯りが付いていなかったから、誰もいないだろうと思ったのだ。
入ると同時に扉を閉め、鍵をかける。
と。
部屋の前を駆けていく足音。
足音が遠ざかるのを確認し、ようやく肩の力を抜いた。
「……はぁ……! こ、怖え……! 何なんだよ、一体……!」
これまでの学園生活なんて目じゃないくらい、怖かった。
信者たちは無理に距離を詰めてくることはない。アイスの牽制が効いていたのだろう。
アイスの牽制が及ばないと、こうなるのか。
扉に背をつけ、ずるずると床にしゃがみ込む。
「……かんべんしろよぉ……!」
ジルべリア国のヤツがいたということは、ここは来賓専用の南棟なのだろう。
アイスの言っていた留学生なのか?留学前の面通しかなにかで王城に来ていたのかもしれない。
「『婚姻』と言う形で特殊スキル持ちを手に入れることにした」
「みななりふり構わずウィルを手に入れようとしてくくる」
我が国よりも何年も前に他国では同性婚が認められている。もしや、この時に備えて……?
アイスから聞いた言葉の数々が、急にリアルな危険として感じられた。
俺の顔を見たとたん、変わった相手の声音を思いだして、思わずブルリと震えてしまう。
国内ならば、いくら婚約の打診があろうと断ることができる。それにアイスの牽制も聞くだろう。
だが、他国の、しかも王族からの打診なら?
他国では同性婚も可能だと聞く。俺の相手がアイスだと誤解されていたからこそ、他国も静観していたのだ。
だがもう俺とアイスが婚約者ではないとどこかから漏れた。
そうなれば、俺は格好の獲物なのだ。
慌てて国の法律を変え、正式に婚約を成立させようとしたのにはそういう事情があった。
「そこまでして俺のスキルが欲しいのかよ……。こんなん、無理だろ……」
来賓棟とは! よりにもよって、なんてところに迷い込んでしまったんだ。
俺は膝を抱えて丸くなった。
アイスかメルの声が聞こえるまで、ここでじっとしていよう。
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